表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/20

第13話 静かな革命

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

「最弱魔法×ロボット工学=世界最強の機巧使い」第13話をお届けします。


今回はリゼの視点から、市場での人々の反応を描きます。

技術に対する民衆の本当の声とは?Fランクとして生きる人々にとって、技術は何を意味するのか?


特に注目していただきたいのは、60歳のマリアンヌの涙です。

「魔法が使えなくても、私にも誇りを持てる仕事がある」——人間の尊厳を取り戻した者の、魂の叫びをお聞きください。


静かに、しかし確実に広がる革命の波をお楽しみください!

夕方の市場は、一日の仕事を終えた人々で賑わっていた。


石畳の上を行き交う無数の足音が、まるで街の鼓動のように響いている。商人たちの呼び声、買い物客たちの笑い声、荷車の車輪が石を踏む音——それらが混ざり合い、この街特有の生命力あふれる交響曲を奏でていた。


リゼは市場の入り口に立ち、深呼吸をした。


昨日の職人ギルドでの会議から一夜明け、朝から始まった技術講座は予想以上の盛況だった。若い職人たちの熱意は本物で、カイトとハーゲンは休む間もなく指導に当たっている。そして今、リゼには別の使命があった。


「民衆の本当の声を聞く」


それがカイトから頼まれた仕事だった。技術に対する支持は、職人たちだけでなく、一般の人々にも広がっているはずだ。その実態を確かめ、今後の戦略に生かす。


リゼは魔法使いらしからぬ質素な服装に身を包んでいた。青いローブではなく、街の女性たちが着るような麻の上着とスカート。それでも、整った顔立ちと気品のある佇まいを完全に隠すことはできなかったが。


人混みに紛れて歩き始めると、すぐに違いに気づいた。


いつもなら魔法使いの姿を見て道を開ける人々が、今日は自然に振る舞っている。対等な立場で街を観察できる——それは新鮮な経験だった。


「あの織機のおかげで、本当に生活が楽になったのよ」


パン屋の店先で、二人の主婦が話している声が聞こえた。リゼは商品を見るふりをしながら、さりげなく耳を傾けた。


話している女性は40代くらいだろうか。手には籠いっぱいの買い物が入っているが、その表情は明るい。


「そうなの?マルタも使っているの?」


「ええ、先週から。一日に織れる布の量が三倍になって、収入も増えたわ。Fランクの私でも、きちんとした仕事ができるなんて思わなかった」


「三倍も?」相手の女性が目を丸くした。「それはすごいわね」


「本当よ。しかも疲れが全然違うの。今まで夕方にはヘトヘトだったのに、今は夕飯の支度をする元気も残ってる」


リゼの胸に、複雑な感情が湧き上がった。


技術の効果は理解していたつもりだった。数値として、理論として。しかし、こうして実際に恩恵を受けている人々の生の声を聞くと、それがただの数字ではないことが痛いほど分かる。


「でも、魔導師団が反対しているって聞いたわ」


もう一人の主婦が心配そうに言った。声を潜め、周りを警戒するような仕草を見せる。


「そうらしいけど......」最初の女性の声にも不安が滲んだ。「でも、私たちが何か悪いことをしているわけじゃないでしょう?ただ、生活を良くしようとしているだけなのに」


「そうよね。魔法が使えないだけで、ずっと貧しい暮らしを強いられるなんておかしいわ」


二人の会話を聞きながら、リゼは考え込んだ。


魔法使いとして生まれ育った自分は、この階級社会を当然のものとして受け入れていた。Aランクは優秀、Fランクは劣等。それが自然の摂理だと信じて疑わなかった。


だが、本当にそうだろうか?


生まれ持った魔力の差で、人生のすべてが決まってしまう。努力も才能も関係なく、ただ魔法適性だけで価値が決められる。それは本当に正しい社会なのか?


