第24話 対決への道
開校式から一週間が過ぎた。
ルーネベルク技術学校は、朝から活気に満ちていた。実習棟からは金属を叩く音が響き、座学棟からは熱心な質問の声が聞こえてくる。わずか一週間だが、生徒たちの成長は目覚ましかった。
カイトは実習棟の片隅で、マリアンヌが歯車機構と格闘している様子を見守っていた。
「もう少し...あ、また外れた」
マリアンヌは額の汗を拭いながら、三つの歯車を組み合わせようとしている。減速機構の基本だが、F級市民だった彼女にとっては、まだ難しい課題だった。
「力を入れすぎです」
カイトが優しく助言する。
「歯車は、優しく噛み合わせるものです。無理に押し込むと、歯が欠けてしまう」
マリアンヌは深呼吸をして、もう一度挑戦した。
今度は慎重に、一つずつ歯を合わせていく。カチッという小さな音と共に、三つの歯車が完璧に噛み合った。
「できた!」
彼女の顔が輝く。手で一番小さな歯車を回すと、連動して他の歯車も滑らかに回転した。
「初めて...自分の手で機械を作れた」
マリアンヌの目に涙が浮かぶ。それは、F級という身分の壁を、技術によって乗り越えた瞬間だった。
隣の作業台では、ロバートが職人のガブリエルと何やら熱心に議論していた。
「この歯車機構を使えば、織機の効率を三倍にできるはずです」
ロバートは、自分で描いた設計図を広げる。商人の息子らしい、実用的な発想だった。
「面白い着眼点だな」
ガブリエルが感心する。
「ただ、耐久性の問題がある。毎日使う織機なら、もっと頑丈な材質を...」
年齢も立場も違う二人が、技術という共通言語で語り合っている。
その向こうでは、アレクサンダーが独特な実験を行っていた。
A級魔法使いは、小さな炎を掌に浮かべ、その周りに歯車を配置している。炎の熱で金属が膨張し、歯車の噛み合わせが変化する。その変化を、念動力で微調整しているのだ。
「技術と魔法の融合か」
エドガーが興味深そうに観察する。
「理論上は可能だが、実際にやってみせるとは」
アレクサンダーは集中を保ちながら答えた。
「カイトの言う通りだ。対立する必要はない。むしろ、組み合わせることで新しい可能性が生まれる」
炎と歯車が作り出す、不思議な調和。それは、この学校が目指す未来の象徴のようだった。
◆◇◆
その穏やかな朝の空気を破ったのは、王立魔導学院からの使者だった。
黒いローブを纏った魔法使いが、学校の門前に立っている。その手には、金色の紋章が刻まれた巻物があった。
「カイト・ベルクマン殿はおられるか」
使者の声は、感情を感じさせない。
カイトが門まで出向くと、使者は恭しく巻物を差し出した。
「グランドマスター・セレスティア・アズールヴァルト様からの公式文書です」
カイトが巻物を受け取ると、使者は一礼して立ち去った。何も説明せず、質問も受け付けない。まるで、内容を知っているかのような素早さだった。
工房に戻ったカイトは、仲間たちの前で巻物を開いた。
そこには、優美な文字で対決の詳細が記されていた。
『技術と魔法の優劣を決する公開対決を、ここに正式に提案する。
日時:三週間後の満月の日、正午
場所:王都中央広場
形式:三つの試練による判定
第一の試練「力の証明」
破壊力と防御力において、いずれが優れているかを実証する。
第二の試練「精密の極致」
制御と精度において、いずれが優れた技を持つかを競う。
第三の試練「創造の価値」
新たな価値を生み出す力を、民衆の前で示す。
判定は、王家代表、商人ギルド代表、市民代表による公正な審査とする。
なお、技術側は機械と道具のみを使用可能とし、魔法側は古代魔法を含むあらゆる魔法の使用を許可する。
敗者は、勝者の優位を公に認め、その指導に従うものとする。
王立魔導学院グランドマスター
セレスティア・アズールヴァルト』
文面を読み終えた瞬間、工房に重い沈黙が流れた。
