第11話 勧告
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「最弱魔法×ロボット工学=世界最強の機巧使い」第11話をお届けします。
ついに魔導師団が動き出しました。技術への勧告——それは恐怖の始まりか、それとも新たな展開への序章か?
カイトたちが直面する最大の危機。しかし、仲間たちの絆が、恐怖を希望へと変えていきます。
魔法社会の圧力に、技術はどう立ち向かうのか。
新章の幕開けをお楽しみください!
朝の工房に差し込む光が、いつもより弱々しく感じられた。
カイトは精密歯車の最終調整に取り組んでいた。念動スキルで回転軸を微調整しながら、指先に伝わる振動から歯車の噛み合わせ具合を読み取る。0.1ミリの誤差も許されない作業だ。歯車の表面に朝日が反射し、冷たい金属の輝きが彼の集中した表情を照らし出していた。
「カイトさん」
リゼが作業台の向かいで設計図を広げた。彼女の青い瞳には、昨夜遅くまで続けた計算の疲れがわずかに滲んでいた。
「この複合歯車システムの効率、理論値の87%まで上がりました。魔力消費も従来の半分以下です」
「素晴らしい」カイトは顔を上げた。「これなら大型機構にも応用できる。市場からの要望に応えられそうだ」
ハーゲンが奥の作業場から顔を出した。老職人の手には、昨日鋳造したばかりの歯車のブランクが握られている。
「新しい合金の強度も申し分ない。リゼの魔力付与と組み合わせれば、今までの3倍は保つだろう」
工房に漂う金属の匂いと機械油の香りが、彼らの日常を物語っていた。壁にかけられた工具が整然と並び、作業台の上には完成間近の小型クレーン機構が置かれている。昨日、職人ギルドでデモンストレーションしたものの改良版だ。
そのとき、扉が勢いよく開かれた。
木製の扉が石壁に当たる音が、静かな朝の工房に響き渡った。エドガーが駆け込んできた姿を見て、3人は同時に手を止めた。
いつもは商人らしい落ち着きを保つエドガーの顔が、土気色に変わっている。額には玉のような汗が浮かび、呼吸は乱れ、肩が大きく上下していた。朝の冷たい空気の中でも、彼の体から立ち上る熱気が見て取れた。
「カイト......これを」
エドガーの声は掠れていた。震える手で差し出された書類を見て、カイトの表情が凍りついた。
羊皮紙には見慣れない厳格な封印が施されていた。赤い蝋で刻まれた紋章——それは魔導師団の象徴である炎の印章だった。蝋印は精緻に作られており、炎の一つ一つの揺らめきまでもが表現されている。まるで本物の炎が封じ込められているかのような、不気味な生命力を感じさせた。
「魔導師団から......」リゼの声が小さく震えた。
カイトは慎重に書類を受け取った。羊皮紙の質感は普通のものとは違い、魔力が織り込まれているのが分かる。触れた瞬間、指先にピリッとした感覚が走った。これは単なる書類ではない。権力の象徴そのものだ。
「昨夜、私の店に直接届けられた」
エドガーは壁にもたれかかりながら説明した。彼の足はまだ小刻みに震えている。
「使者は赤いローブに身を包んでいた。顔は深いフードで隠されていて、表情は見えなかったが......あの冷たい視線は忘れられない。まるで、虫けらを見るような目だった」
ハーゲンが作業用の椅子を引き寄せ、エドガーに座るよう促した。老職人の顔にも緊張が走っている。長年この街で生きてきた彼は、魔導師団の恐ろしさをよく知っていた。
「使者は何か言ったのか?」ハーゲンが静かに尋ねた。
「『明朝までに開封し、内容を確認せよ』とだけ」エドガーは震え声で答えた。「そして『賢明な判断を期待する』と付け加えて、闇に消えていった」
カイトは深呼吸をして、封を切った。
