3.最悪のクリスマス
俺は退院すると学校に復帰した。
休んでいた期間は、病院で自習していたので、授業には辛うじてついていくことが出来た。
なんと、高校は親切なことに、俺のために補習までしてくれた。しかし、そのせいで舞となかなか話す時間が取れなかった。
教室で舞に話しかけようとしたのだが、舞はいつも誰かと話していてそれもできない。
俺が入院する前と後では、舞の交友関係が一変していたのである。
元々舞は、高校ではあまり俺以外の人間とは話すようなやつではなかった。
舞はクラスで孤立――とまではいかない――していた。男子はともかく、俺が傍にいたせいで女子にも話しかけづらかったのかもしれない。
されど、今は積極的にクラスメイトに話しかけ、会話を楽しんでいた。
ある意味で俺は舞の歯止めになってしまっていたことを今になって思い知る。
俺は舞の他人との関わりを妨害しているつもりはなかったが、結果的に妨害してしまっていたのだ。
申し訳なさを感じつつも、なんとか舞と話をするため、何度かスマホにメッセージを送ったのだが、それは既読スルーされてしまった。
内心焦りが募った。舞がすぐ近くにいるのに、何もできないでいる。もどかしさで身を焼かれそうだった。
そして次第に、舞はクラスのある男と親しげに話すようになった。
男の名前は、森崎朋人。クラスでも女子に人気なイケメンだ。
森崎は一年生ながら、サッカー部のレギュラーをしており、中学時代には全国大会にも出場したことがあるそうだ。
そんな森崎は女慣れしていた。背が高くて頼りがいもある森崎には女子は惹かれ、何人も元カノがいるらしい。
だからと言って、付き合った人と一線を越えるようなことはせず、紳士であった。
俺には日に日に舞と森崎が仲を深めていくのがわかった。何故なら、俺にしか見せなかった笑顔を舞は森崎に見せるようになったからだ。
それだけではない。二人は席を並べて昼食を取り、時には手を繋いで下校していることもあった。
ある日、俺は森崎から呼び出された。
嫌な予感がした。タイミング的に舞のことしか考えられなかった。
「石井、今からいいか」
「ああ」
俺は覚悟した。覚悟する他なかった。
森崎に連れていかれたのは屋上。案の定、そこには舞もいた。
「ショウくん、私、森崎くんと付き合うことになったの」
ああ、やっぱり……。
とうとう、舞から森崎との交際宣言をされてしまった。もう、俺は舞に告白なんて出来ない。
お別れしたはずの俺に、舞がわざわざこんなことを言ってきた理由は一つ。それは義理だ。
舞は俺に伝えたいのだろう。もう、守ってもらう必要はない、自分には森崎がいるから自由に生きてくれと。
「石井、安心してくれ。これからは俺が藤波さんを守る。石井がそうしてきたように」
森崎の言葉は俺を気遣ってのことだろうが、嫌味にしか聞こえない。悪意がないからこそ、俺の心に突き刺さる。
俺にはこう聞こえるのだ――。
――お前に舞を守る資格はない。
でも仕方がない。俺はそれを望んでしまったのだから。舞の幸せのため、潔く受け入れるしかないのだ。
「おめでとう……」
心の込もっていない祝福の言葉を捻り出すのが、俺には精一杯。それ以上のことはできやしない。
少しだけ、悔やみそうになった。もし、舞を事故から救わなければ、今も舞の隣にいるの俺であった。
だが、俺は悔やんではならない。自分選んだ道なのだ、後悔などしてやるものか……。
★★★★★
それから少し時が経ち、世間ではクリスマスと呼ばれる日となった。
海外では家族と過ごすことが一般的らしいが、こと日本においては異なる。
クリスマスは恋人と過ごす。それが一般的だ。
俺には恋人なんていない。作る気もしない。舞を失ったショックは大きく、俺はそれを引きずっていた。
今日は俺からしたら、ただの平日と変わらない。学校に行って、家に帰って寝て終わり。
舞と森崎が何をしてようが関係ない。俺はこうしてベッドに横になっているのだから、後は目を瞑るだけだ。
(本当にそう思う?)
「なんだよ、お前か。対価は支払っただろ。俺に用はないはずだ」
(何言ってるの? 対価はこれからもらうんだよ)
「なんだと……」
(あれ? ボク言ったよね? 好きな女の子が他の男と結ばれる様子を黙って見てろって)
「まさか……お前……」
(仕方ない。僕も説明不足だったし、特別に泣いたり叫んだりするのは許してあげるよ)
「え?」
不意に視界がジャックされた。俺は自分の部屋にいるはずなのに、目の前に写るのはバスローブ姿の男と女。
男と女には見覚えがある。というより、俺は二人のことをよく知っている。
男は俺のクラスメイトで、女は俺の初恋の幼馴染。
――森崎と舞だった。
二人はお互い、愛おしそうに見つめ合っている。
『こういうところって、何か緊張するなぁ』
『俺もだよ』
ご丁寧に会話の内容もバッチリ聞こえた。夢とは思えない現実感がある。
(夢? ある意味ではそうかもね。だって、君の意識だけを二人のいるホテルに飛ばしたんだから)
どうやら、二人に俺のことは見えていないらしい。
『嘘、朋人くんのことだから元カノと来たことあるんでしょ?』
『いや、元カノとはそういうことにはならなかった。舞が初めてだよ』
『朋人くん……好き!』
(さあ、お楽しみはこれからだよ)
舞が顎をしゃくって、その瞳を閉じた。森崎はそれに応え、舞にキスをする。
止めろ……止めてくれ……。
永遠とも思える長い時間、二人は口づけをしていた。
そして二人の口は離れ、舞のバスローブの紐に森崎は手をかけた。
森崎もバスローブを脱ぎ、二人はお互い生まれた時と同じ姿になる。
ああ……。
森崎が覆い被さる形で、二人はベッドに横になった。舞がリンゴのように顔を赤らめて、森崎に言う。
『私……その……初めてだから……』
(アヒャヒャヒャヒャヒャ! 見届けるんだ! 好きな女の子が大人になる瞬間を!)
「うわああああああああ!!」
目を閉じても、顔を反らしても視界は一定。固定カメラの映像を見ているかのように、二人の行為が鮮明に写る。
せめて音だけはと、耳を塞いだが頭に直接響いてきて無駄だった。
まさに地獄だった。見たくないものを見せつけられ、これほど耐え難いものはないと思える。
二人が愛し合う姿が俺の目に焼き付く。
俺に唯一できるのは、二人のそれが早く終わることをひたすら祈ることだった。