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「え、お城?……こんな時間に?」
「そうなんだ。いま城の伝達女から連絡が来てすぐに来てほしいそうなんだ。朝までには戻るよ」
「お父様には伝えておくから大丈夫よ、狩りはいつでもできるから。気を付けて帰ってきてくれたほうがうれしいわ」
寝支度を整えて寝室に向かうと、ノクスは寝巻きではなく書記官の制服に着替えていた。
部屋の外では移動する為に慌ただしく準備している音が微かに聞こえる。
馬を使わず、風魔法を使用した移動なんてよほど急用に違いなかった。
体がふるりと震える、なんだか嫌な予感がした。
微かな震えを感じ取ったかのように、ノクスはリデルにベッドに入るよう促す。
部屋は十分に暖かいし、寒くて震えたわけではないと、彼もわかっているはずなのに。
「温かくして、寝ててくれ。貴女が風邪を引いたりしたら大変だ」
「何だか、良くない予感がするわ。……早く帰ってきてね」
朝には守護石へのお祈りの時間がある。
毎日、欠かすことは出来ない。
だから、急にはついてはいけないし、そもそもなんだか不安だからという理由で呼ばれてもいないのに城に上がることは出来ない。
「もしかして、ノルティーネ様になにかあったのかしら」
「ノルティーネは優秀な子だから、殿下にも気に入られているし大きな問題を起こすとは思えないけれど」
「それは、そうだけど。それこそご病気とかの可能性もあるでしょう?」
第一王子のアルフレッドと婚約間近と公爵家まで噂の届いているノルティーネが、問題を起こしたとは考えづらい。
ならば、病気ではないかと推測するも、ノクスは軽く首を横に振った。
「とにかく、確認してくるよ。さぁ、もうお眠り」
「わかったわ。お願い、早く帰ってきてね」
こくりと頷いたノクスを見送る。
父へ急な呼び出しで明日の狩りが厳しいことを告げてから、もう一度ベッドへ潜り込む。
けれど、不安で眠気が襲ってくることはなかった。
そうしているうちに空が白んで明るくなってくる。
もう寝る気は起きず、お祈りをしているうちに帰ってきてほしいと思いながら、そっとベッドから出て、部屋の隠し通路をあける。
地下の祭壇までは、古代の王族によって作られた風魔法を使用した移動用の魔法陣があり、隠し通路にその魔法陣が置かれているのだ。
代々当主と配偶者のみに使用方法や場所などが教えられる。
普段は他の人間も入ることのできる大講堂で祈りを捧げているが、まだ夜中と言ってもいい時間だ。
着替えて大講堂を開けてもらうまでの手間を今の時間にさせるのは申し訳なかった。
とはいえ、黙って出ていくわけには行かないので、扉に向かってお祈りをしてくるわ、と声をかけた。
これでいいだろう。
地下祭壇は、静かで暖かい。
ほんのりと明るいのは、守護石が光っているからだ。
祭壇の奥には、守護石とそれを取り囲むように水が張られている。
寒くもないので、リデルはざぶざぶと腰ほどまであるその水の中を進む。
守護石に右手を付き左手を胸の宝石に当てる。
「……どうか、無事に帰ってきますように」
すべての災から、彼を護って。
ふわりと、自分の体から魔力が抜けていくのを感じる。
魔力が抜けていくその感覚は不快なものではなく、寧ろ多めの魔力を解放するのは体が軽くなる感覚すらある。
自分の魔力で満たされた部屋も心地よい。
これは公爵家の守護石を守る者だけがわかる感覚だろう。
国の守護石は聖妃4人の魔力が混ざるだろうから。
お祈りをしたことですっきりして、部屋へ戻る。
戻ったことを告げると、ラムがお風呂の準備が終わっていることを教えてくれた。
地下祭壇が水で覆われていることを知っているから、どこに行くかわかった時点で準備に動いてくれたのだろう。
「ありがとう、ラム」
部屋の中と地下祭壇は暖かいとはいえ、隠し通路は冷えている。
花の香りのする乳白色のお湯に浸かり、人の動く気配を感じながら、ノクスの帰ってくる音を探した。