アランフリードの黒歴史
アランフリードの母親は、バーキング伯爵家の一人娘として生まれ、伯爵家唯一の後継者だったのだが、王太子に望まれ第三妃として王家に入った時に
バーキング伯爵の領地と籍を王家に預けていた。
アランフリードは、第六王子として生まれたので王位継承権も低く、成人したらバーキング伯爵家を継いで臣下に降りる予定だったのだ。
しかし、アランフリードは王族随一の魔力量を持ちながら、生まれつきスキルを一つももたなかった。
なので5才の頃には、体内の魔力を放出できずに体内に溜め込み、高熱が出るようになっていた。
その度に神官が来て、神殿の魔力を吸い取る神具を
借りて使う毎日だったのだ。
「兄上達は、魔法剣や攻撃魔法のスキルがあって良いな〜」
魔力を吸い出し少し楽になったアランフリードは、窓から見える中庭で、元気良く遊ぶ兄弟達を見てそう呟いた。
「アランフリード様もスキルを得られれば、魔力の放出ができて元気な身体になる事もできるのですが」
今日も熱を出したアランフリードの為に神具を持って来た神官のジェイルは応えた。
生まれつき持っているスキル以外に、迷宮の主を倒すともらえるスキルのように後天的に得られるスキルというのもある。
しかしスキルを得ようとしたら、武芸を極めて
自力で強い魔物を倒す事が求められるので、身体の弱いアランフリードではスキルを得られそうになかった。
「アランフリード様、城にお持ちする神具では、
少しの魔力しか吸い出せないのです。
神殿にあるパイプオルガンの神具ですともっと多くの魔力を吸い出せるのですが、定期的に神殿にお越しになりませんか?」
「えっ、パイプオルガンの神具があるのですか?
行ってみたいです」
携帯できる神具では十分の一くらいの魔力しか吸い出せない。
いつも怠さを感じるアランフリードは、神殿に通う事にすぐに了承した。
「うわー、パイプオルガンって大きいのですね」
神殿の壁一面を使って設置されているパイプオルガンにアランフリードは興奮を抑えきれなかった。
「アランフリード様、この鍵盤を使ってみて下さい。魔力を吸い出せると思います」
ジェイルの言葉にアランフリードは椅子に座って
鍵盤を押さえてみた。
「ブォーーン」
お腹に響くような低音がして、身体から魔力がすぅっと吸い出されるのがわかった。
「ジェイル、魔力が、魔力がたくさん吸い出されて行きます!」
嬉しくてアランフリードは、興奮した声で叫んだ。
「それはようございました。これから定期的にこちらにおいでになり魔力を放出されれば、身体の魔力も少なくなって楽になられるでしょう」
神官の言葉にアランフリードは嬉しそうに頷いた。
どうせパイプオルガンを弾くなら、本格的に習いたい。
それからアランフリードは母にお願いし、ピアノの教師に付いて習う事にした。
(6年後)
11才になったアランフリードは、ピアノの教師が舌を巻くほど上達を見せていた。
魔力量も定期的に神殿でオルガンの演奏をする事で落ち着きを見せ、学業にも熱心に取り組めるようになった、
「第三妃殿下、アランフリード様は熱心にピアノに取り組まれ、素晴らしい上達を見せられていらっしゃいます。
ぜひ、音楽の都オランドールの王立学園で高名な師に師事されて、更なる高みを目指されてはいかがかと思いますが、いかがでございましょう?」
ピアノ教師の言葉に第三妃は考えた。
アランフリードは、王家預かりになっているバーキング伯爵家を継ぐ事になっている。
しかし、バーキング伯爵領では、王都の神殿のような大量の魔力を吸い出す神具が得られない。
どうにかしてスキルを得る必要があった。
「それに5年に1度のオランドールピアノコンクールで優勝されますと、〈癒しの調べ〉というスキルがもらえるのです。
21才までという参加制限がございますから、アランフリード様なら14才と19才の2回チャンスがあるのです。
どうか、お考えいただけませんでしょうか?」
教師の言葉に第三妃は目を輝かせた。
それならアランフリードがスキルを得られるかもしれない。
スキルを得られる希望が出てきた第三妃とアランフリードは話し合った。
そして、入学できる13才になったらオランドール王立学園に留学して、次の年のコンクールに出場するという事に決めたのだった。
ある日、神殿に向かったアランフリードは、いつも弾くパイプオルガンの周りに、たくさんの平民がいる事に気がついた。
「お前、これ弾いてみろよ!どんな音がするんだろな?」
「えっ、やだよ。俺たちが触ったら、きっと神官様が飛んできて叱られるに決まってる!」
若い男達の話に、周りの人達も、「やってみろよ」と言う人と「やめとけ!」と言う人で意見が分かれているようだった。
「良かったら、僕が弾いてみましょうか?」
突然現れた貴族の子弟らしい姿のアランフリードに、若い男は鍵盤の前から飛び退き場所を譲った。
いつもはピアノの教師に褒められる難しい曲を弾くのだが、今日はこの人達が知っている曲にした方が良いな。
そう思って、アランフリードは有名な神讃歌を弾きだした。
「あっ、この曲知ってる」と子供が歌いだすと
大人たちも次々に歌い出して行った。
するとどうだろう、アランフリードの体内から、驚くほどの量の魔力が出ていった。
子供の声、若い男の声、若い女の声、年寄りの男の声、年寄りの女の声…
パイプオルガンの音にそれは重なって、それは美しい響きになって周りの人を魅了した。
歌い終わった時には、周りにいた人々は感動で涙を流し、アランフリードに大きな拍手を贈ったのだった。
「あれは何だったんだろう」
城に帰ったアランフリードは、さっきの出来事を振り返ってみた。
パイプオルガンの音に歌声が重なって、とても気持ちが良くなった。
魔力が吸い出されるのではなく、自分から音に魔力を乗せて行った気がする。
いつもは教師に褒められる技巧を凝らした難曲を弾いていたが、今日は人々が知っている簡単な曲にしたのに、あれだけ大量の魔力が出て行った。
「もしかしたら、神具を魔力を吸い取る機械だと思っていたが、音に魔力を乗せて奏でるのが正解だったのかもしれない。難しい曲を弾いて褒められる事を期待していた自分は、何て浅はかだったんだろう」
アランフリードは、急に今までの演奏が恥ずかしくなって、ベッドの中で頭を抱えたのであった。