第9話 技術、市場へ
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
「最弱魔法×ロボット工学=世界最強の機巧使い」第9話をお届けします。
ついに技術が市場デビュー!職人ギルドでの実演は大成功を収めますが、同時に新たな対立の予感も...
技術革新が社会に与える影響と、それに伴う変化への抵抗を描いた転換点となる回です。
お楽しみください!
工房の朝は、いつもより早く始まった。
カイトは作業台の前で、最後の調整を行っていた。歯車の噛み合わせを確認し、軸受けの滑らかさを指先で感じ取る。念動術で内部機構を探り、わずかな歪みも見逃さない。
しかし、いくら技術的な準備を整えても、胸の奥で蠢く不安は消えなかった。
「準備はどう?」
リーナが熱い紅茶を差し出しながら尋ねた。その声に、いつもの明るさの裏に隠れた緊張が滲んでいる。
「機構的には問題ない」カイトは紅茶を受け取りながら答えた。「ただ……」
「緊張してる?」
カイトは苦笑した。図星だった。
F級と判定されたあの日から、ずっと心の奥に巣食っている感情がある。見下された視線。諦めろと囁く声。お前には無理だという冷たい現実。
それがすべて、今日という日に問われる。
技術は本当に魔法に匹敵するのか。F級の自分にも、世界を変える力があるのか。
「大丈夫」カイトは自分に言い聞かせるように呟いた。「俺たちの技術は、本物だ」
◆◇◆
一週間前、エドガーが提案を持ってきた。
「そろそろ外の世界に技術を見せる時だと思う」
商人の息子らしい、計算された提案だった。しかし、その目には単なる利益計算を超えた何かが宿っていた。技術への純粋な信頼。そして、世界を変えることへの静かな興奮。
「どこで?」カイトが尋ねると、エドガーは自信を持って答えた。
「職人ギルドだ。彼らなら技術の価値を理解できる」
確かに理にかなっていた。職人たちは魔法に頼らない技術を日々扱っている。魔法至上主義に染まっていない、数少ない層だ。
「それに」エドガーは続けた。「実用性を示せば、注文が入る可能性もある」
だが、カイトの心に浮かんだのは利益ではなかった。
マリアンヌのような、F級の烙印を押された人々の顔だった。希望を諦めることを強いられた者たちに、新たな可能性を示すこと。それこそが、この技術の真の意味なのかもしれない。
◆◇◆
準備した機巧は三つ。
第一は、滑車装置。複数の滑車を組み合わせることで、重量物を少ない力で持ち上げる。原理は単純だが、この世界では画期的だった。
第二は、歯車機構による精密動作装置。一定の回転を複雑な動きに変換する。職人の反復作業を助けるはずだ。
第三は、てこの原理を応用した力増幅装置。小さな力で大きな仕事をこなす。
「どれも実用的だね」
ハーゲンが最終チェックをしながら頷いた。鍛冶屋の親方の承認は、何よりも心強い。彼の目は、三十年間職人として生きてきた経験に裏打ちされている。その目が認めた技術なら、きっと他の職人たちにも理解してもらえるはずだ。
「理論倒れじゃない。現場で使える」
リーナが各装置に治癒魔法をかけた。金属疲労を癒し、可動部の摩擦を減らす。魔法と技術の融合が、装置の寿命を大幅に延ばす。
その姿を見ながら、カイトは思った。魔法を否定したいわけではない。魔法と技術が手を取り合えば、もっと素晴らしいものが生まれるはずだ。
問題は、この世界がそれを受け入れる準備ができているかどうか。
◆◇◆
王都中央市場は、朝から活気に満ちていた。
職人ギルドの建物は市場の一角にあった。石造りの重厚な建物に、各種職人組合の紋章が並ぶ。鍛冶、木工、石工、革細工……この国の"手に職"を持つ者たちの砦だ。
カイトはその建物を見上げて、深く息を吸い込んだ。
今日、この場所で、歴史が変わるかもしれない。F級だからといって諦める必要はないということを、世界に示すことができるかもしれない。
「ここだ」
エドガーが広場の一角を指した。職人たちが行き交う、絶好の場所だった。
カイトたちは素早く準備を始めた。台車から装置を降ろし、デモンストレーション用の配置を整える。
その一つ一つの動作に、これまで積み重ねてきた日々が込められていた。失敗の連続。小さな成功。仲間との出会い。そして、決して諦めなかった意志。
最初は誰も気に留めなかった。
しかし、カイトが滑車装置を組み立て始めると、何人かが足を止めた。
