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第3話「作り手の想い」

翌朝、いつものようにコンビニへ出勤した俺は、昨日のダンジョン体験がまだ現実感を伴って残っていることに驚いた。手にはまだ土の感触が残り、あの青い空間の記憶が鮮明に蘇る。


「店長、ちょっと相談があるんですが……」


レジ作業の合間を見て、俺は恐る恐る切り出した。副業で始めたダンジョン探索採取チームの仕事を増やしたいから、シフトを減らして欲しいと。


店長は眉をひそめるかと思ったが、意外にも理解を示してくれた。


「おお、例のダンジョンの仕事か。最近よく聞くな。まあ、危険な仕事だが稼げるって話だからな。気を付けろよ」


背中を押してくれる店長の言葉に、俺は安堵した。こうして週3~4日はコンビニで働きつつ、他の日に採取の仕事をやることが決まった。


ただ、一つ不安があった。ダンジョン探索は不定期で発生していて、応募数も多い。何度も参加できるか分からない。しかし、昨日の実務経験を履歴書に書いて応募すると、どこでも即座にOKの返事をもらえた。


「実務経験って大事なんだなぁ」


そんなことを思いながら、隙間時間にダンジョンで出現するモンスターや素材の場所などを調べて過ごした。三日後、俺は再びダンジョンの入り口に立っていた。


今回行くのは前回と同じダンジョンだった。運営側の説明によると、あまり長い間ダンジョンを攻略せずにいると、内部のモンスターが強化されて危険度が増すのだという。定期的な「間引き」が必要らしい。


「あの時の山サイズの亀以上にヤバいモンスターが出るのかよ……」


俺は思わず呟き、身震いした。攻略隊の募集も見かけたが、採取の仕事よりも何十倍も給料が良い反面、常に命の危険と隣り合わせ。俺のような慎重派には到底無理な仕事だ。


「はい、鈴鳥さん」


受付で名前を確認した後、前回とは違う人物が作業着と道具袋を手渡してくれた。護衛隊でもなく、採取要員でもない、ラフな服装の男性だ。年齢は40代から50代くらいだろうか。白髪が綺麗に整えられているのに、顔のしわは白髪には似つかわしくないほど張りがあり、どこか若々しい印象を受ける。


その時、ふと強い視線を感じて振り返ると、同じ男性が俺のことをじっと見つめていた。まるで何か価値のあるものを見つけたかのような、鋭い目つきだった。


不安になり無意識に指輪に触れるように手を握ると、男性はハッとしたような表情を見せて視線をそらした。


(なんだったんだ、今の……まさか俺の知り合い?……そんなまさか~俺の友達……数人だけだし)


前回と同じダンジョンということもあり、俺の心にはいくらか余裕があった。緊張で食欲がなかった前回とは違い、今日は朝からしっかりと食事を取り、近くのコンビニでいつもよりも多めに行動食を買い込んでいた。


ダンジョン内への食べ物の持ち込みを禁止するルールはなかったし、事前に調べた情報では、人間が危害を加えない限り襲ってこない草食タイプのモンスターも存在するという。


(あの時の亀も同じような感じだったら良いなぁ。あの背中に住めそうで良いよね)


もし幸運にも餌付けに成功したら、佐藤さんが喜んでスケッチしてくれるだろう。きっと満面の笑みを浮かべながら、細かいディテールまで丁寧に描き込むに違いない。


(いや、描ききれないか!ははっ)


そんなことを考えながら期待半分で周囲を見回すと、佐藤さんの姿は見当たらなかった。


(佐藤さんは……いない、か)


少し残念な気持ちになる。美大生だし、本業の課題で忙しいのだろう。それに、毎回同じ人と組めるとは限らない。俺みたいに何度も採用されるのは珍しいのかもしれない。


準備を終えた俺たちは、例の青い空間へと足を踏み入れた。相変わらず不思議な感覚だ。一歩くぐっただけで、東京の喧騒から完全に隔絶された異世界に放り込まれる。


眼前に広がるのは、前回と同じ高原の風景だった。遠くに見える巨大な亀の影は相変わらずで、のんびりと木を食んでいる様子が見える。遠くで見ている分には平和でファンタジー的な美しい光景だが、同時に人間など取るに足らない存在だと思い知らされる圧倒的なスケール感もある。


