6
会いたい、行きたいと散々ベッドで泣きわめいて、部屋で暴れて、リデルは疲れて眠った。
朝が虚しかった。
あれだけ心配でも、疲れて寝てしまえる自分は図太いのだろう。
朝日が目に染みる。
泣いたせいで頭が痛い。
瞼は腫れているのだろう、熱を持っているのがわかる。
起きたことに気が付いたラムが冷たい布を瞼に充ててくれる、ひんやりと心地良い。
「……あばれて、ごめんね」
「あれくらい、かわいいもんです。息子はもっと酷いですよ」
「だって私、いい大人なのに」
布の隙間から癇癪を起こした子供のように暴れた部屋が、目に入る。
椅子は倒され、書類は散らばり、クッションは投げ出され、宝石は床に転がっていた。
これを掃除するのは骨が折れるだろう。
ふう、と深いため息をつく。
じわりと、また涙が溢れた。
「……聖魔法の魔法陣が壊されるなんて、思っても見なかったの」
聖魔法は、守護石にその守護の力を与えられるものだ。
つまりは守るためのものなのだ。
聖魔法自体が神聖であるし、おいそれと触れられるものでも破られるものでもないはずなのだ。
「なんて、無力なのかしら。公爵夫人としての社交も下手だし、こういう時に情報をくれる味方もいないのよ。完全に、私の落ち度だわ」
「奥様……」
公爵夫人である以上、ある程度社交界での地位はあるが、どこの公爵家でも公爵夫人が首都の社交の場に出ることは珍しいのだ。
公爵夫人は聖魔法の持ち主だから、基本的に守護石を守るために自分の土地から離れない。
領地内、自分の城でお茶会を開くくらいはするが首都には縁がない人間が多いのではないだろうか。
男爵家出身のリデルは特に、首都に知り合いも伝手も持たずにこの地位についてしまった。
「……お祈りに行かなきゃね、今日は大聖堂にいくわ。準備をお願いね」
「かしこまりました」
なにか言いたげではあるが、ラムはなにも言わずに部屋を去っていく。
ねぇ、ノクス。貴方だけなのよ、私をこんなに乱すことができるのは。
だから、早く帰ってきて機嫌を取って。
頬に口付けて、私が笑うまで私の巣穴で後ろから抱きしめて、連絡が取れなくてごめんって、魔法陣はうっかりマントを割いてしまったんだって言って。
また涙が出そうになるのを、ぐっと耐える。
耐えた分、喉の奥が熱くてくるしいがこれ以上泣いてお祈りに行けないのはダメだ。
私にできることを、私はやるべきなのだ。
ドアのノック音が聞こえる。
お風呂の準備が出来たのだろうと入室を許可すると、ポールが硬い表情で手紙を持っていた。
「奥様、王宮から召喚命令が届きました」
「召喚命令が……?」
一目でわかる、赤い封筒は確かに召喚命令を示すものだった。
「……ノルティーネ様が……、亡くなったと」
「お嬢様が……!」
詳細を確認して、目眩がした。
ノルティーネが、第一王子と無理心中を図ったと。
ノルティーネは死亡し、第一王子は命は無事だが、意識不明。
ノクスは現在、その件で捕らえられており、王族を弑逆しようとした罪がかけられていると。
ノルティーネと第一王子のアルフレッド殿下の仲睦まじいをリデルは城へ呼ばれた時に何度も見ている。
アルフレッド殿下はノルティーネに一目惚れだったようで、聖妃として城に上がった時から積極的に会いに行っていたことも、ノルティーネから聞いている。
元々、サファイア家に戻るつもりであったけど、根負けしたのだと言っていた。
穏やかな愛を感じることの出来る二人だった。
それなのに、ノルティーネが死んで、ノクスが捕らえられているなんて。
一体、何がどうなっているのか。
「急いでサファイア分家の方達を集めないと。レゼに手紙をお願いしないといけないわね。呼んで頂戴。私は急いで手紙を書くわ」
「承知いたしました」
冷静を装って、ポールに指示をする。
傍系の聖魔法の持ち主、ーー聖女は、全員で3名だ。
馬車で移動して一番遠い場所からで急いできてもらっても3日はかかる。
王宮へ3日後に向かう旨と、聖女3名には王宮へ向かい、いつ戻ってこられるかわからないからその心づもりでいて欲しい旨を書いて、レゼの風魔法で手紙で送ってもらう。
少なくとも、ノクスは生きている。
魔法陣が壊れるような事態は起こったが、無事なのだ。
それならば、感情的に動いて彼を不利にするわけにはいかない。
すこしでも彼が戻ってこられるように動かなければ。