「これは...罠だ」
ハーゲンが最初に口を開いた。
「技術のみ対あらゆる魔法。明らかに不公平だ」
リゼも同意する。
「しかも古代魔法まで許可するなんて。それは通常の魔法の百倍の威力がある」
エドガーは巻物を手に取り、じっくりと読み返した。
「でも、断れない」
彼の指摘は的確だった。
「これを拒否すれば、技術は魔法に勝てないと認めたことになる」
カイトは、深く息を吸った。
「受けて立つしかない」
その決意の声に、全員が振り返る。
「確かに条件は不利だ。でも、だからこそ勝つ価値がある」
カイトの目に、静かな炎が宿っていた。
「それに、三週間ある。準備する時間は十分だ」
◆◇◆
対決の通達は、瞬く間に王都中に広まった。
技術学校には、続々と人々が集まってくる。生徒たちはもちろん、職人たち、商人たち、そしてF級市民たちまで。
「俺たちに何かできることはないか」
ガブリエルが申し出る。
「材料でも、道具でも、人手でも、何でも提供する」
マーカスも現れた。
「商人ギルドとして、全面的に支援する」
彼の表情は真剣だった。
「必要な資材は、すべて調達しよう。費用は気にするな」
エリザベス王女からも、密使が届いた。
『王家も可能な限り支援します。ただし、表立っては動けません。セレスティア様を刺激したくないので』
理解できる事情だった。
カイトは、集まった人々を見渡した。
「皆さんの気持ちは、本当にありがたい」
彼の声が、工房に響く。
「でも、これは技術の戦いです。技術で、正々堂々と勝つ」
カイトは、設計図を広げた。
「三つの試練に対して、それぞれ対策を立てます」
第一の試練「力の証明」には、強化版の共鳴増幅器で対抗する。
第二の試練「精密の極致」には、念動力制御装置の改良版を用意する。
第三の試練「創造の価値」には...
「これが一番難しい」
カイトが認める。
「新しい価値を生み出すとは、どういうことか」
その時、アレクサンダーが口を開いた。
「魔法には、できないことがある」
A級魔法使いの言葉に、全員が注目する。
「魔法は、才能がある者にしか使えない。でも技術は違う」
アレクサンダーは、マリアンヌを見た。
「彼女のようなF級でも、技術なら使える。それが、技術の生み出す新しい価値じゃないか」
その指摘に、カイトの目が輝いた。
「そうだ...それだ!」
◆◇◆
準備が本格的に始まった。
学校の授業と並行して、対決用の機械開発が進められる。生徒たちも、自分たちにできることを探して動き始めた。
マリアンヌは、F級市民たちを集めて、念動力の特訓を始めた。
「私たちにも、できることがあるはずです」
彼女の呼びかけに、多くのF級市民が応じた。微弱な念動力でも、束になれば大きな力になる。リゼの理論を基に、集団念動力システムの開発が始まった。
ロバートは、商人の人脈を活かして情報収集に奔走した。
「セレスティア様の過去の対決記録を調べました」
彼が持ってきた資料は貴重だった。
「五十年前、東方の錬金術師と対決した記録があります」
その内容を読むと、セレスティアの戦術パターンが見えてきた。圧倒的な力で相手を威圧し、精神的に屈服させる。それが彼女の常套手段だった。
「つまり、精神力が鍵になる」
ハーゲンが分析する。
「どんなに劣勢でも、最後まで諦めない強さが必要だ」
その頃、エドガーは密かに新しい発明に取り組んでいた。
「対魔法防御機構...理論上は可能なはずだ」
彼の作業台には、複雑な設計図が広がっている。魔力を物理的に偏向させる装置。前代未聞の挑戦だった。
「魔力も、結局はエネルギーの一種だ」
エドガーは呟く。
「なら、物理法則で制御できるはずだ」
◆◇◆
二週間が過ぎた頃、思わぬ訪問者があった。
王立魔導学院の、若い魔法使いだった。しかし、彼女の表情は敵対的ではない。
「私は、ソフィア・ベルナール」
