第19話 技術の祭典
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
「最弱魔法×ロボット工学=世界最強の機巧使い」第19話をお届けします。
いよいよ技術展示会前日。カイトたちの運命を決める重要な一日が始まります。
F級市民たちの期待、魔導師団の不穏な動き、そして新たな脅威の影――
技術が世界を変える可能性を信じる仲間たちの物語、お楽しみください!
朝靄が工房の窓に白く張り付いている。
カイト・ベルクマンは、既に作業台に向かっていた。
展示会前日――。
この日のために、どれだけの時間を費やしてきただろう。
「……よし」
共鳴増幅器の最終調整を終え、カイトは緊張した手で装置を撫でた。歯車の一つ一つが、精密に噛み合っている。魔力強化金属の表面が、朝の光を受けて鈍く輝いた。
たった一日。
でも、この一日が世界を変えるかもしれない。
その可能性と責任の重さに、カイトの手が微かに震えた。
◆◇◆
「おはよう、カイト!」
リゼが工房に入ってきたのは、朝食の準備を始めた頃だった。彼女の腕には、焼きたてのパンが入った籠が下げられている。
「昨日の夕市で聞いた話なんだけど」
リゼは作業台にパンを並べながら、市場調査の最終報告を始めた。
「F級の人たちの間で、すごい期待が広がってるみたい。でも……」
「不安もある、か」
カイトが続きを促すと、リゼは小さく頷いた。
「魔導師団が黙っているはずがない、って。みんな心配してる」
「そうだろうな」
エドガーが重い荷物を抱えて入ってきた。商人としての長年の経験が、その表情に現れている。
「だが、だからこそやる価値がある。リスクのない革新なんてものは、結局誰かがやったことの焼き直しに過ぎない」
ハーゲンが作業場の奥から姿を現した。その手には、古い職人道具が握られている。
「お前たちが作った未来を、ワシも見てみたい」
50年の職人人生を賭ける覚悟が、その言葉には込められていた。
「護衛の配置も完了してる。ゴードンたちが既に動いている」
朝食の準備が整うと、四人は作業台を囲んだ。リゼの焼きたてのパン、エドガーが持参した果物、ハーゲンの淹れた濃い珈琲、そしてカイトが用意した野菜のスープ。
それぞれが得意なものを持ち寄った、温かい食卓だった。
「明日のために」
エドガーがカップを掲げる。
「技術が生む、新しい世界のために」
四つのカップが、静かに触れ合った。
商人ギルドの大ホールは、想像以上に壮大だった。
天井までの高さは優に10メートルはある。大理石の柱が規則正しく並び、普段は大商談にしか使われないという威厳を放っている。
「ここが、明日の舞台か」
カイトは息を呑んだ。
機械の配置作業が始まった。
まず日常支援ブースから。水汲み補助装置を慎重に設置し、デモンストレーション用の水槽を隣に配置する。自動織機は実際に布を織れるようセッティングし、説明パネルには誰にでも分かるような図解を描いた。
「こっちは産業機械ブースね」
リゼが精密時計機構を慎重に並べていく。多段滑車システムは、エドガーとハーゲンが協力して組み上げた。
そして、メイン展示台。
共鳴増幅器を中央に据え、周囲を他の機械が囲むように配置した。まるで、新しい技術の王が、その臣下たちに守られているかのようだった。
「素晴らしい」
視察に訪れたマーカスが、感嘆の声を上げた。
「これなら、貴族たちも無視できまい」
彼の隣には、息子のロバートが立っている。まだ少年の面影を残す顔に、期待と興奮が満ちていた。
「父上、本当に魔法なしで、こんなことができるんですか?」
「明日、その目で確かめるといい」
マーカスはカイトに視線を向けた。
「期待している」
夕方、会場の入り口に人影が現れた。
マリアンヌだった。彼女の後ろには、10人ほどのF級市民たちが控えている。
「みんな、明日は応援に来たいって」
普段は入れない商人ギルドの大ホール。その入り口で、F級の人々は緊張と期待の入り混じった表情を浮かべていた。
カイトは一人一人の前に立ち、その手を握った。
「これは、皆さんのための技術です」
荒れた手、細い手、震える手。
それぞれが、必死に生きてきた証だった。
「明日は、共鳴増幅器という装置をお見せします。F級の念動力でも、機械を通せば大きな力を生み出せることを証明します」
マリアンヌが前に出た。
「あなたは、私たちに『可能性』をくれた」
その言葉に、F級の人々が頷く。
「だから、私たちも全力で応援します」
夕日が、彼らの顔を金色に染めていた。
夜、商人ギルド内の控室で、四人は最後の作戦会議を行っていた。
「デモンストレーションの順番は、まず日常支援機械から」
エドガーが図面を広げる。
「次に産業機械。そして最後に――」
「共鳴増幅器」
カイトが続けた。
「想定される妨害への対策は?」