「リゼさん?」


突然声をかけられて、リゼは振り返った。そこには、見覚えのある青年が立っていた。


「トマスさん」


昨日の職人ギルドで技術支持を表明した若い大工だった。彼は大きな荷車を引いているが、その足取りは軽やかだった。


「やっぱりリゼさんだ。こんなところで何を?」


「市場の様子を見て回っているんです」リゼは正直に答えた。「技術に対する人々の反応を知りたくて」


トマスの顔が明るくなった。


「それなら、ちょうどいい。見てください、この滑車システム」


彼は誇らしげに荷車の機構を示した。複数の滑車が巧妙に組み合わされ、重い荷物でも少ない力で動かせるようになっている。


「カイトさんに教えてもらった仕組みなんです。これのおかげで、一人で運べる量が倍になりました」


「すごいですね」リゼは素直に感心した。単純に見える機構だが、力学的に計算された設計だということが分かる。


「でも、一番嬉しいのは別のことなんです」


トマスの表情が真剣になった。彼は荷車を道の端に寄せると、リゼの方を向き直った。


「実は、うちには5歳の息子がいるんです。Fランクの念動スキルしか持たずに生まれてきました」


リゼは息を呑んだ。Fランクの子供が将来どんな人生を送ることになるか、この社会では誰もが知っている。


「最初は絶望しました」トマスの声が震えた。「この子には、俺と同じような貧しい人生しか待っていないのかと」


彼は遠くを見つめた。夕日に照らされた彼の横顔には、父親としての深い愛情が刻まれていた。


「でも、技術を知って希望が見えたんです。魔法が使えなくても、知恵と工夫で道は開ける。努力すれば報われる。そんな世界を、息子に残してやりたい」


トマスは振り返ると、まっすぐにリゼを見つめた。


「リゼさん、あなたは魔法使いだ。恵まれた立場にいる。でも、技術のために戦ってくれている。それがどれだけ勇気のいることか、俺たちには分かります」


リゼは言葉に詰まった。


勇気?自分がしていることが勇気だというのか?ただ、カイトに共感し、正しいと思うことをしているだけなのに。


「私は......」


「ありがとうございます」トマスは深く頭を下げた。「魔法使いのあなたが味方でいてくれることが、どれだけ心強いか」


トマスが荷車を引いて去った後、リゼはしばらくその場に立ち尽くしていた。


心の中で、何かが音を立てて崩れていくのを感じた。それは、長年築き上げてきた価値観の壁だった。魔法使いとしての優越感、Fランクへの無意識の見下し、階級社会への盲目的な受容——それらがすべて、砂の城のように崩れていく。


商店街の奥へ進むと、一軒の小さな織物店が目に入った。


店先では、一人の老女が慎重に糸を紡いでいる。その手つきには、長年の経験が生み出す独特のリズムがあった。糸車は改良されたもののようで、通常より滑らかに回転している。


リゼは吸い寄せられるように近づいた。


老女の顔には深い皺が刻まれていたが、その瞳は生き生きとしていた。糸を紡ぐ表情には、仕事への誇りと喜びが満ちている。


「素晴らしい手つきですね」


リゼが声をかけると、老女が顔を上げた。一瞬、警戒の色が浮かんだが、リゼの普段着姿を見て表情を和らげた。


「あら、お若いのに織物に興味があるの?」


老女の声は優しかった。長年の人生経験が醸し出す、深い包容力がそこにあった。


「はい。私はリゼと申します。その織機、カイトさんの改良品ですよね?」


老女の目が大きく見開かれた。


「まあ、カイトさんをご存知なの?私はマリアンヌ。そう、これはカイトさんが改良してくださった織機よ」


マリアンヌは愛おしそうに織機に触れた。まるで大切な家族に触れるような、優しい手つきだった。


「もう60を過ぎた私には、普通の織機は重労働でね。一日働くと、腕も腰も悲鳴を上げていたの。でも、この織機なら」


彼女は実演して見せた。軽い力で糸が紡がれ、均一な太さの糸が生み出されていく。その動きは流れるように滑らかだった。


「生産性が3倍になりました。しかも体への負担は半分以下。60歳の私でも、若い子たちに負けない仕事ができるんです」


リゼは織機の構造を観察した。一見すると単純な改良に見えるが、そこには深い工夫が凝らされていた。てこの原理を応用し、回転運動を効率的に伝える歯車、そして使う人の体格に合わせて調整可能な設計。


