第7話「リアライザーの本領発揮」
意識が戻ったとき、最初に感じたのは消毒液の匂いだった。
白い天井、規則正しく響く機械音、腕に刺さった点滴の針。見覚えのある風景、ここが病院だと分かった。
窓には夕焼けの空で、もうすぐ夜になる時間。
頭が痛む。
(俺は……)
記憶が断片的によみがえってきた。血の海、母娘の遺体——
「意識が戻られましたね」
看護師の声が聞こえる。
「名前は覚えていますか?」
「はい……自分は、すずどり、鈴鳥 凪流です」
「大丈夫そうですね、面会の方がいらしています。桐生 剛と名乗る方が来ていますがお通しても大丈夫ですか?」
(桐生 剛?……あぁ、あいつか。何の用か見当も付かない、頭が痛い……とっとと要件を聞いて追い返すか)
ドアが開いて現れた桐生。手には見覚えのあるものを持っている。
『女神アテナの黄金の羽』
俺がリアライズした、あのアイテムだ。
「残念、生きていましたか」
桐生さんの声に、皮肉な響きが混じっている。
それにしても開口一番になんて言い草だ。
俺は一瞬の怒りを感じた。
「桐生さん……何の用ですか?あなたも私も関係はもう終わったはず」
桐生の表情、目は冷たいまま。いや、あの時よりも数段の冷たさ。
今まで見たことがないほど。
「これが、あなたの部屋から見つかった」
『女神アテナの黄金の羽』を俺に突きつける。
「調べたところ防御系のアイテムだと判断した。部屋には2名の遺体とあなたが倒れていた」
桐生は淡々と起こったことを推察していく。
「あなたのことだ、自分の能力を過信してコレで2人を守ろうとしたんじゃないのか?」
「だったら、なんだよ……俺だって誰かの役に立ちたかったんだ!」
桐生の冷たい態度が熱くなる。
「ふざけるな!!私があの時『これが現実です』と言っただろうが!!たが、それをお前は聞かなかったな!!」
桐生の声が次第に高ぶっていく。明確に怒りの感情を感じる鬼の形相。
震える手を毛布の中に隠す。
言い返せない、事実にただ聞くことしか出来なかった。
「なんで現実を見ようとしなかったんだ!」
何も言えない。確かに桐生の言う通りだった。
あの場から逃げて俺は、現実を見ようとしなかった。
自分の作った物の実力を正しく評価できていなかった。
「お前が母娘を殺したも同然だ」
その言葉が、俺の心臓を貫いた。
点滴から流れるのが猛毒のように感じる全身の悪寒、恐怖感、罪悪感、息が荒くなる。
「……」
桐生が何かを言いかけて、一瞬躊躇する。でも感情が勝ったのか、続けてしまった。
「あの母娘はうちのギルドメンバーの家族でね」
静かに、怒りを忍ばせて、ハンターの目をしている。
頭痛が酷くなる、手の震えは全身にまで伝染していた。
「田中という、とても真面目で優秀な探索者の」
桐生さんの目が細くなる。
「この件は、きっちりと復讐させてもらう」
最後の言葉が、俺の運命を決定づけた。
「死んだ方が良かったと思えるくらいには、ね」
桐生さんが去った後、俺は一人で震えていた。
(殺される……もしくは痛めつけられる!?……このままじゃ確実にやられる)
夜中に俺は点滴を引きちぎって、窓から病院を逃げ出した。
震える身体は病院の窓から飛び降りたときに足を打撲してしまった。
痛みに耐えながら。
人目につかないよう、夜の公園を通り抜けようとした。
公園の途中でスタミナが切れて、膝をつき息を切らせているところに声がかかる。
「お前が鈴鳥か」
公園の暗がりから、3人の男たちが現れた。
リーダー格の男が一歩前に出る。
「お前に殺された母娘の父親だ」
俺の足が震えた。
この人が、田中だ。
桐生の言っていた復讐だ。
「ち、違う!!俺は守ろうとして——」
なんとか誤解を解こうとして話しかけるが田中は冷徹に、周りの2人は計画的に俺が逃げないように周りを囲み始めた。
足が痛い、こんな状況なのに引きずって動くことすら出来ない。
「守る?」
田中の声には、純粋な怒りが込められていた。
右手にはナイフが握られている。
「笑わせるな!お前の安っぽい正義感で、俺の家族が死んだんだ!」
田中の足が俺の顔を捉えた。鼻から血が流れる。
「てめぇのせいで!!クソ野郎がぁぁぁぁぁ!!!」
。
俺は抵抗しなかった。ただひたすらに謝り続けた。
「すみませぇん!ずみまぜん!ごほぉっ!!」
3人による壮絶な暴行が始まった。肋骨の折れる音、意識が遠のく痛み。
謝るたびに口が切れ、吐いた血はあの時を思い出す。
「殺してやる!殺してやる!」
エスカレートしてきた田中に最後、背中を刺された気がした。
田中の叫び声が響く中、俺の意識は闇に沈んだ。