俺は前回と同じように、比較的安全とされるエリアで採取作業を始めた。慣れた手つきで道具袋から資料を取り出し、足元の植物と照らし合わせていると、遠くから男性の声が聞こえてきた。


何事かと思い声のする方向に向かうと、一人の男性が腰を抜かして座り込んでいる。その前には、兎と羊をミックスしたようなもこもこで愛らしいモンスターがいた。首を傾げて今は毛づくろいをしている。


(人懐っこい草食タイプのモンスターもいるのか)


「た、助けて!」


男性が俺の姿を見つけて、すがりつくような情けない声を上げる。しかし俺は、事前に集めた情報でこのモンスターのことを知っていた。「ピックル」という名前の草食モンスターで、基本的には無害な存在だ。


「大丈夫ですよ、ほら。こちらから攻撃しない限り大人しい性格のピックルと言うんです」


俺がそっと手を差し出すと、ピックルは警戒する様子もなく鼻先を俺の手のひらに押し付けてきた。ふわふわで温かい。


「え?」


男はきょとんとした顔で俺が撫でているピックルを凝視する。


「ほ、本当だ……あ、あの!ありがとうございます」


男は身だしなみを整えて俺にお礼を伝えてきた。挙動不審なのは緊張しているんだろう。初めてダンジョンに入った俺よりも緊張しているのを見ると、少し手助けがしたくなった。


「鈴鳥凪流と言います。もしよければ一緒に採取の仕事しませんか?」


「僕は山田雄介です。ぜひ一緒にやらせてください!」


山田さんは40代半ばくらいだろうか。アゴ髭を生やして肩にカメラを掛けている。服装はジーパンにキャラクターが描いてあるTシャツを着ている。


(貧乳好きか……俺とは違うな)


髪はぼさぼさで、ふちが太く黒いシンプルなデザインの眼鏡を掛けている。


(売れない写真家か、ニートが初めて仕事をするような印象だな)


