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第18話 赤い炎、黒い陰

深夜の工房に、不穏な影が忍び寄ります。


アレクサンダー・クリムゾンが、ついに実力行使に。

違法な魔法使用の疑いをかけ、深夜の強制査察を始めます。


しかし、そこに現れたのは黒いローブの謎の人物。

アレクサンダーすら従わせるその存在は、一体何者なのでしょうか。

夜の工房は、昼間とは違う活気に包まれていた。


新しく運び込まれた設備の配置を調整し、明日からの本格的な生産に備える。魔法の灯りが作業場を煌々と照らし、金属を叩く音が断続的に響いていた。


「ここに万力を固定じゃ」


ハーゲンが若い職人たちに指示を出していた。商人ギルドとの契約を聞きつけて、すでに何人かのF級職人が集まってきていた。彼らの目には、久しく失われていた希望の光が宿っている。


「おい、そっちの作業台はもう少し窓際に!」


エドガーも搬入作業の指揮を執っていた。効率的な動線を考えながら、限られた空間を最大限に活用しようとしている。


カイトは設計図を広げ、明日から始まる量産のための最終確認をしていた。千個という数字は途方もないが、分業システムを使えば不可能ではない。ただし、品質管理が鍵となる。


「カイト、ちょっと」


リゼが近づいてきた。彼女の表情には、わずかな不安が浮かんでいる。


「どうした?」


「さっきから、工房の外に誰かいるみたい。風の流れが不自然なの」


カイトは顔を上げた。確かに、何か違和感がある。普段なら聞こえる虫の声が、今夜は妙に静かだ。


「念のため、警戒しておこう」


そう言いながらも、カイトは作業を続けた。恐れていては何も始まらない。ただし、いざという時の準備は必要だ。彼は密かに、手元に小型の制御装置を忍ばせた。


◆◇◆


深夜になっても、作業は続いていた。


「これで最後の調整じゃな」


ハーゲンが額の汗を拭った。新しい金床の位置が決まり、明日からの作業に支障はなさそうだ。


その時だった。


工房の扉が、激しく叩かれた。


「開けろ!魔導師団の査察だ!」


全員の動きが止まった。こんな時間に査察など、通常ありえない。しかも、その声には聞き覚えがあった。


「アレクサンダー・クリムゾン様の命により、違法な魔法使用の疑いで査察を行う!」


カイトとエドガーが顔を見合わせた。ついに来たか、という思いが両者の表情に浮かぶ。


「開けないと、実力行使に出るぞ!」


脅しではないことは明らかだった。扉の向こうから、複数の気配が感じられる。


「仕方ない」


カイトが立ち上がった。


「でも、俺たちは何も違法なことはしていない。堂々と対応しよう」


扉を開けると、そこには予想通りアレクサンダーが立っていた。


赤いローブが夜の闇に映え、その瞳には抑えきれない敵意が燃えている。背後には、魔導師団の下級メンバーが数名控えていた。


「随分と遅い時間の査察ですね」


カイトが冷静に言った。


「違法行為は夜に行われることが多いからな」


アレクサンダーが皮肉な笑みを浮かべた。


「特に、F級の分際で商人ギルドと大口契約を結ぶような、不自然な成功を収めている場合は」


「不自然?」


エドガーが前に出た。


「技術と努力で成功することが、そんなに不自然ですか?」


「黙れ、F級が」


アレクサンダーの声に怒気が混じった。


「お前たちのような底辺が、正当な方法で成功できるはずがない。必ず裏で違法な魔法を使っているはずだ」


そう言いながら、彼は工房の中を睨み回した。新しい設備、整然と並んだ工具、そして完成間近の滑車たち。それらを見る彼の目に、嫉妬と憎悪が渦巻いている。


「調べさせてもらう」


アレクサンダーが部下たちに合図した。魔導師たちが工房に入り込み、あちこちを調べ始める。


しかし、当然ながら違法な魔法の痕跡など見つかるはずがない。すべては正当な技術と、F級の念動スキルだけで作られているのだから。


「おかしいな」


アレクサンダーが苛立ちを隠せずに言った。


「これだけの成果を、F級の念動だけで?ありえない」


「ありえないのは、あなたの偏見です」


リゼが静かに言った。


「F級でも、工夫と努力次第で素晴らしいものが作れる。それを認めたくないだけでしょう?」


瞬間、アレクサンダーの顔が真っ赤に染まった。


「F級の女が、俺に説教するだと?」


彼の手に、炎が宿った。A級の火炎魔法——その威力は、建物を容易に焼き尽くすほどだ。


「やめろ!」


カイトが叫んだが、アレクサンダーは聞く耳を持たなかった。


「思い知らせてやる。F級と高位魔法使いの、絶対的な差を!」


炎が膨れ上がった。赤い火球が、今にもリゼに向かって放たれようとしている。


その時だった。


カイトが素早く動いた。手元の制御装置を操作すると、天井に設置していた試作品が作動した。それは、緊急時用の消火システムだった。


大量の水が、まるで滝のようにアレクサンダーの頭上に降り注いだ。


「ぶはっ!」


突然の水に、炎は瞬時に消えた。アレクサンダーはずぶ濡れになり、怒りと屈辱で震えている。


「これは......F級の念動で動く、消火装置です」


カイトが説明した。


「工房では火を使うことも多いので、安全のために開発しました。違法な魔法ではありません」


技術的には単純だった。水を貯めた容器を天井に設置し、念動スキルで栓を開けるだけ。しかし、そのタイミングと効果は完璧だった。


「貴様......!」


アレクサンダーが再び炎を作ろうとしたが、濡れた状態では思うように魔力が練れない。


◆◇◆


「何をしている」


低い声が響いた。


工房の入り口に、黒いローブをまとった人物が立っていた。顔は深いフードで隠されているが、その存在感は圧倒的だった。


アレクサンダーでさえ、その声に身を硬くした。


