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2.想うが故に

「楽しみだなぁ」


 少年はこれから石井聖太という人間に訪れるであろう苦難に、胸を踊らせていた。


 少年は時として、神と呼ばれ、またある時は悪魔とも呼ばれる。人とは異なる理の中にいる存在。


「あの子は幼馴染の男の子のことをあっさり諦めちゃったけど君は、どうするんだい?」


 聖太の望みを叶える以前、少年はある女をタイムリープさせた。


 女の望みは過去に戻り、自分の姉と結ばれるはずだった幼馴染の男を心変わりさせ、自分の番にすること。


 二度に渡り女は過去に戻ったが、結局女は男と結ばれることはなかった。


 如何に女が努力しても男の気持ちは変わらなかったのだ。そのため、女は男のことを諦め幼馴染とは別の男と付き合うようになった。


 そこで少年は思い付いた。


 結ばれるはずではなかった男女をくっつけようとしても、結ばれることはない。ならば、結ばれるはずだった男女を引き離そうとしたらどうなるのか。


 女のように、聖太は諦めるのか。それとも、諦めきれずに好いた女が自分から離れていく姿を見て、発狂するのか。


 少年としてはどちらでもいい。どちらも少年からしたら丁度いい退屈しのぎとなるからだ。


「できれば諦めないでほしいけどね」


 少年は一人呟く。邪悪な笑みを浮かべながら……。


 ★★★★★


「ここは……」


 白く輝く蛍光灯の光が目に入る。どうやら、俺は死んではいないらしい。


「聖太!」

「母さん……」


 ベッドに横たわる俺の隣に、椅子に腰かけた母さんがいた。


 母さんの目の下には、隈ができている。俺のことが心配で、ろくに眠れなかったようだ。


「ごめん……母さん……心配かけて」

「いいのよ。あなたが生きてるんだから」


 身体は案の定、思うように動かない。車に轢かれたのだから、当然と言えば当然なのだが。


「そう言えば、舞は大丈夫だった?」

「えっとね……」


 母さんに聞いたところ、あの事故で舞は傷一つ負わなかったそうだ。


 俺はというと、事故に遭った直後、救急車で病院へ担ぎ込まれた。そこから丸一日、意識がなかったみたいだ。


 しかし、幸いにして命に別状はなく、医者によれば一週間程で退院できるとのこと。


 まさに奇跡だった。俺はたいした怪我をすることはなかったのだ。あの声のやつの力のおかげかもしれない。


 ただ、俺には一つ気がかりなことがあった。あいつの言っていた対価のことだ。


 舞が俺のことを嫌いになるのだろうか、それとも舞に俺以外に親しい男ができるのだろうか。


 前者は自分で言うのも烏滸(おこ)がましいのだが、あり得ない。俺は舞を事故に遭うのを防いでいる、そんな人間を嫌いになれるほど舞は冷血じゃない。


 あり得るとしたら後者だ。だが、こちらも俺と舞の関係性を鑑みると、可能性としては低いように思えた。


 幼い頃とは言え、俺と舞は結婚の約束をしている。婚約者――だと俺は思っている――の俺を差し置いて、舞が他の俺以外の男をいきなり好きになるだろうか? 


 俺には一体どのような形で対価を支払わされることになるのか、皆目見当がつかない。


 そのことを考えていた入院期間中、舞が見舞いに来てくれた。


 それが、これから始まる俺の苦難の道だとは全く思わなかった――。


「ショウくん、良かった……」


 その言葉とは裏腹に、舞は悲痛な面持ちをしている。目には涙が溢れ、今にも零れ落ちそうだ。


「本当にごめんなさい……」

「気にするなって、俺が勝手にやってることだからさ」


 俺としては五体満足でいられる上に、後遺症もないわけである。これ以上何を望もうか。


「うん、わかってる。でもね、私耐えられない。私のためにショウくんが傷付くのは」

「何言ってんだよ。俺はこうして生きてる。何も問題は――」

「そんなことない!」


 俺の言葉を舞が遮る。


 分かっているつもりだ。舞の言いたいことは。


 問題ばっかりだよ!


 私のせいでショウくんは怪我をする。私はショウくんのために何もしてあげることができない!


 こうして見舞いに来るだけで、ショウくんにとっていいことなんて一つもない!


 私とショウくん、小さい時に結婚の約束をしたでしょ?


 ショウくんが約束のせいで、苦しんでるの私知ってた。


 あのねショウくん、私気付いたの。私がいなければ、ショウくんは幸せになれる。


 だって、ショウくんが私のために割いた時間、労力を全部ショウくん自身のために使えるんだよ?


 だから私はショウくんとお別れする。ショウくんがいなくても生きていけるように強くなる。


 ショウくん、私は今日、ショウくんにさよならをいいに来たの。私からショウくんが解放されるために


 舞は俺が怪我をする度に心を痛めていた。それは俺自身、認識している。


 俺は傷は男の勲章という言葉の通り、舞を守ったことで得た傷に誇りを持っていた。


 ただ、やっていることは自己満足。それ以上でも、それ以下でもない。独りよがりで、舞の気持ちなど考えていないもの。


 だからこうして舞は思い詰めてしまっている。


「ショウくん、今まで本当にありがとう」

「ま、待ってくれ!」

「さようなら」


 別れの言葉を告げると、舞は病室から出ていってしまった。取り付く島もないとはまさにこのこと。


 俺はお別れなどしたくない。自分勝手かもしれないが、舞の傍にいたいのだ。


 そして、舞は俺のことを想い、俺から距離を取ろうとしている。


 こんなの……嫌だ!

 なんで……なんでそうなるんだよ!?

 舞は俺のこと嫌いじゃないんだろ!?

 俺のことを大切に思ってくれてるんだろ!?

 これなら嫌われた方がよっぽどマシだ!

 互いを想って別れるなんて、残酷すぎる!


 あいつの言っていた対価が支払われる時が間近に迫っているのかもしれない。


 そうなると、これから舞には好きな人ができるということになる。


 声の主との約束を破ることになるかもしれない。されど、せめて舞に自分の気持ちは正直に伝えたい。


 今まで当たり前だと思っていた、俺が舞のことが好きだという気持ちを。


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