第26話 新しい朝
公開対決から一週間後の朝。
ルーネベルク技術学校の建物は、朝日を受けて輝いていた。元は古い倉庫街の一角だったが、職人ギルドの協力により、短期間で改修が完了していた。
カイトは、教室の扉の前で深呼吸をした。手には、初めての授業で使う教材が入った鞄。その重みが、新たな責任の重さを思い出させる。
「緊張してる?」
リゼが、優しく声をかけた。彼女も教師として参加することになっていた。
「正直、技術開発より緊張する」
カイトが苦笑すると、廊下の奥からエドガーの声が聞こえてきた。
「カイト! 大変だ! いや、これは予想外というか、嬉しい誤算というか――」
「落ち着いて、エドガー。何があった?」
「入学希望者が、予定の倍以上来てる!」
◆◇◆
学校の中庭は、すでに多くの人々で賑わっていた。
最前列には、F級市民たちが緊張した面持ちで立っている。彼らの多くは、公開対決でマリアンヌたちが協働システムを動かす姿を見て、希望を抱いてやってきたのだった。
「私も……私も何か作れるようになりたいんです」
若い女性が、震える声で言った。彼女の手には、擦り切れた作業着が握られている。
その隣には、職人の子供たちが集まっていた。彼らの目は、好奇心で輝いている。
「父さんが言ってました。これからは技術の時代だって」
赤毛の少年――マーカスの息子ロバートだった。彼はF級の念動力しか持たないが、その瞳には強い意志が宿っていた。
そして、最も驚くべきことに――
「失礼します」
魔導学院の制服を着た若者が二人、緊張した様子で前に出てきた。
「私たちは、ソフィア様の推薦状を持ってきました」
一人が震える手で封筒を差し出した。カイトが中を確認すると、確かにソフィアの署名がある。
『技術と魔法の融合を学びたいという彼らの意志を尊重し、推薦します』
「魔法使いが、なぜ技術を?」
ハーゲンが驚きを隠せずに尋ねた。
「公開対決を見ました。アレクサンダー様の炎と、カイト様の機械が共鳴した時……あれは、新しい可能性だと思ったんです」
若い魔法使いの一人が、真剣な表情で答えた。
「魔法だけでは到達できない領域がある。それを、技術との融合で超えられるかもしれない」
◆◇◆
最初の授業が始まった。
カイトは教壇に立ち、30名の生徒たちを見渡した。F級市民20名、職人の子弟8名、そして魔法使い2名。これほど多様な生徒が一つの教室に集まることは、王都の歴史でも前例がなかった。
「今日から皆さんと一緒に、新しい学問を始めます」
カイトが口を開くと、教室が静まり返った。
「まず最初に理解してほしいのは、技術に必要なのは特別な才能ではないということです」
そう言って、カイトは簡単な装置を取り出した。てこの原理を示す、最も基本的な教材だった。
「これを見てください」
小さな力で、大きな重りを持ち上げる。その単純な仕組みに、F級市民たちの目が輝いた。
「私の念動力でも……できるでしょうか?」
マリアンヌが恐る恐る手を挙げた。
「もちろんです。やってみましょう」
カイトが装置を渡すと、マリアンヌは慎重に念動力を送り込んだ。微弱な力が、てこを通じて増幅され、重りがゆっくりと持ち上がる。
「できた……私にもできた!」
マリアンヌの声に、教室中から歓声が上がった。
「これが技術の本質です。力の大小ではなく、原理の理解と応用」
◆◇◆
実習の時間になった。
生徒たちは、初めて歯車を組み立てることになった。設計図を見ながら、慎重に部品を組み合わせていく。
「難しい……」
ロバートが額に汗を浮かべながら格闘していた。歯車の噛み合わせがうまくいかない。
「焦らないで。一つ一つ確認しながら」
リゼが優しく指導する。彼女の説明は分かりやすく、生徒たちも安心した様子だった。
一方、意外な才能を見せたのは、魔法使いの一人だった。