「これは......」


「夜中に民間の工房で騒ぎを起こすとは、魔導師団の品位を疑われますよ、アレクサンダー君」


黒いローブの人物がゆっくりと工房に入ってきた。その歩みには、底知れない威圧感がある。


「私は正当な査察を......」


「正当?」


声に皮肉が混じった。


「令状もなく、深夜に押し入り、あまつさえ民間人に魔法を向ける。これのどこが正当ですか?」


アレクサンダーは言葉に詰まった。確かに、正規の手続きを踏んでいない。個人的な感情で動いたことは明白だった。


「撤収しなさい」


黒いローブの人物が命じた。


「はい......」


アレクサンダーは悔しそうに歯を食いしばりながら、部下たちを引き連れて工房を出て行った。その背中には、消えない屈辱が滲んでいる。


しかし、黒いローブの人物は立ち去らなかった。


「興味深い」


フードの奥から、値踏みするような視線がカイトたちに向けられた。


「F級の念動スキルで、これほどの仕組みを。技術、でしたか」


「はい」


カイトは警戒しながら答えた。この人物からは、アレクサンダーとは別種の危険な気配を感じる。


「素晴らしい。実に素晴らしい」


黒いローブの人物が手を叩いた。しかし、その称賛には不気味な響きがあった。


「これほどの可能性を秘めたものを、魔導師団が見逃すはずがない」


「どういう意味です?」


エドガーが身構えた。


「簡単なことです」


黒いローブの人物がゆっくりと振り返った。


「有用なものは管理下に置く。それが魔導師団の方針です。あなた方の技術も、いずれは我々の監督下で発展させることになるでしょう」


威圧感のある宣言だった。それは脅しではなく、確定した未来を告げているかのようだった。


「さて、今夜はこれで失礼しましょう」


黒いローブの人物が工房を出て行く間際、最後に付け加えた。


「カイト・ギアハート。あなたの名前は覚えておきます。近いうちに、また会うことになるでしょう」


そして、夜の闇に消えていった。


◆◇◆


工房に重い沈黙が降りた。


「誰だったんだ、あの人物は」


ハーゲンが震え声で言った。長年の経験を持つ老職人でさえ、あの存在感には圧倒されていた。


「分からない」


カイトは首を振った。


「でも、アレクサンダーより遥かに危険な相手だということは確かだ」


リゼが不安そうに言った。


「魔導師団の上層部かもしれない。あんな威圧感を持つ人は、そうそういないわ」


確かに、あの人物の魔力は尋常ではなかった。アレクサンダーのような派手さはないが、深く、重く、底が見えない。


「技術を管理下に置く、か」


エドガーが苦い表情をした。


「つまり、俺たちの成功を認めはするが、自由にはさせないということだ」


それは、ある意味でアレクサンダーの妨害より厄介かもしれない。真っ向から否定するのではなく、取り込んで支配しようとする。その方が対処が難しい。


「でも、諦めるわけにはいかない」


カイトが拳を握った。


「商人ギルドとの約束もある。何より、技術を学びたいと集まってくれた人たちがいる」


確かに、今夜も新しい職人たちが希望を持って集まってきた。彼らの期待を裏切ることはできない。


「明日からが本当の戦いね」


リゼが深呼吸をした。


「アレクサンダーのような直接的な妨害と、あの黒い人物のような搦め手。両方に対処しながら、千個の約束を果たさなければならない」


「やるしかないじゃろう」


ハーゲンが工具を手に取った。


「技術者は、困難があっても前に進む。それが、わしらの誇りじゃ」


◆◇◆


夜明け前、カイトは一人で設計図に向かっていた。


仲間たちは仮眠を取っているが、彼は眠れなかった。今夜の出来事が、頭の中でぐるぐると回っている。


アレクサンダーの憎悪。

黒いローブの人物の不気味な宣言。

そして、集まってきた職人たちの希望に満ちた目。


すべてが、カイトの肩に重くのしかかっていた。


「重すぎるか?」


ふと、自問した。F級の青年が背負うには、あまりにも大きな責任かもしれない。


しかし、カイトは首を振った。


誰かがやらなければならない。そして、技術を理解し、実現できるのは今のところ自分だけだ。ならば、進むしかない。


窓の外が、少しずつ白み始めていた。


新しい一日が始まろうとしている。千個の約束を果たすための、第一歩を踏み出す日だ。


「見ていてくれ、セレナ」


カイトは呟いた。


「必ず、みんなが笑顔になれる世界を作ってみせる」


朝日が工房を照らし始めた時、すでに職人たちが集まり始めていた。


昨夜の騒動を聞きつけた者もいたが、それでも彼らは来た。F級として虐げられてきた者たちが、新しい希望を求めて。


「おはよう」


カイトが声をかけると、職人たちが一斉に振り返った。


「今日から、新しい挑戦が始まる。簡単じゃないけど、一緒に頑張ろう」


「おう!」


力強い返事が返ってきた。


赤い炎で脅され、黒い陰に見据えられても、技術の灯は消えない。


むしろ、その炎は仲間たちの心に広がり、より大きな光となって闇を照らし始めていた。


千個の滑車は、千の希望。


その製作が、今、本格的に始まろうとしていた。

赤い炎の憎悪と、黒い陰の不気味な宣言。


技術の成功は、新たな敵を呼び寄せました。

アレクサンダーの直接的な妨害は、カイトの機転で防げました。

しかし、黒いローブの人物が告げた「管理下に置く」という言葉の真意は……。


それでも、F級の職人たちは集まってきます。

希望を胸に、新しい可能性を信じて。


千個の約束は、どんな困難があっても果たされなければなりません。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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