最初に抱いた印象はあまり良いものではなかった。不衛生とまではいかないが、綺麗とも言えない容姿に、自分を見ているようで嫌になる。


「山田さんは初めてですか?」


「はい……実は、ずっと家に引きこもっていたんです。でも、生活費が厳しくなって」


思った通りだった。しかし、山田さんの次の言葉は俺の予想を裏切った。


「昔、ゲーム会社で働いていたんですが、うつ病になって辞めてしまって。でも最近、また何かを作りたくなったんです」


「ええ?!ゲーム会社……ですか?」


「ええ、小さな会社でしたけど。企画とグラフィックを担当していました」


山田さんの話を聞きながら、俺たちは採取作業を続けた。彼は意外にも手際が良く、資料の見方も慣れている。


「山田さん、慣れてますね」


「ああ、これ。昔ゲームを作っていた時の癖ですね。資料を見ながら素材を集めるのは、開発の基本作業でしたから」


そう言いながら、山田さんは懐からスマホを取り出した。画面には見慣れないファイルがたくさん保存されている。


「実は、まだ昔のデータを持ってるんです。没になったゲームの企画書とか、グラフィック案とか」


「見せてもらっても?」


「いいですよ。どうせもう使うことはないですから」


山田さんが見せてくれたのは、ファンタジーRPGの武器デザイン案だった。剣、槍、杖、弓……どれも既存のゲームで見たことがあるような、でもどこか独特の味がある。


「これ、全部山田さんが?」


「ええ。チーム全体で作ったゲームでしたが、武器デザインは僕の担当でした」


俺は画面を食い入るように見つめた。佐藤さんのスケッチとは違って、ゲーム用に最適化されたデザイン。実用性と美しさのバランスが取れている。


「すごいですね……これ、なんで没になったんですか?」


山田さんの表情が少し曇った。


「会社の方針変更です。もっとカジュアルなゲームに路線変更することになって、こういう本格的なファンタジーは時代遅れだと言われました」


「時代遅れ……」


「でも、僕はこれらのデザインに愛着があるんです。没になったけど、僕なりに一生懸命考えて作ったものですから……なんていうか、捨てられないって感じです」


山田さんの言葉に、俺は何かが胸に刺さるような感覚を覚えた。山田さんの顔が幸せそうな、でもどこか悲しそうな表情に、興味が疼く。


「自分にも……できますかね」


ぽろっと口から出てしまった言葉に、俺は慌てた。


「え?」


「いえ、何でもないです」


言葉を濁したことで気まずくなった俺は仕事に集中する。しかし山田さんは追及せず、優しく話題を変えてくれた。


「鈴鳥さんは、ゲームはお好きですか?」


「え?はい、大好きです。特に武器とかアイテムのコレクションが趣味で」


「そうですか!だったら、これも見てください」


山田さんは別のファイルを開いた。そこには「リアライズ」という名前のスキルアイコンがあった。


「え?」


「このゲームでは、プレイヤーが想像したアイテムを実際に作り出すことができるっていう設定だったんです」


「どんな効果だったんですか?」


「プレイヤーがデザインした武器や道具を、ゲーム内で実際に使えるようにするシステムでした。技術的に難しすぎましたし、クラフト系の要素は当時人気もなくて、結局実装できませんでしたけど」


山田さんは苦笑いを浮かべる。


「でも、いつかこういう技術が本当に実現したらいいなって思ってたんです。みんなが自分だけの感性で武器を作れるような世界」


その時、俺の中で何かが大きく動いた。


山田さんが語ってくれた話に俺の心は踊った。でも俺がやっているのは既存の武器をコピーすることだけ。自分オリジナルの武器などない。


「山田さん、もしも、もしもですよ。本当にリアライズみたいな能力があったら、何を作りたいですか?」


山田さんは少し考えてから答えた。


「そうですね……やっぱり、誰かに喜んでもらえるような武器でしょうか。強いだけじゃなくて、見た人が『かっこいい』『美しい』と思ってもらえるような」


「誰かに喜んでもらえる……どうして相手のためなんですか?」


「うん。結局、僕たちクリエイターが一番嬉しいのは、自分の作ったものを誰かが喜んで使ってくれることなんですよ。お金や名声も大切ですが、それよりも『作ってくれてありがとう』って言ってもらえることが一番の報酬です」


俺は黙って山田さんの話を聞いていた。


(相手のために……か)


今まで俺は、武器を集めることばかり考えていた。でも、その武器一つ一つに、山田さんのような作り手の想いが込められている。そして俺はその想いをコピーして、ただ飾るだけ。


(俺は、自分のことしか考えていないな)


「鈴鳥さん、どうかしましたか?」


「いえ……ちょっと考え事を」


作業終了の合図が響いた。今日も思った以上の収穫があり、給料は満足できる額になりそうだ。


「今日はありがとうございました。おかげで安心して作業できました」


「こちらこそ。山田さんの話、とても興味深かったです」


「また一緒に作業できたらいいですね。興味があれば今度は、もっと昔のデザイン案も見せますよ」


「ありがとうございます」


山田さんと別れて家路につく途中、俺は今日の会話を反芻していた。


(作り手の想い、か)


家に着いて武器コレクションの部屋に入ると、いつものように心が躍る……はずだった。でも今日は違った。


並んでいる武器の一つ一つが、急に重く感じられた。これらの武器には、それぞれに作り手がいる。山田さんのように、愛情を込めて作った人がいる。


でも俺は。俺も。


「俺も……何か作れるのかな」


スマホを手に取り、YouTubeで絵の描き方を検索する。前回と同じ行動だが、今度は少し違う気持ちだった。


山田さんの「誰かに喜んでもらえるような武器を作りたい」という言葉が、頭から離れない。


俺も、誰かに喜んでもらえるような何かを作ってみたい。そんな気持ちが、胸の奥で小さく燃え始めていた。


でも、心の奥から懐かしくて嫌な声が響く。


—諦めた人間に、もう一度挑戦する資格があるのか


—千秋が頑張ってるのに、お前が今更創作なんて


「それでも……俺は」


そっと、静かに、再生ボタンを押した。


暗い部屋には、スマホの明かりとシャーペンが動く音だけが静かに続いていった。

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