………………。
…………。
……。
次に目が覚めたとき、また病院のベッドの上だった。
「目が覚めたようですね、鈴鳥さん。あなた、モンスターに襲われてここまで運ばれたんですよ?」
医師の声が聞こえる。
手が動かない、足も動かない、首も動かせず、身体の自由が奪われた。
「運が良かったですね」
医師が俺にそう言った。俺は必死に真実を訴えようとした。
助けてくれ!と必死に訴える。
「ち…………が、う」
短く紡いだ言葉を言うだけでも、今の自分には息継ぎが必要だった。
息継ぎのタイミングで医者が、満面の笑みを見せる。
「あー、覚えてるの?まだ壊れてないねぇ~田中っち~どうする?どうする?!」
医師が誰かに顔を向ける。
心拍数が一気に跳ね上がるのが分かる。
目を動かして視界の端にいたのは、田中だった。
「治ったらまたぶっ壊す、それで廃人だ」
「そう言ってナイフで刺したじゃないか~気を付けるんだよ?意外と人間は脆いからねぇ~」
ここに俺の味方は居ないと理解した。
あの看護師も絶対にセレスティア・フロンティアの関係者だろう。
「とりあえず治るまで僕は恥辱で壊そうかねぇ~」
そう言って、俺はベッドに身体拘束された。
全身を裸にされてライブ配信で「変態の拘束」と出されて、俺は全国配信された。
完全な孤立状態と、精神と肉体の拷問。
仮にリアライズで逃げ出せたとしても……もう社会生活は出来ない。
一生暗闇で生活することになる。
それに、逃げ出してもあの人の執念がまた俺を追ってくるだろう。
拘束具に縛られ、自動音声がライブ配信のコメントを読み上げる。
罵詈雑言に家族を馬鹿にする言葉が流れていく。
(もう誰も俺を信じてくれない)
(桐生が言っていたことは噓じゃなかった)
(俺はここで一生を終えるのか)
絶望が俺を支配していく。
震えが完全に止まる。
世界が単色に塗り替えられる。
思考が、幻覚を持ち始める。
(ここではないどこかに……)
ふと、子供の頃からの憧れがよみがえった。
最初は走馬灯かと思った。
懐かしい空想、毎晩寝る前に思い描いた理想のファンタジー生活。
ファンタジー世界にはエルフやフェアリーがいて、魔法があって、美しい自然に満ちた世界。
チートの能力を持って、一国の姫を助けて勇者として魔王を討伐する英雄譚……。
(あの世界へ……行けたら…………いきたい…………いき、たい…………うぅううぅぅ)
熱い涙が耳を濡らして、傷口が染みる。
痛み中でも必死に願った。
頭の中を全て空想に費やした。
(俺の…………いや…………僕の……あの世界に)
その強い願いが、何かを引き起こした。
俺の体が淡い光に包まれていく。拘束具ごと、俺は光の中に消えていった。
………………。
…………。
……。
目が覚めると、そこは緑豊かな森だった。
清澄な空気、鳥のさえずり、木漏れ日が頬を撫でていく。体の痛みはじんじんと今が現実であることを教えてくれる。
「ここは……どこ?」
全身の痛みにただそこで横たわることしか出来なかった。
間違いなくこのままだと僕は死んでいたと思う。
けれども、虹色の蝶々が幸運を運んでくれる。
「待っててば~」
幼く高い少女の声が聞こえる。
「あなた、人間ね。珍しいわ!」
振り返ろうとしたが、首を動かすことすらできない。僕の体は田中たちにボコボコにされたダメージでまったく動かない状態だった。
足音が近づいてくる。視界に入ったのは、尖った耳を持つ少女だった。透明感のある肌、大きな瞳、長い金髪。紛れもなくエルフだった。年齢は10代前半くらいだろうか。どこか妹の千秋に似た面影がある。
「私、リリア。あなたは?」
「ぼ……く……すずとり……な、る……」
かすれた声でやっと答える。呼吸するだけで胸が痛む。
「ナル?可愛い名前ね。なんでそんなに傷ついているの?私が治してあげるわ!」
リリアが両手を僕の胸の上にかざす。温かい緑色の光が手のひらから流れ出した。
「ヒーリング」
その瞬間、体中に温かい力が流れた。折れた肋骨が音を立てて元に戻り、切り傷が塞がっていく。背中の刺し傷も閉じていく。息が楽になり、動けるようになった。
「え?身体が……痛くない!これって魔法ってやつ?」
「そうよ!最近覚えたの!!」
リリアが誇らしげに言う。
張る胸が無いのが残念ではあるが、ともかく助かった。
「リリアちゃん、ここってどこか分かる?」
「ここは森ミルシル。私たちエルフとフェアリーが住む場所よ」
リリアの周りに、小さな光る生き物たちが寄ってくる。
(小さな人型に羽が生えて可愛かったり綺麗だったりする、あの、フェアリー!?)
