4th writer:桃
翌朝、安眠とはかけ離れた眠りから目覚めた雪穂は、二度寝などはせずにそのまま身支度を始めた。少し早く起きてしまっても、再度寝付くことができなかったのだ。昨日に比べて少し早い時間に登校することにはなるが、門は開いているのでさして問題はない。強いて言えば、登校する足が重くなるばかりで、心身の疲労もじわじわと蓄積されていることは問題だが。
(悩みを話す話さないも問題だけど、私がこっちに来てから現実ではどうなってるのかわからないし、そろそろ何かしないとな……でも『ハッピーエンドを内側から完成させる』って言っても、私はどうすればいいの?)
何度目かわからない問いの答えは雪穂が自分で出すしかないもので、誰も答えられやしない。それがわかっていてもなお、彼女は考えることがやめられなかった。
雪穂がこの世界に来てから早くも3日目を迎えたわけだが、彼女はバッドエンドを回避するための糸口を手繰り寄せられる気がしていなかった。そもそも、本来『ユキホ』なんてキャラクターはこの世界に存在しないため、『ユキホ』の介入によって変化した物語が、雪穂が最後に書いていた『あのエンディング』を迎えるのかどうかすらもわからない。
細かいことは省略するが『あのエンディング』の背景では、今から少し前にカナエの姉が急に亡くなってしまい、それをきっかけにカナエ家の仲がだんだんと悪化するということが起きていた。元は仲睦まじい家庭だったが、両親が悲しみやストレスから心の余裕をなくし、諍いが起こりやすくなってしまった結果として、家族仲が冷え込んでいったのである。そんな中、カナエは自分も悲しみを抱えたまま、両親が元のように仲良くいられるよう奔走していた。しかしそれも報われず、誰にも相談できないまま、だんだんとカナエも塞ぎ込んでしまう。その結果があのバッドエンドなのだ。
(家庭の事情に首を突っ込むなんてことは流石にできないし……かといって、モモコやクララに相談していないことを私に相談してくれるわけないよねぇ……)
結局のところ、もしもこの先の展開が元の話通りなのであれば、『あのエンディング』を回避するためにユキホが直接できることはほとんどない。
雪穂があーだこーだと考えて足を進めていれば、下駄箱までたどり着くのはあっという間で。
「ユキホちゃんおはよう。あんまり寝れてなさそうだね」
急に後ろから話しかけられたユキホの肩はぴくりと跳ね上がる。声の主は最大の悩みの種であるカナエで、内心少し気まずい。が、そんなことはカナエには知ったことではないので、ユキホは一先ず会話を成立させるに適切な台詞を発する。
「おはよう。昨日は寝る前にコーヒー飲んじゃってたから、あんまり眠れなかっただけだよ」
ユキホは、そっかーと世間話をし始めるカナエに相槌を打ちつつ、バレバレな嘘でその場を凌げたことに安堵した。
しかし、急な話題の変化にまたもやユキホの身体は強張った。
「そういえば昨日は悩みを一緒に考えようって話になったけど」
「う、うん」
「悩みって無理に話すものでもないから、本当に言い辛いこととかだったら無理に言わなくても大丈夫だからね。モモコとクララも言えばわかってくれるだろうし。もちろん話して解決に繋がるならいくらでも相談して」
「……うん、ありがとう」
……あぁ、これだ、この感じだ。雪穂はそう思わずにはいられなかった。
カナエが相談を受けやすく、信頼されている理由がこれだ。本気で相手から無理に引き出すようなことは絶対にしないのだ。当たり前といえば当たり前なのだが、他の二人がいない間にフォローするのが実にカナエらしかった。昨日も追求されはしたが、わざとらしい表情でいかにもノリだとわかる雰囲気であったのも、こういったカナエの性格が影響しているのだろう。やはりカナエは、私が書いた通りのカナエなのだ。
周りのことをよく気にかけていて、だからこそ悩みがあっても誰にも言わずに普段と変わりない『カナエ』として振る舞う。どんなに自分に負担がかかっていようとも、自分よりも他人を優先せずにはいられない。それがカナエなのだ。
――目の前で生きている、彼女なのだ。
(方法がわからないにしても、カナエを助けるためには……私が、ユキホが動かなきゃ)
カナエをカナエたらしめたのは、他の誰でもない私であるという責任感。カナエがただのキャラクターではなく、目の前で生きているという実感。
これらをもってして、雪穂はただ純粋に助けたいと、助けようと、そう思った。義務感からではでなく、自ら目の前で生きている彼女を助けたいと思ったのだった。