蝋印を破る音が、まるで何かの終わりを告げる鐘の音のように響いた。羊皮紙を広げると、そこには威圧的な筆跡で文言が並んでいる。インクは普通の黒ではなく、わずかに赤みを帯びた特殊なものだった。血のような、不吉な色合い。
「声に出して読んでください」リゼが言った。彼女もまた、現実を受け入れる覚悟を決めたようだった。
カイトは頷き、ゆっくりと読み上げ始めた。
「『技術活動による社会秩序の攪乱について』」
最初の一文だけで、工房の空気が重くなった。まるで見えない重力が増したかのように、全員の肩に圧力がかかる。
「『カイト・ギアハート並びに関係者各位。貴殿らの活動は、我が魔法社会の伝統的秩序を脅かす危険行為として、魔導師団の注視するところとなった』」
カイトの声は平静を保っていたが、握る手にはわずかに力が込められていた。羊皮紙の端が、彼の緊張を物語るように小さく震えている。
「『特に、Fランク念動スキルを用いた機械装置の製作・普及活動は、確立された魔法階級制度への挑戦と見なされる。この活動が続けば、社会の調和と安定が損なわれる恐れがある』」
リゼの顔から血の気が引いていくのが、朝の光の中でもはっきりと見て取れた。彼女は唇を噛み、拳を握りしめている。魔法使いとして育った彼女にとって、魔導師団の勧告がどれほど重いものか、誰よりも理解していた。
「『よって、即座の活動停止と、関連技術の放棄を勧告する。本勧告を受領後、七日以内に全ての技術活動を停止し、製作物を廃棄することを求める』」
ハーゲンの顔が険しくなった。老職人の目に、怒りの炎がちらついた。50年間、誠実に仕事をしてきた職人としての誇りが、理不尽な要求に対して反発していた。
「『なお、本勧告に従わない場合、魔導師団は適切な措置を取る権限を有する。賢明な判断を期待する』」
最後に、三人の魔導師の署名があった。いずれも高位の魔導師の名前だ。その一人は、王国でも五指に入る実力者として知られていた。
「『魔導師団筆頭書記官 レオニダス・フレイムハート』」
カイトが読み終えると、工房に重い沈黙が降りた。
誰も動かず、誰も話さない。ただ、窓から入る朝の風だけが、設計図の端をかすかに揺らしていた。その音さえも、今は不吉な囁きのように聞こえる。
最初に沈黙を破ったのは、意外にもカイトだった。
彼は勧告書をゆっくりと畳むと、作業台の上に丁寧に置いた。その動作には、挑発的なところは何もない。むしろ、貴重な設計図を扱うような慎重さがあった。
「なるほど」
カイトの声は、驚くほど落ち着いていた。彼の瞳の奥で、恐怖ではなく、分析的な光が宿っている。まるで複雑な機構の問題に直面したときのように、状況を冷静に観察していた。
「カイト?」エドガーが困惑した声を上げた。「君は......怖くないのか?」
カイトは小さく微笑んだ。それは恐怖を隠すための笑みではなく、何かを理解した者の静かな笑みだった。
「怖くないと言えば嘘になる。でも、それ以上に興味深い」
「興味深い?」リゼが眉をひそめた。「魔導師団の勧告のどこが興味深いの?」
カイトは窓辺に歩み寄った。朝日が彼の横顔を照らし、その表情に複雑な陰影を作り出す。工房の外では、いつもと変わらない街の朝が始まっていた。商人たちの呼び声、荷車の車輪が石畳を転がる音、子供たちの笑い声。
「考えてみてほしい」カイトは振り返った。「もし僕たちの技術が本当に取るに足らないものなら、魔導師団がわざわざ勧告書を送る必要があるだろうか?」
その言葉に、3人の表情が変わった。
「確かに......」ハーゲンが顎に手を当てた。「無視すればいいだけの話だ」
「そうだ」カイトは頷いた。「彼らは技術の可能性を理解している。だからこそ、今のうちに芽を摘もうとしている」
エドガーの震えが少し収まった。商人としての分析的思考が、恐怖を押しのけ始めていた。
