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正式な場では、自分がどこの誰なのかを示すため男女共に胸の宝石が見えるような衣装を身にまとうことになっている。
今日も一応は正式な場ということで、胸元の空いたドレスだ。
リデルの胸にはパパラチアのオレンジとピンクが混ざりあった色合いの石がある。
今現在、パパラチアを所有するのはリデルと現当主のレオポルドのみだ。
今現在、パパラチア家の正当な後継者はいない。
リデルが聖魔法の持ち主でなければ、パパラチアの当主はリデルがなるはずだった。
リデルの弟のリンデルドは母方のホワイトを所有しているため、当主にはなれない。
私が産んだ子か、もしくはリンデルドが結婚して生まれてくる子がパパラチアであればその子が当主となるだろう。
決まりとはいえ、一人だけ母方の石を持つリンデルドの孤独や悔しさは計り知れない。
ーー自分たちを見捨てた母親と同じ宝石なんて、見たくもないだろう。
そして、捨てた原因である私を嫌っても憎んでも仕方がなかったのに、リンデルドはわりと真っ直ぐ育ってくれた。
姉として、母代わりとして、リデルはリンデルドと共に育ってきた。
普通の姉弟より、そこに強い愛があることは間違いないだろう。
だからこそ、彼のやりたいことは応援しているし力になれることはなりたいのだ。
アカデミーへの入学を夢見ていたことを知っていたリデルが、3年前まだ結婚したばかりで公爵家のことなど右も左もわからないのに厚かましくもお願いして、ノクスにアカデミーの推薦書を書いてもらったくらいだ。
お金に関しても、公爵夫人の持ち分から支援できるところはしている。
そんな事情があって、大好きな父と同じパパラチアの宝石は、弟のいる場面ではそうは誰にも言わないけれど隠したくなるものだった。
リンデルドは気にしていないと言うけれど、リデルはそれでも気にしてしまう。
(どうせなら、私がホワイトサファイアだったらよかったのに)
そうしたら、誰も困らなかったのに。
「お支度が整いました」
「ありがとう、ラム、レゼ」
思考を巡せているうちに、支度は終わってしまったらしい。
胸に光るパパラチアと同じ色味の髪は結い上げられ、瞳と同じ若菜色のドレス。
瞳の上には淡いピンクのアイシャドウが乗せられている。
同じ系統のチークと、少し濃い赤色の口紅。
鏡に映るのは、公爵夫人として相応しい様相だ。
「お待たせしてすみません」
「いいんだ、気にしないで。それより美しく着飾った貴女を見られるのがうれしいよ」
晩餐会場では、既にノクスとレオポルドが座っていた。
二人は狩りの話で盛り上がっていたようで、リデルは相槌を挟みつつ、父好みに味付けされた合鴨に舌鼓を打つ。
普段、公爵家で合鴨は出ないのだが実はリデルは父好みのさっぱりした味付けのそれが好きだった。
もちろん、いつも出てくる料理も毎食楽しみにするほど美味しいのだけど。
「それじゃあ、明日二人で裏の森に狩りに行くのね?」
「リデルも一緒にいくかい?僕と一緒に馬に乗ればいいから」
「んーん、私は部屋で刺繍でもしてるから、二人で楽しんできて」
「リデル様はこちらでも刺繍を嗜まれているのですね、あちらこちらにリデル様が刺繍したものがあって、落ち着きます」
刺繍からパッチワークまで、ハンカチからベットカバーまで、リデルは暇を見つけては昔から山程作ってきた。
男爵家はその作品に埋め尽くされていたと言ってもいい。
パッチワークは完全な趣味だけれど、刺繍は魔法補助としても使えるし、属性魔法の使えない男性への贈り物として自分の魔力を込めた魔法陣の入った小物やお守りを渡すこともある。
もちろん、リデルは父にも夫にも聖魔法のこもったお守りを渡している。
「落ち着けるならよかった!公爵家でもこうして刺繍出来ているの」
「僕もリデルの刺繍が好きだよ。優しい気持ちにさせてくれるものばかりだからね」
「ありがとう。そうだわ、お父様の新しいお守りももうすぐ出来るから、リンデルドの分と一緒に受け取ってね」
「光栄です」
3人での晩餐会は、明日の予定も決まり、終始和やかに終わったのだった。