「何をしているんだ?」
石工らしい大柄な男が声をかけてきた。その声には、好奇心と同時に警戒心が滲んでいる。見慣れない物への本能的な警戒。変化への恐れ。
「新しい道具の実演です」エドガーが答えた。「魔力がなくても使える、画期的な装置です」
男は鼻で笑った。
「魔力なしで? そんなもの、大した仕事はできまい」
その瞬間、カイトの胸の奥で何かが静かに燃え上がった。
それは怒りというより、F級として蔑まれ続けた全ての記憶への反発だった。見下された視線。諦めろという声。お前には無理だという冷たい現実。
しかし今、カイトの手にはある。技術という、新たな可能性が。
「見てください」
カイトは静かに言った。人間の頭ほどもある石材を滑車装置にセットする。その動作に迷いはない。確信に満ちている。
ロープの一端を握り、ゆっくりと引く。
石材が、浮き上がった。
石工の顔から血の気が引いた。
「なっ……」
三十年間、己の腕と魔力だけを頼りに生きてきた男が、目の前で自分の常識を覆す光景を見ている。カイトが引いている力は、明らかに石材の重さより小さい。なのに石は確実に上昇していく。
「どうして……」
石工の声が震えた。膝ががくがくと震える。しかし、その目には絶望だけでなく、新たな可能性への恐れ混じりの期待も宿り始めていた。
「滑車の組み合わせで、力を分散させているんです」
カイトが説明を始めた。その声は穏やかだが、確固たる自信に満ちている。
「引く距離は長くなりますが、必要な力は格段に小さくなる。これなら、F級の念動術でも重い物を持ち上げられます」
F級。
その言葉が、周囲にざわめきを起こした。F級が、A級やB級の魔法使いでも苦労する重量物を、軽々と操っている。
これまでの常識が、音を立てて崩れていく。
◆◇◆
人だかりができ始めた。
最初は野次馬程度だった群衆が、次第に真剣な表情に変わっていく。職人たちの目が、技術の可能性を見抜き始めている。
次は歯車機構の出番だった。カイトがハンドルを回すと、複雑な歯車の組み合わせが動き出す。出力側では、木槌が規則正しく上下運動を繰り返した。
「これは……」
今度は木工職人が身を乗り出した。年老いた男性で、その手には五十年間使い続けた工具の記憶が刻まれている。
「釘打ちの動作じゃないか!」
「その通りです」リーナが笑顔で答えた。「一定の力で、同じ動作を延々と繰り返せます。疲れ知らずの助手みたいなものです」
木工職人の手が、自分の工具に触れた。父から受け継いだ鑿。長年の相棒である鋸。
「これで……これで充分だと思っていた」
その声に、複雑な感情が滲んでいた。恐怖と期待。絶望と希望。相反する感情が胸の内で嵐のように吹き荒れている。
「俺たちは……時代に取り残されるのか?」
職人たちがざわめいた。
反復作業は職人仕事の大部分を占める。それを機械が代行できるなら……
仕事を奪われる恐怖。しかし同時に、もっと創造的な仕事に集中できる希望。新しい時代への期待と不安が、群衆の間を駆け巡っている。
「本当に魔力はいらないのか?」
別の職人が尋ねた。その声には、信じたいという気持ちと、信じることへの恐れが混在している。
「動力は必要ですが」カイトが答えた。「水車や風車、あるいは人力でも動きます。魔力は必須ではありません」
魔力は必須ではない。
その言葉が、群衆に衝撃を与えた。この世界で、魔力なしに何かを成し遂げるなど、考えたこともなかった。特に、F級やG級の人々にとって、それは絶望的な現実だったのだ。
しかし今、目の前で実証されている。魔力がなくても、工夫次第で大きな力を生み出せる。
希望の光が、暗闇を照らし始めている。
◆◇◆
三つ目の装置、てこ式力増幅器のデモンストレーションは、さらに大きな反響を呼んだ。
「この棒の短い側に重い物を置き、長い側を押し下げる。すると……」
カイトが軽く押すだけで、大人二人がかりでも持ち上がらない石材が浮き上がった。
群衆が息を呑んだ。
「嘘だろ……」
「いや、確かに魔力は使っていない」
「でも、どうして?」
質問が殺到した。カイトは一つ一つ丁寧に答えた。物理法則、機械の原理、そして可能性。
その一言一言が、人々の心に新たな世界観を植え付けている。魔法だけが全てではない。技術にも、人を幸せにする力がある。
職人たちの目が変わっていく。
最初の懐疑から、驚きへ。そして理解へ。
「これがあれば、もっと効率的に仕事ができる」