「つまり、我々の活動は確実に影響を与えているということか」
「その通り」カイトは作業台に戻ってきた。「そして、もう一つ重要なことがある」
彼は勧告書を指差した。
「『七日以内』という期限。これは彼らも慎重になっている証拠だ。本当に危険だと判断したなら、即座に行動するはずだ」
リゼが深く息を吸った。魔法使いとしての知識が、カイトの分析を裏付けていた。
「確かに......緊急性の高い案件なら、執行官が直接来るはずです。勧告書という形を取ったのは、穏便に済ませたいという意図があるのかも」
「でも」ハーゲンが現実的な指摘をした。「それでも魔導師団を敵に回すのは危険だ。彼らの力は計り知れない」
カイトは頷いた。彼とて、魔導師団の恐ろしさを軽視しているわけではない。
「もちろん、正面からぶつかるつもりはない。でも、ここで屈服したら、技術の未来は閉ざされる」
カイトは仲間たちを見回した。エドガーはまだ顔色が悪いが、商人としての計算が働き始めている。リゼは不安そうだが、その瞳には決意の光が宿っていた。ハーゲンは腕を組み、深く考え込んでいる。
「僕たちは何も間違ったことをしていない」カイトの声に力が込められた。「人々の生活を豊かにし、Fランクの人たちに希望を与えている。それが罪だというなら、この世界の方が間違っている」
その言葉に、工房の空気が変わった。
重苦しかった雰囲気が、少しずつ、しかし確実に変化していく。恐怖と絶望に支配されかけていた場が、抵抗の意志と希望の光を帯び始めた。
「カイトの言う通りだ」
ハーゲンが口を開いた。老職人の声には、長年の経験から来る重みがあった。
「儂は50年、この仕事をしてきた。その間、良いものを作ろうと努力し続けてきた。それが職人の本分だと信じて」
ハーゲンは自分の手を見つめた。節くれだった指、厚くなった手のひら、無数の傷跡。それらすべてが、彼の職人人生を物語っていた。
「技術は、その努力の結晶だ。より良いものを作りたいという、純粋な願いの形だ。それを否定されて、黙っていられるものか」
リゼも意を決したように顔を上げた。
「私も......私も戦います」
彼女の声は震えていたが、その奥には強い決意があった。
「魔法使いとして育った私には、魔導師団の恐ろしさがよく分かります。でも、だからこそ言えることがある。彼らは変化を恐れているんです」
リゼは勧告書を見つめた。
「魔法の階級制度は、彼らの権力の源泉です。技術がそれを脅かすから、排除しようとしている。でも、それは間違っています。魔法も技術も、人を幸せにするための手段のはずです」
エドガーが深いため息をついた。
「商人として言わせてもらえば」彼は苦笑いを浮かべた。「これはむしろチャンスかもしれない」
「チャンス?」カイトが興味深そうに聞いた。
「ああ。魔導師団が動いたということは、それだけ技術の価値が認められたということだ。需要があるところに供給あり。表のルートが使えないなら、別のルートを開拓すればいい」
エドガーの目に、商人としての輝きが戻ってきた。
「地下市場、個人間取引、物々交換......方法はいくらでもある。むしろ、希少価値が上がって利益が増えるかもしれない」
「さすが商人」ハーゲンが感心したように笑った。「逆境をチャンスに変える発想か」
カイトは仲間たちの顔を見回した。つい先ほどまで恐怖に支配されていた工房に、今は別の空気が流れている。それは諦めではなく、挑戦を受けて立つ者たちの静かな闘志だった。
「でも、慎重に行動する必要がある」
カイトは現実的な提案をした。
「まず、緊急会議を開こう。僕たち4人だけでなく、協力してくれている職人たちも含めて。皆の意見を聞いて、今後の方針を決める必要がある」
