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プロローグ

初投稿です。

開き直って言わせていただきますと、タグにもある通り筆の進みが亀並みです。

 八月の真夏日。快晴の空に昇った太陽がアスファルトを焦がさんばかりに煌々と照らし、遠く林立するビルが若干ゆらめいて見えるような猛暑の日。テレビ画面の中、若手のアナウンサーが予想天気図を見ながら気温やら降水確率やらを解説している姿を横目に、巌水いわみ あきらはひたすらその暑さに喘いでいた。

 まだ正午だというのに干からびるほどの猛暑だ。あまりにも暑い。汗が額を伝うのを手で拭い、巌水はペットボトルの中の水を思い切りあおった。

 巌水が水を飲む間もアナウンサーは解説を進めていた。もはや憎たらしさすら感じるほど冷静かつ優美な彼女曰く、今日はこの夏における最高気温を午前11時の時点で記録したとのこと。加えて、これから更に気温が上昇するだろうと──冗談じゃない。

 今の時点でこれなのに、更に暑くなったら耐えられたものではない。


『最後になりますが、熱中症にはくれぐれもお気をつけください』


 予報の最後、締めくくるようにそう言うと、アナウンサーは礼をした。画面が切り替わりCMが流れ始める。他のチャンネルに変えてみたがあまり興味が引かれず、巌水はテレビのスイッチを消した。


「熱中症、か」


 アナウンサーが言っていたことが脳裏をよぎる。が、気をつけるにしたって何をどうすれば良いのやら……せめて、アレがまともに動いてくれさえすれば、と巌水は部屋の壁際を見上げた。視線の先、天井のほど近くにエアコンが設置されている。しかし、今は動いていない。壊れているのだ。

 夏場の冷房器具としては非常に致命的なことに、あのエアコンは現在、温風を吐き出すことしかできないガラクタ以下の代物に成り下がっている。全く動かないならまだしも多少は動くのが腹立たしい。

 都合がつかず修理の依頼ができないまま既に一月はこの状態で、リモコンなんかはテーブルの上に置いたまま薄く埃をかぶっている。


「はあ……」


 夏は暑いものと言っても程度を考えて欲しいものだ、水を口に含みながら思った。

 代わりになるかと引っ張り出してきた扇風機も頑張ってはくれているが頼りないし……それ以前に考えなきゃならないこともある。

 空になったペットボトルをゴミ箱へ放り、冷蔵庫を開けた巌水は舌打ちした。水がもう無い。買い溜めして収納していた段ボールも一応覗いたが、これも空だった。


「……」


 窓の外に目を向ける。太陽はちょうど中天にさしかかるあたりだろうか。陽光に照らされた街並みが白く光って見え、思わず目を細めた。あんなところへ繰り出せば、きっと堪らなく暑いに違いない──けれど、


「……くそ」


 巌水 彰、四十五歳。

 激務に追われる日々の中、ようやく訪れた休日の昼日向のこと、出不精なこのオヤジが外出を決意した瞬間である。

 



◇◇◇


 

 


 巌水の住むマンションから徒歩五分程度のところに商店街がある。駅の改札を中心に発展し近辺では最も大きな商店街にあたるものの、ここらの土地は宅地化されていることもあって都心の繁華街ほどには人通りは多くない。

 巌水もそれを期待してここを訪れたわけだが、


「こりゃあ、やめときゃ良かったか」


 今日に限って普段より人通りが多いのだ。軒を連ねる商店の一つ一つが活気にあふれている。どうしてなのか気になって横手の服飾品店を覗くと、『バザール開催!』と大きく書かれたポスターが店内の壁に数箇所貼られているのが目に留まった。

 二、三、他の店舗も見たところ、どうやら、こういったバザールを商店街全体でイベントとして行っているらしい。なるほど、これは客の入りが良いわけだ。

 特に服やバッグなど服飾品関係の店は客で溢れかえっている。誰も彼も険しい表情を浮かべ片っ端から手に取っては素早く品定めをしている様子には、どことなく威圧的な雰囲気を感じた。


「あの、ちょっと通りたいんですけど」


 入り口付近から店内を眺めていると背後から声をかけられた。女性の、それも相当苛立った声色──こりゃまずい。

 

「っと、これは失礼」


 咄嗟に体を捻って道を開ける。

 案の定、背後にいた女性は苛立った様子で眉根に皺を寄せていた。何か文句を言われるだろうか、そう覚悟したものの、彼女は巌水の顔を一瞥するなり横を通り抜け、そのまま店内の人混みをかけ分けて進んで行った。


「……はあ」


 別に商品に興味があるわけでもなく、言ってしまえば冷やかしのようなものだ。店の商品をというよりも他の客の様子を冷やかしで眺めているだけ、彼女にそれを見透かされた気がした。

 なんにせよ、これ以上邪魔になってはいけない。それに、なんとなく居づらさのようなものもあって巌水は足早にその場を離れた。

 商店街に集まった他の客は一つ一つの店を歩きながら眺め、惹かれた店があれば入り、なければそのまま進んでいっている。群衆の全体を捉えれば、その進みはあまりにゆったりとしたものだ。