「魔法使いを雇う金も省ける」
「F級でも職人になれるってことか」
最後の言葉に、カイトの胸が熱くなった。
F級でも。G級でも。魔力の才能がなくても。
技術があれば、誰もが自分の可能性を追求できる。諦める必要はないのだ。
群衆の中で、一人の若い男性が涙を流していた。F級の烙印を押された者の顔だった。その涙は、絶望から希望への転換を物語っている。
「俺にも……俺にもできるかもしれない」
その呟きが、カイトの耳に届いた。
これだ。これこそが、技術の真の価値なのだ。
◆◇◆
昼過ぎには、噂は市場全体に広がっていた。
商人たちが様子を見に来た。彼らの目は違った光を宿していた。ビジネスチャンスを嗅ぎ取る、鋭い眼差しだ。
「これを量産できるか?」
ある商人が単刀直接に尋ねた。
「設計図があれば、職人なら作れます」エドガーが答えた。「ただし、精度が重要なので……」
商談めいた話が始まった。
一方で、不安そうな声も聞こえた。
「魔法が要らなくなったら、俺たちはどうなる?」
「いや、これは魔法を補助する道具だ」
「でも、魔導師の仕事が減るのは確かだろう」
賛否両論。期待と不安。希望と恐れ。
新しい技術は、いつも波紋を生む。それは変化への恐怖と、未来への期待が入り混じった、複雑な感情の嵐だ。
しかし、カイトには確信があった。
技術は人を不幸にするためにあるのではない。より多くの人が、より幸せに生きるためにある。魔法を否定するのではなく、魔法と手を取り合って、新たな未来を築くためにある。
その信念が、彼の表情を穏やかにしていた。
◆◇◆
日が傾き始めた頃、カイトは片付けを始めた。
今日の目的は達成された。技術は確かに人々の目に触れ、その可能性を示した。これから起こることは、もう止められない。
「いい仕事だったね」
リーナが疲れた笑顔を見せた。しかし、その目には達成感が宿っている。
「ああ。でも、これからが本番だ」
エドガーがメモを見ながら言った。
「問い合わせが十七件。そのうち五件は真剣な商談になりそうだ」
ハーゲンが満足そうに頷いた。
「技術が認められた証拠だな」
カイトも安堵した。不安はあったが、第一歩は成功だった。F級の烙印を押された少年が、世界を変える第一歩を踏み出すことができた。
その時、リーナが小さく身震いした。
「どうした?」
「いや……なんだか、視線を感じて」
カイトも振り返った。
市場の雑踏の向こう、建物の間の薄暗がりに、何かが見えた気がした。
赤い、布のような……
しかし、次の瞬間にはもう消えていた。
「気のせいかな」
リーナが首を傾げた。
「疲れてるんだよ」エドガーが言った。「今日は早く帰ろう」
一行は荷物をまとめて工房への道を歩き始めた。
夕暮れの光が、彼らの影を長く伸ばしていた。歴史を変えた四人の影を。
◆◇◆
その頃、市場を見下ろす高台では、赤いローブの人影が冷たい眼差しを向けていた。
「愚かな……」
その声は、氷のように冷たかった。長年の研鑽で身につけた高位魔法への誇り。古き伝統への固執。そして、変化への恐怖。
「魔法の尊厳を汚す者たちめ」
人影の指先に、赤い炎が踊った。それは怒りの炎。そして、排除への意志の現れ。
新しい技術が古い秩序を脅かすとき、必ず現れる抵抗勢力。彼らもまた、この変革の物語の重要な一部だった。
人影は踵を返すと、夕闇の中に消えていった。
新しい時代の幕開けは、同時に、古い秩序との対立の始まりでもあった。
しかし、もう後戻りはできない。
技術という名の希望の火は、既に人々の心の中で燃え始めている。その炎を消すことは、もう誰にもできないのだ。
第9話、いかがでしたでしょうか?
技術がついに市場に登場し、職人たちに衝撃を与えました。
滑車、歯車機構、てこの原理という基本的な機械要素が、この世界では革命的技術として受け入れられる様子を描きました。
そして最後に現れる赤いローブの人影...魔法至上主義者からの反発が始まりそうですね。
技術革新には必ず賛成と反対、期待と不安が生まれます。
次章では、この対立がどう発展していくかを描いていく予定です。
新たな展開にご期待ください!
感想やご意見、いつでもお待ちしております。
評価・ブックマークもとても励みになります!
次回もお楽しみに!
Xアカウント: https://x.com/yoimachi_akari
note: https://note.com/yoimachi_akari




