8.全身を襲う嫌悪感
学生であれば皆そわそわし始める金曜日の午後の授業。
土日に何をしようかと、授業中に考えている人間も少なくないだろう。
俺が考えているのは、森崎と舞を遊びに誘い、二人きりにしようと言う計画だ。
今のままでは、舞と森崎は関わりがないまま高校を卒業してしまう。誰かが、きっかけを作ってやらなければならない。
何とも不可思議な話ではあるが、俺は舞と森崎の恋のキューピットになるのだ。
ネックとなるのは二人の予定。舞は部活に入ってないから特に問題なし。問題なのは森崎の方だ。
森崎はサッカー部に所属しており、休日に練習がある。流石に俺も森崎がいつ休んでいたのかなどは覚えていないし、知らない。
どうしたものか……。
ふと、教室の窓の方へ顔を向けると、白い粒が空から降っているのが見えた。雪だ。
「!!」
そして気付く。土日は分からないが、今日は間違いなくサッカー部は休みだと。
雪が降っている状況ではグラウンドは使えない。体育館でフットサルができなくもないが、体育館はバスケ部が使用しているのでそれはできない。
さて、放課後に二人を遊びに誘うのはいいとして、何に誘うべきか。
正直、どうやったら二人が恋に落ちるかなんてのはわからない。ひとまずは、二人きりになる状況を作ろう。
……カラオケだな。
ただ、いきなり森崎に一緒にカラオケに行かないかと言っても、不審がられるだろう。
他のクラスメイトにも声をかけ、そう言った雰囲気にするしかあるまい。
放課後、俺は特に色恋沙汰に興味を持つクラスメイトをピックアップし、カラオケに誘った。
舞は男子にはモテてはいたが、クラスの全員が全員、舞に好意を抱いている訳ではない。それは森崎についても同じことが言えた。
だから俺は、誘う際に耳打ちした。
「舞のやつ、森崎に惚れてるっぽいんだよね。だからさ、カラオケで同じ部屋になるようにしてあげたいんだよ」
「マジ!?」
誘った人間は、皆俺に協力してくれることを約束してくれた。
自分が恋愛感情を抱いていない人間が、誰とくっ付こうと、彼(彼女)達からしたら何の害もない。
それに身近な人が恋人同士になろうとしている様は、年頃の高校生としてはそれだけで面白いものである。
裏でそんなことになっていることなど、舞と森崎は思いもしなかったのだろう。案の定、俺がカラオケに誘うと、二人ともついてきた。
ただ、舞は他の皆もカラオケに行くことに不満そうな顔をしていた。少しだけ心が痛むが、芽依のため、気にしてはいられない。
俺達は駅前のカラオケ店に入った。
このカラオケ店も懐かしい。高校時代(今)はよく来ていた。ちなみに、あと一年したらこの店は潰れる。何気に今しかこれない。
さっそく、俺は計画を実行した。
皆ある程度歌ったら、舞と森崎が二人になれるよう協力者達に帰ってもらうようにした。
いきなり全員が帰ったら、お開きになってしまう。そのため、一曲歌ったら一人が部屋を出ていくようにし、少しずつ人数を減らしていった。
流石に誘った俺が真っ先に出ていく訳にはいかなかったため、最後まで残った。
そして、残ったのは俺、舞、森崎の三人となり、舞が歌い始めた直後、俺は森崎に一言伝え部屋を出ていくことにした。
「悪い、俺も用事あったの忘れてた。先に帰るわ」
「おい、いいのか? 藤波さんを置いてって」
「大丈夫。それにさ、舞は森崎に気があるみたいなんだ。仲良くしてやってくれよ」
「本当か? 実は……俺も……」
俺は心の中で、よしっ! とガッツポーズをした。
舞は画面に表示された音程バーに歌声を合わせることに夢中で、俺と森崎の会話は聞いていない。
今の舞が森崎に好意を抱いているかは不明だが、森崎が舞が好きなのは好都合だ。森崎は色男、今日舞を落としてくれるかもしれない。
しかし知らなかった。森崎は俺が事故に遭う前から懸相を舞に抱いていたようだ。
計画が成功することを祈り、俺は店を後にした。
★★★★★
カラオケ店を出た後、俺は手持ち無沙汰だったこともあり、そのまま家には帰らず寄り道することにした。
駅前のこの風景も、高校三年間しか味わえない。当時の記憶と照らし合わせ、懐かしむことは今しかできない。
それをただ通りすぎてしまうのは、何だかもったいない気がした。強制的に過去に戻されたのだ、バチは当たるまい。
されど、俺の選択は間違っていた――。
「ショウくん! 何で一人で行っちゃうの?」
舞が俺を追いかけて来てしまったのだから。
「森崎はどうしたんだよ? 一緒じゃないのか?」
「帰ったよ。私、ショウくんが一緒だからついてきたんだよ? 森崎くんなんてどうでもいい」
どうやら俺の作戦はあっさり失敗してしまったらしい。次の作戦を考えなければ……。
「そっか……私が本気だってこと、まだ伝わってないんだね……」
「え?」
舞は人目を憚らず、俺に抱きついてきた。そして――。
チュッ!
自身の唇を、俺の唇に触れさせた――。
トラウマが――蘇る。
『朋人くん……好き!』
あ……。
ああ……。
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!
胃の中から酸っぱいものが込み上げてくる。俺は堪えることができず、吐瀉物を道に撒き散らした。
「ヴぉえええええええええ!」
一度始まると止めようがなかった。身体の全てを嫌悪感が支配する。
「ちょっと、ショウくん大丈夫!?」
大丈夫な訳がなかった。心配そうに舞がこちらを見ているが、今の俺は舞の顔を見たくない。
このままでは、臓物すらも吐き出してしまいそうだった。
ああ……芽依……。
芽依……芽依……芽依……芽依……芽依!
早く君に会いたい。
俺は君がいないとダメみたいだ……。