それは単なる機械ではなかった。使う人への思いやりが形になったものだった。


「カイトさんは素晴らしい方ね」マリアンヌが続けた。「改良するときも、私の意見をたくさん聞いてくださって。どこが辛いか、どうすれば楽になるか、一緒に考えてくださったの」


リゼの胸が熱くなった。カイトらしい、と思った。彼はいつも、技術は人のためにあると言っている。その言葉が、こうして形になっている。


マリアンヌが手を止めて、リゼを真っ直ぐに見つめた。


「あなた......魔法使いさまね?」


リゼは驚いた。普段着で正体を隠したつもりだったのに。


「どうして分かったんですか?」


「60年も生きていれば、人を見る目も養われるのよ」マリアンヌは優しく微笑んだ。「それに、その整った手を見れば分かるわ。肉体労働をしたことがない人の手よ」


リゼは自分の手を見下ろした。確かに、白くて柔らかい手は、労働者のそれとは明らかに違っていた。


「隠すつもりはありませんでした。ただ、普通の人として街を見たかったんです」


「そう」マリアンヌは頷いた。そして、急に表情を変えた。「魔法使いさま、一つお聞きしてもいいかしら?」


「はい、何でも」


マリアンヌの目に、涙が浮かんだ。


「私たちFランクは、ずっと『価値のない人間』だと言われ続けてきました。魔法が使えないだけで、社会のお荷物だと」


リゼの心臓が痛んだ。その言葉の重さが、鉛のように胸に沈んでいく。


「でも」マリアンヌは続けた。涙が頬を伝い落ちたが、その顔には笑みが浮かんでいた。「でも、この織機があれば、私にも価値があるんです。私の手で作ったものを、誰かが喜んで使ってくれる。魔法が使えなくても、私にも誇りを持てる仕事があるんです」


涙は止まらなかった。しかし、それは悲しみの涙ではなかった。


60年間押し付けられてきた劣等感から解放された、歓喜の涙だった。人間としての尊厳を取り戻した者の、魂の叫びだった。


「マリアンヌさん......」


リゼも涙を抑えることができなかった。目の前の老女が流す涙の意味が、ようやく本当に理解できた。


技術は単なる道具ではない。それは、押しつぶされてきた人々の尊厳を回復させる希望の光なのだ。


「ごめんなさいね、急にこんな話をして」マリアンヌは涙を拭いた。「でも、魔法使いさまにも知っていただきたかったんです。技術は、私たちにとって単なる便利な道具じゃないということを」


「いいえ」リゼは首を振った。「教えてくださって、ありがとうございます。私こそ、大切なことを教えていただきました」


マリアンヌは優しく微笑んだ。


「あなたは、他の魔法使いさまとは違うのね。カイトさんのお仲間かしら?」


「はい」リゼは頷いた。「カイトは幼馴染で、大切な仲間です」


「それは素敵ね。魔法使いと技術者が手を取り合う。そんな世界が来るといいわね」


夕暮れの光がマリアンヌの顔を照らした。深い皺に刻まれた人生の年輪が、黄金色に輝いて見えた。


別れを告げて歩き始めると、リゼは街の変化に気づき始めた。


あちこちで、技術製品を使う人々の姿が見える。滑車を使って重い荷物を運ぶ商人、改良された道具で作業する職人、新しい織機で布を織る女性たち。


そして、その表情には共通するものがあった。


希望。


ただそれだけではない。自分の力で生きていけるという自信。努力が報われるという確信。人として尊重されているという実感。


「これが、カイトの言っていた世界か」


リゼは呟いた。


魔法の有無で価値が決まるのではなく、一人一人の努力と工夫が評価される世界。それは確かに、今までの秩序を覆すものかもしれない。


だが、それの何が悪いというのか?