「賛成だ」ハーゲンが頷いた。「儂から声をかけよう。信頼できる者たちだけを集める」
「私は魔法使いの中で、理解者を探してみます」リゼが提案した。「全員が魔導師団に従うわけではないはずです」
「俺は商人ギルドの動向を探る」エドガーも立ち上がった。「あそこは実利主義だ。技術の経済効果を理解すれば、味方になる可能性がある」
カイトは作業台の上の小型クレーン機構に目を向けた。昨日のデモンストレーションで、多くの人々に希望を与えた装置。それは今も静かに、しかし確実に存在している。
「技術は消えない」カイトは呟いた。「一度生まれた知識は、誰にも消すことはできない。たとえ僕たちがいなくなっても、誰かが必ず引き継いでくれる」
窓の外では、街の日常が続いていた。
市場では商人たちが忙しく働き、職人たちは工房で汗を流し、子供たちは路地で遊んでいる。その中には、技術の恩恵を受けている人々も多くいるはずだ。滑車で楽になった運搬作業、歯車で効率化された製粉、改良された織機で増えた収入。
それらすべてが、技術がもたらした小さな、しかし確実な変化だった。
「今日の午後、ここに集まろう」カイトが締めくくった。「それまでに、それぞれができることをやっておこう」
3人は頷き、それぞれの準備に取りかかった。
エドガーは勧告書をもう一度確認してから、慎重に懐にしまった。商人としての経験が、この文書から更なる情報を読み取れるかもしれない。
リゼは急いで魔法理論の本を取り出した。魔導師団の法的権限と、それに対抗する方法を調べるためだ。
ハーゲンは工具を手に取った。会議の準備もあるが、まずは今日の仕事を終わらせる。それが職人としての矜持だった。
そしてカイトは、再び歯車の調整に戻った。
指先に伝わる金属の感触、歯車が噛み合う微細な振動、回転が生み出す規則的なリズム。それらすべてが、彼に落ち着きを与えた。
技術は理論と実践の積み重ねだ。一朝一夕に生まれるものではないし、簡単に消えるものでもない。それは人間の知恵と努力の結晶であり、より良い未来を求める心の表れだ。
「大丈夫」
カイトは小さく呟いた。それは仲間たちへの言葉でもあり、自分自身への言葉でもあった。
朝の光が、少しずつ強くなってきた。
工房の窓から差し込む陽光が、作業台の上の歯車を黄金色に染め上げる。まるで、新しい時代の夜明けを告げるかのように。
魔導師団の勧告。それは確かに大きな試練だった。
しかし同時に、技術の真価が問われる機会でもある。圧力に屈するか、それとも信念を貫いて前に進むか。その選択が、これからの未来を決定づけることになるだろう。
カイトは深呼吸をして、作業に集中した。
今できることは、最高の仕事をすることだ。一つ一つの歯車を丁寧に作り、一つ一つの機構を完璧に仕上げる。それが、技術者としての彼の答えだった。
工房には再び、作業の音が響き始めた。
金属を削る音、ハンマーが釘を打つ音、歯車が回る音。それらは恐怖に負けない、希望の音色だった。
「緊急会議を開こう」
カイトの言葉が、新たな戦いの始まりを告げていた。
第11話、いかがでしたでしょうか?
魔導師団からの勧告——それは技術への承認の裏返しでもあります。
恐怖に震えながらも、カイトたちは前を向く。技術は一度生まれれば消えない、その信念が彼らを支えています。
特に印象的だったのは、それぞれの立場から技術を守ろうとする仲間たちの姿。
ハーゲンの職人としての誇り、リゼの魔法使いとしての葛藤、エドガーの商人としての逆転の発想。
次回は、職人ギルドでの緊急会議。技術の未来を決める重要な話し合いが始まります。
果たして職人たちはどう反応するのか?期待と不安の中で、新たな展開が待っています!
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