母の願い
女性特有の病気が描写されています。
気になる方は読まない事をオススメします。
鬱展開が続きますが、ハッピーエンドで終わる為に必要なお話なのでご了承ください。
それからのアランフリードは、神殿に訪れる人達に積極的に声を掛けて、パイプオルガンを弾きながら彼らと歌った。
それは次第に街の人達の噂になり、彼が演奏する時にはたくさんの人が集まるようになった。
彼の演奏に合わせて歌を歌うと、とても気分が良くなり、体調も良くなる気がすると評判になったのだが、身分を明らかにしていなかったので、『神殿の歌う天使様』と呼ばれるようになっていった。
アランフリードが13才になったある日、母の第三妃が倒れた。
オランドール王立学園に入学する為の準備も、もう終わろうとしていた時だった。
胸に石のような塊があると言って宮廷医師を呼んだ時には、もう手の施しようが無い状態だったという。
「アランフリード、貴方はピアノコンクールに出なくてはならないのです。
母はいいから、早くオランドールに行って、王立学園に入学しなさい」
ベッドに横たわった母は、〈バーキングの至宝〉と呼ばれた美貌はそのままに、だが力無くアランフリードに言った。
「母上、良いのです まだ5年後にもチャンスはあるので、どうか母上の側にいさせてください。
神殿で僕が演奏すると、皆さんが気分が良くなると言われるのです。
ぜひ母上にも聞いていただきたいです」
「そうね、あなたの評判は届いていてよ。
とっても皆さんに喜んでいただいてるようね。
母様も鼻が高いわ」
どうにかして、母に癒し効果がある演奏を聞いてもらえないか神殿にも問い合わせたが、楽器の神具はパイプオルガンだけで、城に持ち込めるものは無かった。
神殿にあるパイプオルガンなら母上の痛みが紛れるかもしれないのに…。
スキルがあれば、スキルがあれば…。
自分の力不足を感じ、アランフリードは毎日枕を濡らしたのだった。
ある日、アランフリードは母の枕元に呼ばれて、こう声をかけられた。
「アランフリード、もしスキルが得られなかったとしても、バーキング伯爵領にある神殿にパイプオルガンを移設してもらえるように陛下にお願いしました。
だからコンクールで優勝するのが一番ですが、もしできなかったとしても安心して帰って来てね。
あなたがバーキング伯爵家を継いで、父祖から伝わる領地を良く治めてくれるのが、母の願いです」
身体の痛みに耐えながら、いつの間に陛下に話を通したのだろう?と驚きながら、アランフリードは
母にしっかり答えた。
「はい、母上!ピアノコンクールで優勝してスキルを得て、必ずバーキング伯爵家を再興してみせます!
母上の期待に添えるよう励みます!」
嬉しそうに微笑んで、それから間もなく第三妃ジュリアは息を引き取った。まだ30代の短い生涯だった。
ジュリア妃の葬儀には、父、王太子や第二妃、第二妃の息子の第五王子が参列し、しめやかに行われた。
「アランフリード大丈夫か?」
一番年が近い第五王子リチャードがアランフリードの肩に手を置いて優しく言った。
今年20才になる兄王子は、来年隣国のサイネイルの王配として向かう事が決まっている。
身体の弱いアランフリードにいつも楽しい遊びを教えてくれる優しい兄だった。
「うん、兄上、大丈夫だよ。
僕ももう14才だし、1人で外国に留学するんだ。もう独り立ちできるよ!」
「なんか大丈夫そうな顔じゃないけどな。まあ泣きたくなったらいつでも俺の所に来い!
大人の男って言うのはな、人前で泣かないんだ。
顔で笑って、心で泣いてってやつだ。
お前が独り立ちする前に、酒とかいろいろな大人の男の遊び方を教えてやる!」
リチャードの無茶苦茶な慰め方に、アランフリードは久しぶりに笑った気がした。
それからしばらく、母の私室の片付けをしたり、残った留学の準備をして過ごした。
明日はオランドールに旅立つという日、アランフリードは父の王太子の部屋に呼ばれた。
「アランフリード、準備は整ったのか?」
もうすぐ60才になる父だが、そんな年には見えない若々しさを感じさせる美丈夫である。
「はい、もういつでも出発できます」
「王子のお前に護衛や侍従を付けようと思ったのだが、下手に王族を名乗ると、彼の国はいささか面倒でな。
平民の留学生で通した方が安全ではないかという結論になった。
大使館もあるし、何かあったら連絡員も付けるから、リンドル王国からの留学生で通して欲しい」
「わかりました。では名前もアラン.バーキングと名乗ります。バーキング伯爵家はまだ王家預かりだから問題ありませんよね?」
「うむ、そうしてもらおう。
情報としては、彼の国の王太子も王立学園の学生だが、非常に問題のある学生だと聞いている。
婚約者のシアルーン公爵令嬢は、とても優秀だと聞いているがな。もったいない事だ。
できるなら、あの2人には近づかない方が安全だろう」
「わかりました。王族には関わらないよう平民の留学生として通します」
「では気をつけて頑張ってくるのだぞ!」
大きな父に力いっぱい抱き寄せられてビックリしたが、「はい!」と大きく返事をしたアランフリードは、明日からの留学生活に胸を膨らませるのであった。