ハーゲンの問いに、リゼが答える。
「ゴードンたちが会場の各所に配置されます。それに、マーカス様も護衛を増員してくださるそうです」
カイトは立ち上がった。
「みんな、聞いてほしい」
三人の視線が集まる。
「明日、僕たちが見せるのは技術そのものじゃない」
カイトは窓の外を見た。王都の灯りが、星のように散らばっている。
「技術が生む『希望』を見せるんだ。F級の人も、A級の人も、みんなが共に生きられる世界を」
リゼが微笑んだ。
「だから私は、あなたについてきた」
エドガーも頷く。
「商売抜きで、それを見たい」
ハーゲンが豪快に笑った。
「若造が、良いこと言うようになったな」
四人は再び向き合った。
明日、すべてが始まる。
◆◇◆
深夜。
王立魔導学院の塔の最上階。
アレクサンダー・フォン・ライトハルトは、机の上のチラシを見つめていた。
『技術展示会 ~魔法に頼らない新しい力~』
その下には、機械の図解と説明が並んでいる。
「共鳴増幅器……F級の念動力を10倍に」
アレクサンダーの眉が寄った。
「馬鹿な。そんなことが可能なはずが……」
A級魔法使いとしてのプライドが、その可能性を否定する。千年以上続いてきた魔法の体系を、たかが機械が覆せるはずがない。
だが――。
消せない興味が、心の奥で疼いていた。
「もし本当なら……いや、ありえない」
彼の脳裏に、幼少期の記憶が蘇る。
A級判定を受けた、あの日。
周囲の大人たちが口々に言った言葉。
『君は選ばれし者だ』
その言葉の重さが、今も彼の肩にのしかかっている。選ばれた者には、選ばれた者の責任がある。魔法の秩序を守る責任が。
だが、もし機械が本当に魔法に匹敵する力を持つなら――。
「明日、この目で確かめてやる」
アレクサンダーは立ち上がり、窓辺に移動した。
手のひらに小さな炎を灯す。オレンジ色の光が、彼の顔を照らした。
「そして、まやかしなら……」
炎は一瞬で消えた。
部屋は再び、闇に包まれた。
◆◇◆
同じ頃、王都の裏路地。
黒いローブを纏った人影が、影から影へと移動していた。その手には、蝋で封をされた密書が握られている。
目的地は、魔導師団の密室だった。
重い扉を開け、中に入る。
薄暗い部屋の中央には、古い机が一つ。
密書を開く。
『明日の展示会、好きにさせておけ』
流麗な文字が、羊皮紙に踊っている。
『民衆の前で、その技術の無力さを証明せよ』
そして最後の一行。
『必要なら、"あの力"を使っても構わん』
署名は、たった一文字。
――C
黒いローブの人物は、密書を燃やした。灰が床に落ちる。
「セレスティア様の命令通りに」
棚から古い呪文書を取り出す。革装丁の表紙には、古代文字が刻まれていた。
ページを開く。
『重力制御・極』
その呪文は、かつて戦場で使われた禁断の魔法だった。周囲の重力を自在に操り、敵を押し潰す。
「あの若造の技術など、千年の魔法の前では塵に等しい」
不気味な笑みが、フードの奥で浮かんだ。
部屋の隅で、別の準備も進められている。会場の見取り図、護衛の配置、そして――カイト・ベルクマンの写真。
すべては、明日のために。
黒いローブの人物は、最後にもう一度呪文書を確認した。詠唱の手順、必要な魔力量、効果範囲。
完璧だった。
「明日、すべてが決まる」
密室の扉が閉まる。
王都の夜は、不穏な静寂に包まれていた。
◆◇◆
深夜を過ぎた頃。
カイトは一人、会場に残っていた。
共鳴増幅器の前に立ち、その表面に手を当てる。冷たい金属の感触が、現実を教えてくれる。
これは夢じゃない。
明日、本当にこの場所で、世界を変える挑戦が始まる。
「父さん、母さん」
カイトは小さく呟いた。
「見ていてください」
月明かりが、窓から差し込んでいる。
機械たちが、銀色に輝いていた。
まるで、明日の成功を祝福するかのように。
だが同時に、カイトの心には不安もあった。黒いローブの影、魔導師団の沈黙、そして王家の動向。すべてが不確定要素だった。
それでも――。
「やるしかない」
カイトは拳を握りしめた。
仲間たちの顔が浮かぶ。リゼ、エドガー、ハーゲン、そしてマリアンヌたち。みんなが信じてくれている。
その信頼に、応えなければ。
カイトは最後にもう一度、機械たちを見回した。一つ一つが、心血を注いで作り上げたものだ。
明日、これらが動き出す時――。
新しい時代の扉が、開くのだ。
第19話、いかがでしたでしょうか?
展示会を控え、期待と不安が交錯する一日を描きました。
アレクサンダーの複雑な心情、黒いローブの不穏な計画、
そしてカイトの揺るぎない決意――すべてが明日へと収束していきます。
次回はついに技術展示会当日!技術と魔法の対決が始まります。
果たしてカイトたちは、F級市民の希望を守ることができるのか?
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