彼らも僕を興味深そうに見つめている。
「人間がここに来るなんて、何百年ぶりかしら。みんな大興奮よ」
確かに、遠くからも多くのエルフやフェアリーが集まってくるのが見える。
みんな好奇心に満ちた目で僕を見ている。
「あなた、とても面白い魔力を持ってるのね」
リリアが僕の手を取る。
「見たことない魔力の流れ。もしかして!創造系の魔法使いなの?!」
僕は驚いた。能力のことを見抜かれている。
「えっと……その、魔力?で、どんなものか分かるの?」
「そうね、私たちやこの子なんかもナルの魔力が見えてね、魔力の流れが模様を描くんだけどナルの模様は見たことないわ!!」
でもエルフやフェアリーには、何かしらの魔法使いとしか認識されていないようだ。
地球の知識であるスマホや画像などは、彼らには理解できない概念なのだろう。
「それでもしかしたらって!」
(リリアが僕の命の恩人なのは間違いないし、もう正直に伝えよう、価値のない能力なんだし)
「は、はい……リアライズという能力で、色々なものを具現化できます」
「リアライズ?聞いたことない魔法ね。でも創造系なら、私たちの祖先と同じかも」
「祖先?」
「私たちの祖先であるハイエルフは、創造魔法の研究をしていたの」
リリアが説明してくれる。
「でも、謎の病魔によってハイエルフは絶滅してしまった。研究資料も失われた言語で書かれていて、解読が全然進んでないの」
「失われた言語……」
「そう。だから創造魔法の秘密は今も謎のまま。でも、あなたの魔力を見ていると、もしかして!?って思っちゃったのよ!!」
◇
その後、僕は気になった創造魔法の研究資料を見たいとお願いしたら即答で了承してくれた。
リリアたちに案内されて、森の奥の美しい集落に着いた。樹上に建てられた家々、光る花々、水晶のような装飾品。まさに理想的なファンタジー世界の光景だった。
夜、焚き火を囲みながら僕は自分の能力について話した。でも地球の科学技術の説明は難しく、「とても精密な絵」や「魔法の板に映る像」といった表現で説明するしかなかった。
「でも、あなたはここに来ることができた。それも創造の力の一つよ」
そう言われて、僕ははっとした。異世界転移も、ある意味リアライズによるものなのかもしれない。
そもそも僕の能力ってよく分からない。
コレクションするのが楽しくて使っていたしコンビニのバイトは忙しくて能力について考える暇もなかった。
1日に1回しか作れないことは分かっているけど、何でも作れるならリアライズの能力自体を作れば実質無限に作れると思った。
「大切なのは、心に描く力。その絵というのも補助でしかないのかもね」
リリアの言葉が、僕の中で何かを変えた。
(それが答えなんじゃ?確かめてみるか)
「リリアちゃん!お願いがあるんだけど――――」
翌日から、リリアの指導で想像力の訓練を始めた。
森の中で瞑想し、頭の中で鮮明にイメージを描く練習。
リリアに持ち掛けたのは、ハイエルフの遺産を解読する道具を作るから僕の住む家を貸してほしい。
これも即答で了承をもらえた。
さすがにリリアと一緒の部屋に寝泊まりは出来なかったが、普通に暮らせるレベルの部屋を貸してくれて食べ物も分けてもらえた。
他のエルフやフェアリーたちも興味深そうに見守ってくれる。
僕の能力は格好の研究対象のようだった。
ネズミか何かかな?
