音楽室に閉じ込められました
久しぶりの新作です。
友人との競作でテーマは[紫]
競争だと言われると張り切り過ぎてゴールの反対側に走るタイプなので、迷子にならないよう完走を目指そうと思います。
よろしくお願いします!
「どなたか!どなたか開けて下さいませ!鍵が開かないのです!開けて下さいませ!」
ドアを叩く女性の声が微かに聞こえたのは、アランが没頭していたピアノの課題曲を弾き終えた時だった。
防音の小練習室から隣の音楽室に入ると制服姿の女子生徒が音楽室の扉を激しく叩いていた。
「どうされたのですか?」
アランが突然後ろから声をかけたせいで、女子生徒は飛び上がって、恐る恐るこちらを向いた。
「あの…扉が開かないのです。
入る時は鍵がかかっていなかったのですが、歌劇の楽譜を取って、すぐ出ようとしたら扉が開かなくて…」
女子生徒は、泣きそうになりながら両手で必死に取手をガチャガチャ動かしていた。
アランは「失礼」というと自分が代わって扉の取手を掴んで動かしてみたが、やはり全く開く気配がしない。
どうしようかな。アランは考えを巡らせながら、教室の中を見渡した。
気がつけば、防音壁に囲まれた教室の小さな窓から夕日が差し込んでいる。
まずいな。学園の生徒達も下校した頃だろう。
ここに閉じ込められている事を誰かに気がついてもらえるだろうか?
アランは、努めて明るい声で女子生徒に声をかけた。
「自己紹介が遅れました。私はリンドル王国からの留学生で、音楽科4年のアラン.バーキングと申します。
明日のオランドール国際ピアノコンクールに出場する為、今まで小練習室で練習しておりました」
アランがそう言って礼を取ると、女子生徒は驚いた顔で答えた。
「まあ、明日のピアノコンクールという事は、5年に一度行われる予選と本戦を勝ち残って、決勝に出場される方ですよね?
予選を通過して、本戦に出るだけでも名誉な事なのに、決勝まで残られる方とお話できるなんて光栄ですわ!
私、アドレイ公爵家の長女でシアルーン,アドレイと申します。どうかお見知りおき下さいませ」
「えっ、アドレイ公爵令嬢と言われると、王太子妃に内定されているアドレイ様でいらっしゃいますか?」
シアルーンは頬を赤らめ、「はい、さようでございます」と答えた。
まずい…まずいぞ。王太子妃内定の令嬢と密室で男女2人きり…王家に断罪されてもおかしくない事態だ。
アランは真っ青になって焦り、令嬢からすぐ離れて部屋の端に行った。
「失礼しました。私は令嬢に良からぬ事をするような不心得者ではございません。
こちらから声を掛けるのをどうかお許しください!」
シアルーンは、ふふふと笑うと、「優秀なピアニストであるアラン様が、私に不埒な真似をなさるとは思っておりませんわ。
もし、今指を傷めるアクシデントがあれば明日コンクールに出場できませんもの」
思ったよりシアルーン様は気丈な方のようだ。
突然の事態にも冷静な態度でおられる。とアランは
少し安心した。
「シアルーン様、どうにかしてここを脱出しなければならないのですが、シアルーン様のお付きの者はいらっしゃらないのですか?」
「ええ、侍女のアンナがいつも一緒におりました。
ですが今日は学園の授業の後、王城で王太子妃教育の予定だったのですが、急遽先生の都合で中止になってしまい、王城の迎えの馬車が来なくなったのです。
それで公爵家に帰る為、学園の貸し馬車を借りる手続きにアンナに向かわせました。
その間にお友達から、こちらの楽譜庫に今流行している〈愛の形〉の楽譜があったと聞いたので、お借りして写させて頂こうと来たので、アンナはここに来ているのを知らないのです」
「それは困りましたね。それで、その〈愛の形〉というのは何の曲なのでしょう。
僕は、伝統的なピアノ曲しか知らないので、女性がどのような曲を好まれるのか知らないのですよ」
「ふふふ、〈愛の形〉は今流行りの歌劇で、主人公の王子と愛する平民の娘が2人の愛を誓う劇中歌なのです」
嬉しそうにな話すシアルーンにアランは楽譜を見せてもらった。
激甘な言葉が羅列する歌詞は、アランからすると目眩がするような酷い代物だが、そこを否定しない分別はある。
お礼を言って楽譜を返すと、アランは音楽室から続く小練習室の方へ窓が開かないか調べに行った。
「やはり小練習室の窓も2重ガラスの防音窓で外に出られそうにありませんね」
力無く言うアランにシアルーンは腕からブレスレットを外すとこう言った。
「あの、アラン様、私父から公爵家の令嬢を狙って暴漢に襲われる事があるかもしれない。
その時は、この魔道具を使いなさいと渡されました。
このブレスレットを握って、ルーンアウトと言って床に叩きつけると転送の魔術で公爵家の玄関に転送されるそうなのです」
アランはそれを聞いて喜んだ。
「おおっ、それではそれをシアルーン様が使って公爵家に戻って頂き、こちらに助けを呼んで頂けますか?」
シアルーンは首を振ると、こう答えた。
「ええ、でもこれは防犯用なので、使った者は転送されて無事なのですが、その時に暴漢の目と耳を使えなくする為に爆音と眩しい光が出るようになっているのです。
周りにいたら2日ほど目と耳が不自由になると聞いています。
明日コンクールに出るアラン様の目と耳を奪う事になるので、これは使えませんわ」
目と耳が使えなくなったらピアノは弾けない。
どうしたらいい?