「これは……魔法陣の構築に似ていますね」
彼は器用に歯車を組み立て、あっという間に基本的な機構を完成させた。
「正確性と論理性。魔法も技術も、根底では共通している部分があるのかもしれません」
エドガーが感心したように呟いた。
そして、最も感動的だったのは、年配のF級市民が歯車を完成させた瞬間だった。
「動いた……私が作ったものが、動いている」
彼の目から、涙が零れていた。生まれて初めて、自分の力で何かを作り上げた喜び。それは、金銭では買えない価値があった。
◆◇◆
昼休み、カイトは工房に戻っていた。
そこには、アレクサンダーが待っていた。公開対決での出来事以来、初めての訪問だった。
「授業は順調のようだな」
「アレクサンダー殿……」
「改まるな。私も、学ぶ側に回りたいと思っている」
アレクサンダーは、設計図を取り出した。そこには、炎魔法と蒸気機関を組み合わせた装置の構想が描かれている。
「公開対決で感じたんだ。炎と機械は、対立するものではない。むしろ、相性がいい」
エドガーが設計図を見て、目を輝かせた。
「これは……理論的には可能だ! 炎魔法で水を加熱し、その蒸気で動力を得る。魔力消費も最小限で済む」
「共同研究をしたい」
アレクサンダーが正式に申し出た。
「技術と魔法の融合。それが、この国の新しい道になるはずだ」
カイトは迷わず手を差し出した。
「ぜひ、一緒に」
二人の握手を、ハーゲンが温かく見守っていた。
◆◇◆
午後になると、工房には新しい依頼が次々と持ち込まれていた。
「農業用の機械を作ってほしい」
農民の代表が、切実な表情で頼み込む。
「収穫の効率を上げられれば、もっと多くの人を養える」
「医療機器への応用も考えてほしい」
医師ギルドの使者も来ていた。
「精密な手術に、あなたの制御技術が使えるのではないか」
商人ギルドからも、大量の注文が入っていた。運搬用の機械、計算を補助する装置、商品の保管システム……需要は留まるところを知らなかった。
「嬉しい悲鳴だな」
ハーゲンが苦笑いを浮かべた。
「でも、全部は対応できない」
リゼが現実的な指摘をする。
「だからこそ、学校が必要なんです」
カイトは窓の外を見た。技術学校では、午後の授業が始まっている。
「技術者を育てる。そうすれば、もっと多くの人の願いに応えられる」
◆◇◆
夕方、王都の市場を歩いていると、カイトは意外なものを目にした。
露店に、明らかに粗悪な「機械」が並んでいた。歯車は噛み合っておらず、構造も理解せずに形だけ真似たものだった。
「カイト様の技術を真似たんだ」と、店主は得意げに言った。
「これは……」
リゼが眉をひそめたが、カイトは違う見方をしていた。
「いいんです。模倣されるということは、それだけ技術が認められた証拠」
「でも、これじゃ動かないし、危険かもしれない」
「だからこそ、正しい技術を広める必要がある。時間はかかるけど、いつか本物と偽物の区別がつくようになる」
◆◇◆
日が暮れる頃、カイトは魔導師団本部に呼ばれていた。
セレスティアが、最上階の部屋で待っていた。公開対決の時とは違い、その表情は穏やかだった。
「来てくれて感謝する」
彼女は窓の外を見ながら語り始めた。
「千年前、私は同じような場面に立ち会った」
カイトは静かに耳を傾けた。
「若い技術者が現れ、新しい可能性を示した。だが私は……恐れた。変化を、未知を、そして何より、自分たちの時代が終わることを」
セレスティアの声に、深い後悔が滲んでいた。
「結果、その芽を摘んでしまった。そして千年、この国は停滞した」
彼女が振り返る。その瞳には、新たな決意が宿っていた。
「同じ過ちは繰り返さない。技術と魔法の共同研究機関を設立したい」
「それは……」
「魔導師団の一部を改革する。抵抗はあるだろうが、もう後戻りはできない」