「暑いな……」


 陽光がジリジリとアスファルトを焼いている。日に焼けてヒリヒリと痛む肌をさすりながら歩いていると、遠くのセミが狂ったように一際甲高い鳴き声を上げた……あのセミのように気兼ねなく叫べたら、どんなにか楽だろう。

 人の間を縫うように歩き、巌水は商店街を進む。そして、通りの中ほどまで来ると横道へ逸れた。

 路地というには広いものの、先ほどの通りに比べれば狭い道だ。並んでいる店もどことなく古い見た目で、悪く言えば『裏寂れた』なんて言葉の似合う風情であった。これこそ、住宅地における商店街のあるべき姿──とは思いたくないが、いずれにせよ悲しいことだなと巌水は思う。

 人の往来も先ほどに比べれば少なく、それは建ち並んだ店の中も同様で、巌水が扉を開けたクリーニング店もそういった店のひとつだった。


「いらっしゃいませ」


 扉ベルがチリンと鳴り、少したって奥から壮年の女性が顔を覗かせた。丸い顔に小さな目鼻をちょこんと乗せたような柔和な顔立ちをしている。手に長袖のワイシャツを持っているところを見るに、どうやら奥で仕事をしている最中だったようだ。


「クリーニング出します? それとも受け取りですか?」


「これの受け取りを」


 預かり証を差し出すと女性はそれを受け取り、レジ裏から取り出した帳簿の確認を始めた。


「えぇと、イワミさんね……あったあった、スーツ上下二組とワイシャツ五枚でいいですか?」


「ええ。お願いします」


「わかりました、少し待っていてくださいね」


 そう言うと、再び奥に戻って行った。

 外の喧騒が嘘のように、穏やかで空調も効いた店内、巌水はふっと息を吐き、窓越しに外の様子を眺めた。

 そもそも、当初の目的は水や食品の買い出しと、カフェ等で夕方までの時間を潰すことだった。それだけで満足すれば良かったのに、せっかくの外出ならと欲をかいたのが運の尽きだ。クリーニングの受け取りなど思い出しさえしなければ、この商店街へ来ることもなかったろうに──つくづく来なきゃよかった。


「ん?」


 なんとなく、通行人の数が先ほどよりも少し増えたような気がして、巌水は窓ガラスに顔を近づけた。

 気のせいではなさそうだ。大勢が何かを目指して進んでいるようにも思える。何だろうか?

 

「──多分、福引きかしらね?」


 唐突に後ろから聞こえた声にハッと振り返った。いつの間に戻ってきていたのだろう、店員の女性はこちらの反応に小首を傾げて不思議そうな表情を浮かべている。


「福引……それにしては凄い人の出だ」


「ええ、ホント凄いですよねえ」


 目を細めて外を眺める女性の視線を巌水も追った。


「去年からなんですよ、バザール開こうって話になったの。あんまりお客さんが来ないから、これじゃあやってけないわって」


「町おこしってやつですか」


「そう、町おこし。まあ、ここまで大勢のお客さんが来るだなんて誰も思ってなかったんだけど」


 SNSって凄いものですねえ、女性は感嘆するように言う。


「それで、福引というのは?」


「え?」


「ほら」


 と、巌水は窓の外を指さし、「彼らの目当て」と続けた。


「ああ、景品がすごいんですって。なんだったかしら、最新のVR機器とかで」


「VR? もしかして、あの一台ウン十万とかのやつですか」


「そうそう、どんなものか気になって写真も見せてもらったんですけどね? 確かに、あれは高そうな感じで」

 

「それは……福引の景品としちゃあ、確かに凄いな」


 今は品薄だと聞いたことがある。手に入れる労力は相当なものだったろうに。


「お金は天下の回りものですって、ここの商店街の会長さんが言ってましたよ」


 同じことを聞かれた時に、その会長が言った言葉だそうだ。愉快げに笑って教えてくれた。


「これ、是非」


 服を受け取り会計を済ませると、女性はそう言って券を何枚か差し出した。


「これは?」


 白字の紙に『福引』と大きく印字されている。これはひょっとして──。


「福引券、千円毎に一枚お渡ししてるんです。よかったら」


「いや、俺は別に──」


 ゲームにはあまり興味ないんだ、そう断ろうとした巌水の言葉を遮るように女性は笑った。


「単に運試しみたいなものですから。ね?」


 





◇◇◇




「おぉお〜あたりぃ〜〜!!」


 数十人の見物人を前に、福引会場では大きな鐘の音が鳴り響く。


「おめでとぉ〜ございま〜〜すっ! 一等! 一等〜っ! カプセル型VR機器最新モデルです!」


 声を張り上げ会場を盛り上げようとする係の男を前に、当選したその当人はといえば呆然と立ち尽くしている。いまだ振られ続けている鐘と抽選機から転がり出た玉とを交互に見、どうしたものかと考え込んでいた。置き場所、今後の扱い、所有するメリット・デメリット、諸々考えることはたくさんあった。


「どうですか、お気持ちはっ!?」


「……」


 これは幸運なのだろうか──わからない。少なくとも、衆目を集める現状はひどく疲れるものだと、これだけは言える。

 玉が日の光を反射し、黄金色に輝いた。その様を巌水は静かに眺めていた。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました(^-^)

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