彼女は名乗った。
「C級魔法使いです」
警戒するカイトたちに、ソフィアは慌てて手を振った。
「敵じゃありません。むしろ...応援に来ました」
意外な言葉に、カイトが眉を上げる。
「どういうことですか?」
ソフィアは、周囲を確認してから小声で言った。
「魔導学院の中にも、技術に興味を持つ者はいます」
彼女の目は真剣だった。
「セレスティア様のやり方に、疑問を感じる者も」
ソフィアは、小さな包みを差し出した。
「これは、古代魔法の弱点についての資料です」
カイトは驚いた。それは、極めて貴重な情報だった。
「なぜ、これを?」
「変化を望んでいるからです」
ソフィアの声に、決意が滲む。
「千年も同じ体制が続いている。それは健全じゃない」
彼女は、工房を見渡した。
「技術は、停滞を打破する風かもしれない」
ソフィアは立ち去り際に言った。
「対決の日、私も見に行きます。技術の可能性を、この目で確かめたい」
◆◇◆
対決まで、あと一週間。
準備は急ピッチで進んでいた。
強化版共鳴増幅器は、出力を三倍まで上げることに成功した。念動力制御装置も、精度が飛躍的に向上している。
そして、第三の試練への秘密兵器も形になりつつあった。
「これが、『協働システム』です」
カイトが披露したのは、複数の人間が同時に操作できる大型機械だった。
「一人では動かせない。でも、皆で力を合わせれば」
実演では、マリアンヌを含む五人のF級市民が操作を担当した。それぞれが小さな念動力を注ぎ、歯車を回し、レバーを動かす。
すると、巨大な機械が動き出した。
それは、ただの機械ではない。人々の協力によって初めて機能する、新しい形の道具だった。
「素晴らしい」
アレクサンダーが感嘆する。
「これこそ、魔法にはない価値だ」
しかし、その夜。
不穏な影が動いていた。
黒いローブを纏った人物が、技術学校の周囲を徘徊している。その手には、青白く光る杖があった。
「技術など、所詮は児戯」
低い声が、闇に響く。
「真の力を見せてやろう」
黒いローブの人物は、杖を掲げた。
瞬間、学校の窓ガラスが一斉に震えた。それは警告だった。これ以上進めば、破壊されるという脅迫。
しかし、カイトたちは屈しなかった。
翌朝、割れた窓ガラスを見ても、誰も逃げ出そうとはしない。
「脅しに屈したら、技術の未来はない」
カイトの言葉に、全員が頷いた。
◆◇◆
対決前日の夜。
カイトは一人、屋上に立っていた。
明日の準備は、すべて整った。できることは、すべてやった。あとは、本番で力を発揮するだけだ。
しかし、不安がないわけではない。
セレスティアの力は、想像を絶するものだろう。古代魔法の威力も、計り知れない。
技術で、本当に対抗できるのか。
「迷っているのか」
背後から声がかけられる。
振り返ると、月光に照らされたセレスティアが立っていた。
銀髪が風に揺れ、青い瞳が冷たく光っている。グランドマスター自ら、前夜に現れるとは。
「いいえ」
カイトは正直に答えた。
「準備はできています」
セレスティアは、かすかに微笑んだ。
「勇敢だな。だが、無謀でもある」
彼女は一歩近づく。
「今なら、まだ間に合う。技術を捨て、魔法の下につくなら」
「お断りします」
カイトの即答に、セレスティアの表情が変わった。
「なぜ、そこまで技術に拘る」
「すべての人に、可能性を与えたいからです」
カイトの声は、静かだが確固としていた。
「魔法は素晴らしい。でも、限られた人しか使えない」
彼は、眼下の街を見下ろした。
「技術なら、誰もが使える。学べる。成長できる」
セレスティアは、しばらく沈黙していた。
そして、呟くように言った。
「千年前にも、同じことを言った者がいた」
その言葉に、カイトが振り返る。
「彼も、すべての人に力を与えようとした。そして...」
セレスティアは言葉を切った。