アランは19才だ。
参加資格が21才までなので、5年後の次回のコンクールには出られない。
だが迷ったのは一瞬で、アランはすぐ結論を出した。
「いえ、いけません。貴女は王太子妃になられるお方です。
男と同じ部屋に閉じ込められたというスキャンダルが広まっては一大事ではないですか。
シアルーン様、どうかお立場を大切になさって下さい!」
アランがあまりにも躊躇なく言ったので、驚いた顔を見せたシアルーンだったが、すぐ微笑んだ。
「アラン様、私の立場を重んじて下さってありがとうございます。
でも私、不思議に思っている事がございまして、なぜ外からしか鍵がかからない部屋に、侍女が付いていない状態の私が閉じ込められたのかと。
誰かが外から鍵をかけたとしか思えないのです。
アラン様が中にいらっしゃるのを知っている方で、誰かが画策したのではないかと思うのです。
故意だとしたら、誰が犯人なのか知りたいと思いませんか?」
令嬢らしく可愛く微笑むシアルーンだが、アランはどこか薄ら寒いものを感じた。
「ドガーーーーーン!!」
「ピカッ!!」
薄暗くなった校舎で音楽室の小さな窓からでもわかる眩しい光が暗闇を照らした。
「なんだ!この音は?」
誰もいないと思った廊下から複数の男性の声がして、すぐに閉まっていた音楽室の扉が開けられる。
音楽室に入った男達は、一番奥の小練習室から出てくる防音ヘッドを付けたシアルーンを見てたじろいだ。
「あら、やっぱり犯人は王太子殿下でしたの?
思った通りでしたわね」
灯りの魔道具に照らされた王太子は、むっとした顔をすると言った。
「シアルーン!其方は王太子妃に内定しているにもかかわらず、密室に男と2人きりになるとはどういう事だ!
この事態は国王陛下にもご報告して婚約破棄せねばならんな!」
顔を真っ赤にして王太子は怒りをみせた。
「えっ、男と2人ですか?
私1人でピアノの練習をしていたのですが、おかしいですね。
ええ、お疑いならどうぞ男がいるかお探しくださいませ」
王太子は部下に目をやると「探せ」と命令した。
5人の部下達は、3つある小練習室と資料室を隈なく探すが、誰一人いない。
「誰もいません!」
部下の報告に、王太子は怒り飛ばした。
「そんなわけあるか!留学生と2人きりになっているはずだ!
どこかに隠れているに決まっている!探せ!探せっ!
「あら、王太子殿下、なぜ留学生が中にいると思われたのです?私1人しかいないのに。
「くそっ、留学生をどこにやった!」
悔しそうな王太子にシアルーンは答えた。
「留学生なら魔道具で公爵家に転送しました。
今頃、父が公爵家の騎士達を率いてこちらに向かっている事でしょう。
密室に私と留学生を閉じ込めて密会していたと私を断罪するつもりだったようですけど、残念でしたわね」
シアルーンの言葉に逆上した王太子はシアルーンに飛びかかろうとした。
「お待ちになって!シアルーンは手に持つブレスレットを王太子に見せて言い放つ。
転送の魔道具は1個しか無いなんて言っておりません。
もう1個、いつも一緒にいる侍女用のもありますの。
では、後は父に弁明なさってくださいませ!
失礼いたします。ルーンアウト!」
「ドガーーーーーン!!」
「ピカッ!!」
シアルーンの姿はその場から消え去った。
階下から大勢の声と軍装を鳴らす音がする。
それでも耳と目が麻痺してしまった王太子達は身動き一つ取る事ができなかった。