「まずは小さなナイフから。形、重さ、材質、みんなから聞いた素材をすべてを、頭の中で組み立てて」
汗だくになりながら集中して——
「できた……」
手の中に、確かにナイフが現れた。
「やったじゃない!」
リリアが手を叩いて喜ぶ。周囲のエルフやフェアリーたちも拍手してくれた。
「すごいわ!その絵がなくてもできるのね」
「リリアちゃんのおかげだよ、本当に、ありがとう」
試し斬りとして段階別に試そうとまずはふかふかな土に刺してみた。
ナイフが負けてしまった。
まだ見た目だけしか具現化出来ない、そんな感じだ。
っていうか、どんだけ脆いんだ……これ。
【次の日】
違うものを作ってみた。
素材が1種類しかない木の食器。
リアライズの能力で、想像しながら生み出せば全く同じものが出来上がった。
耐久力も、オリジナルと同じ硬さを保っていた。
複雑な素材から成り立つアイテムは、難易度が高いのか。
でも、『女神アテナの黄金の羽』は確かに包丁が皮膚を貫くのを守ってくれたし機能していたはず。
何が違うんだ?
……?
【また次の日】
ハイエルフが残した創造魔法の研究資料に謎を解くヒントがあるかもと思い、見るだけで翻訳するメガネをイメージして作った。
え?普通ですけど?みたいな空気でリアライズで作られたメガネは、創造魔法の研究資料を解読してくれた。
……??
【そのまた次の日】
ハイエルフが残した創造魔法の研究資料に書かれていたのはハッキリと自分にとって物凄く有り難いものだったと言える。
それは物質だったり、空気や雷、目に見えない魔力や原子などから空想上の物ですらデータとして補完する魔法であり、その魔法を使うと、対象の物質を隅々まで解析して情報を使用者の魔力に記録してくれる仕組みの『解析魔法』。
次に、『創造魔法』を使うと使用者の魔力に記録されている素材から使用者が任意に選べたり、単純にまったく同一のコピーを作ることも可能である。
この2つが研究資料に多く記載されていた。
これらの実験・実用化は成功していたと記されているが今後の課題として「そもそも創造魔法に必要な素材を生み出す方法」が書いてあった。
ハイエルフが研究していた創造魔法で物を作るには素材が必要らしい。
リアライズならできるな。
無から有にできる。
何とも自分にとって都合が良いが、背に腹は代えられない。
今、目の前にリアライズの本当の力を開花できるチャンスが出てきたんだ。
僕は創造魔法の研究資料が保管されてある大部屋で、素材を解析する魔法を「アナライズ」、データと素材から創造する魔法を「クリエイト」と命名して魔法を覚えるために部屋に引きこもった。
【そのまたまた次の日】
アナライズも想像以上にチートだった。
空想もデータ化出来ると書いてあったが、僕が今まで見てきたゲームやコレクションしていた武器たちを思い出してアナライズすれば素材をデータ化して、リアライズすれば正真正銘、100%の性能で誕生した。
エルフのおっさんたちが新しい研究素材と言って持ってってしまうプチ騒ぎがあったけれど、いつもお世話になっているしタダであげた。
【で、次の日】
「アナライズ!」
アナライズでリアライズ自体をデータ化しようと試した瞬間、僕の脳裏に膨大な情報が流れ込んできた。
(これは……リアライズの構造?)
能力そのものが、まるで精密な設計図のように頭の中に展開される。そして次の瞬間——
「リアライズ!!」
リアライズが初めて使えるようになったあの時の感覚がもう一度起こる。
次も、その次もリアライズでリアライズを生み出すとあの時の妙な感覚が確実に起こる。
感覚で表現しづらいが、残り回数が分かるのもそのまま。
これは……。
思わずにやけ顔になる。
まさかリアライズすらもデータ化に成功して、それを元にリアライズでリアライズを量産するというチート量産体制が完成した。
能力が重複しても1個1個に回数制限がついて同時に存在できるなんてヤバすぎだね。
消費は全てのリアライズが消費ではなく、1個のリアライズが消費して残りのリアライズにはまだ残っているっていう。
「もう訳わかんないな!」
だが!これなら桐生も、田中も逆にボコせる!!
でも、その一瞬後に冷静になった。
(いや、待て……)
桐生や田中への怒りは確かにある。あの屈辱は一生忘れないだろう。
でも、冷静に考えてみれば、僕にも落ち度があった。
現実を見ようとしなかった。自分の能力を過信した。結果的に母娘を危険にさらした。
(全部が全部、あの人たちだけが悪いわけじゃない、俺のせいで母娘を死なせたのは事実だ)
それでも、あの仕打ちは許せない。特に桐生の豹変ぶりと、田中の執念深い復讐。
でも、僕から攻撃を仕掛けるつもりはない。ただ——
(もし向こうから何かしてきたら、今度は毅然として跳ね返してやる)
その時は、本物のチート性能を見せつけてやる。二度と僕を見下せないように。
そんなことも考えたのも束の間、ずっと夢中になって増殖していたらざっと1万回は繰り返したリアライズ増殖。
一回起こる妙な感覚に、だんだんと快感を覚える僕がいた。