「明日、すべてが決まる」
彼女は踵を返す。
「技術の限界を、思い知るがいい」
セレスティアの姿が、闇に溶けていく。
残されたカイトは、拳を握りしめた。
限界など、認めない。
技術の可能性は、無限だ。
◆◇◆
対決前夜、技術学校では最後の会議が開かれていた。
生徒たち、職人たち、支援者たち。百人を超える人々が、大講堂に集まっている。
「明日は、技術の真価を示す日です」
カイトが壇上に立つ。
「でも、それ以上に大切なことがある」
彼は、一人一人の顔を見た。
「私たちは、一人じゃない。仲間がいる」
カイトの声が、静かに響く。
「F級もA級も、職人も商人も、若者も年配者も。立場を超えて、技術という絆で結ばれている」
マリアンヌが涙を流していた。
ロバートが拳を握りしめている。
アレクサンダーが、真剣な眼差しで聞いている。
「明日、私たちは証明します」
カイトの声に、力が宿る。
「新しい時代が来ることを。技術が、すべての人に希望を与えることを」
全員が、立ち上がった。
「技術学校、万歳!」
「カイト先生、万歳!」
「新しい時代に、万歳!」
歓声が、夜空に響いた。
エドガーがカイトの肩を叩く。
「良い演説だった」
リゼも微笑む。
「これなら、勝てる気がする」
ハーゲンまでもが、珍しく笑顔を見せた。
「明日は、歴史が変わる日だ」
カイトは、仲間たちと拳を合わせた。
対決への道は、ここまで来た。
あとは、全力でぶつかるだけだ。
◆◇◆
真夜中過ぎ。
カイトはまだ工房にいた。
最後の確認をしていると、ふと視線を感じた。
窓の外に、小さな光が浮かんでいる。よく見ると、それは小型の飛行機械だった。誰かが、念動力で飛ばしているらしい。
機械には、小さな紙が結ばれていた。
『頑張って。F級の希望の星』
差出人の名前はない。でも、温かい応援の気持ちが伝わってきた。
見上げると、王都のあちこちから、同じような光が上がっていた。
小さな飛行機械、光る歯車、回転する風車。
それぞれが、誰かの応援の気持ちを運んでいる。
技術学校で学んだ人々が、自分たちなりの方法で、エールを送っているのだ。
「すごい...」
リゼが、いつの間にか隣に立っていた。
「こんなにも多くの人が、応援してくれている」
エドガーとハーゲンも現れた。
「眠れないのは、俺たちだけじゃないみたいだな」
ハーゲンが、珍しく優しい声で言った。
四人は、しばらく黙って光の舞を眺めていた。
これが、技術が生み出した絆だった。
身分も立場も超えて、人々を結びつける力。
それは、魔法にはない、技術だけの価値だった。
「明日、必ず勝とう」
カイトが静かに言った。
「この人たちのためにも」
仲間たちが、無言で頷く。
東の空が、うっすらと白み始めていた。
対決の日の、夜明けだった。
ルーネベルク技術学校にとって、最も重要な一日が始まろうとしている。
技術と魔法、新と旧、希望と伝統。
すべてが交差する、運命の対決まで、あと数時間。
しかし、カイトの心に迷いはなかった。
なぜなら、彼は一人ではないから。
技術を信じる、すべての人々と共にあるから。
朝日が昇る。
新しい時代の幕開けを告げるかのように、力強く、美しく。
対決への道は、ついに終着点を迎えようとしていた。
第24話、いかがでしたでしょうか?
対決に向けた準備が本格化し、みんなが力を合わせる姿を描きました。
ソフィアの密かな協力、F級市民たちの特訓、
そして「協働システム」の完成――技術が生み出す絆の力が示されました。
対決前夜、王都中から寄せられる応援の光。
小さな飛行機械たちが運ぶエールは、
技術が生み出した新しい価値を象徴しています。
ついに明日は運命の対決!
技術と魔法の真の対決をお見逃しなく!
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