街の掲示板の前を通りかかったとき、リゼは足を止めた。


昨日まで貼られていた「技術反対」の張り紙が、市民たちによって剥がされているところだった。誰かに命じられたわけでもなく、自発的に、静かに、しかし断固とした意志を持って。


「もう、こんなものは必要ない」


張り紙を剥がしていた中年女性が呟いた。その手には、くしゃくしゃになった反対ビラが握られている。


「技術は私たちの敵じゃない。私たちの味方よ」


周りの人々が静かに頷いた。声高な支持表明ではない。日常に根ざした、静かな、しかし確固たる支持だった。


それは革命だった。


血も流れず、剣も交えない。ただ、人々の意識が変わっていく、静かな革命。


別の角で、リゼは驚くべき光景を目にした。


カイトの工房の前に、お礼の品を置いていく人々の姿があった。夕暮れの薄明かりの中、一人、また一人と、そっと品物を置いて立ち去っていく。


老人が野菜の籠を。若い母親が手作りのパンを。職人が研いだ工具を。


決して高価なものではない。しかし、それぞれに感謝の気持ちが込められていることは、見ているだけで分かった。


「ありがとう」と書かれた小さなメモ。


「おかげで仕事が楽になりました」という走り書き。


「息子に希望を与えてくれて」という母親の言葉。


リゼは立ち尽くして、その光景を見つめていた。


これが民衆の答えだった。魔導師団がどう言おうと、権力者がどう圧力をかけようと、人々は自分たちの意志で技術を選んだ。それは、より良い生活への切実な願いの表れだった。


工房に戻る道すがら、リゼは深く考え込んでいた。


魔法使いとして生まれた自分は、本当に恵まれていたのか?確かに物質的には豊かだった。社会的地位もあった。しかし、それと引き換えに失っていたものがあったのではないか?


人として当たり前の共感。


弱者への想像力。


不公正への怒り。


努力の価値を知る心。


それらすべてを、優越感という厚い壁が遮っていた。


「私は、今まで何も見えていなかった」


リゼは呟いた。


夕暮れの街に、新しい灯りが点り始めていた。それは単なる街灯の光ではない。人々の心に灯った、希望という名の光だった。


その光は小さく、かよわいかもしれない。しかし、一つ一つが集まれば、やがて大きな輝きとなって闇を照らすだろう。


技術という種が、確実に根を張り、芽を出している。


そして今日、リゼは理解した。それを育てるのは、カイトだけの仕事ではない。この街に生きるすべての人々の、そして自分自身の仕事でもあるのだと。


静かな革命は、始まったばかりだった。

第13話、いかがでしたでしょうか?


今回は「静かな革命」というタイトル通り、派手な展開はありませんが、人々の意識が確実に変わっていく様子を描きました。


特に印象的だったのは、トマスが語る5歳の息子への想い。「努力すれば報われる世界を残してやりたい」——親としての切実な願いが胸に響きます。


そしてマリアンヌの涙。60年間「価値のない人間」と言われ続けた彼女が、技術によって人間としての尊厳を取り戻す瞬間は、この物語の核心を表しています。


リゼ自身も大きな変化を遂げました。魔法使いとしての優越感が崩れ、真の意味で人々と同じ地平に立った彼女は、これからどう行動するのでしょうか。


次回は、若手職人たちへの技術講座が始まります。知識の伝承と、それを阻もうとする新たな脅威が!


感想やご意見、いつでもお待ちしております。

評価・ブックマークもとても励みになります!


次回もお楽しみに!


X: https://x.com/yoimachi_akari

note: https://note.com/yoimachi_akari

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