セレスティアは、一枚の書類を差し出した。そこには、詳細な計画が記されている。
「慎重に進める必要がありますが……前向きに検討させていただきます」
カイトの返答に、セレスティアは初めて微笑んだ。千年ぶりの、心からの笑顔だったかもしれない。
◆◇◆
学校に戻ると、仲間たちが中庭で待っていた。
「どうだった?」
リゼが心配そうに尋ねる。
「新しい提案があった。技術と魔法の共同研究機関」
「それは面白そうだ!」
エドガーが目を輝かせた。
「機械騎士の設計にも役立つかもしれない」
「まだ始まったばかりだけどな」
ハーゲンが、職人らしい現実的な視点で言った。
「一歩一歩、着実に進むしかない」
カイトは工房の屋上に上った。そこから見える王都の風景は、一週間前とは違って見えた。
あちこちの煙突から上がる煙に混じって、小さな機械の音が聞こえる。職人街には「機械工房」の看板が増え、F級市民たちの表情も明るくなっている。
「これが、僕たちが作り始めた未来」
カイトが呟くと、リゼがそっと隣に立った。
「後悔はない?」
「ないよ。むしろ、これからが楽しみだ」
◆◇◆
その夜、工房に思いがけない来訪者があった。
「失礼します。夜分に申し訳ありません」
異国の装いをした使者が、丁寧に頭を下げた。
「私は隣国エレメンティアから参りました。貴殿の技術について、我が国も大変興味を持っております」
「隣国が……?」
「公開対決の話は、国境を越えて伝わっています。技術と魔法の融合、それは我々にとっても重要なテーマです」
使者は一通の書簡を差し出した。
「これは、我が国の第二王子からの親書です。技術交流について、前向きに検討したいとのこと」
カイトたちは顔を見合わせた。まさか、国際的な注目を集めることになるとは。
「これは……慎重に対応する必要がありますね」
リゼが冷静に状況を分析する。
「でも、大きなチャンスでもある」
エドガーが興奮を抑えきれない様子で言った。
「他国の技術や魔法を学べれば、もっと可能性が広がる」
◆◇◆
使者が帰った後、カイトは工房の作業台に向かった。
そこには、エドガーが描いた設計図が広げられている。人型の機械――機械騎士「ギア・ナイト」の構想図だった。
「Phase 3の目標か」
カイトが設計図を見つめる。それは、今の技術では到達できない、遥かに高度な機械だった。
「でも、不可能じゃない」
エドガーが力強く言った。
「アレクサンダー殿との共同研究、セレスティア様の協力、そして学校で育つ技術者たち。条件は整いつつある」
「一年後には、試作機を作れるかもしれない」
ハーゲンも、職人としての勘で可能性を感じていた。
「みんなで力を合わせれば」
リゼが優しく微笑んだ。
「ええ、きっとできます」
◆◇◆
真夜中、カイトは一人で屋上にいた。
満天の星空の下、王都は静かに眠っている。しかし、その静寂の中にも、確かな変化の兆しが感じられた。
明日、技術学校では二日目の授業が始まる。生徒たちは、新しい課題に挑戦するだろう。工房には、新たな依頼が持ち込まれるだろう。そして、アレクサンダーとの共同研究も本格的に始まる。
「これが、新しい朝の始まり」
カイトは、東の空がわずかに白み始めるのを見た。
Phase 2は終わった。しかし、それは終わりではなく、新たな始まりだった。機械騎士の実現、国際的な技術交流、そして真の意味での技術と魔法の融合。
挑戦すべきことは、まだまだ山ほどある。
「でも、もう一人じゃない」
カイトは階下を見下ろした。工房では、エドガーがまだ設計図に向かっている。リゼは明日の授業の準備をしているだろう。ハーゲンは新しい素材の研究を続けているはずだ。
そして、王都のどこかで、今日技術に触れた人々が、明日への希望を抱いて眠っている。
朝日が昇り始めた。
新しい一日が、新しい時代が、今始まろうとしていた。




