12.ボクは君を愛してる
「フフフ、舞ちゃん。上手くやったみたいだね。おめでとう」
保健室での聖太と舞の口づけを陰ながら見ていた少年――リューエンは祝福の言葉を舞に述べた。
(強がっちゃって、本当はこじさんが取られたことに嫉妬してるんでしょ?)
「うるさいなぁ……」
(ま、自業自得よね。こじさんにあんな夢を見せたんだから)
「黙れよ! そのおかげで君は生まれることができたんだろ!」
(はいはい)
聖太が事故に遭った直後、リューエンは意識を失った彼に夢を見せた。
その夢は非常に精巧にできており、五感はおろか、起こり得る未来さえも再現する。何人であろうとも、それが現実だと錯覚してしまう。
そこでリューエンは、夢の中で舞と森崎が恋人同士になるようにした。
聖太が違和感を覚えないように、あらかじめ自分の力を見せつけておき、運命が変わっただの口からでまかせを言ったのだ。
そもそもリューエンが自身の力を行使するのに対価など必要ない。その気になれば、全人類を滅ぼすことだってできる。
まんまと聖太はリューエンの企みに引っ掛かった。事故の前後で舞は心変わりなどしていない。舞は徹頭徹尾、最初から聖太のことを愛していたのだ。
リューエンの見せる架空の未来(夢)が本当の未来だと、聖太は勘違いをしてしまったのである。
よって、リューエンは運命を変えたりなど、聖太を過去に戻すことなどしていない。ただ、聖太を騙していただけだった。
苦しむ聖太を玩具にしてリューエンは楽しんだ。しかしある時、人を愛するというのはどんなものなのだろうと疑問に思った。
人の気持ちなど微塵も考えないリューエンに興味を抱かせるほど、聖太の舞への想いは強かったのだ。
されど今は、聖太に夢を見せているため手が離せない。夢の中で世界を作るのは意外と骨が折れるのだ。
そのため、リューエンはもう一人の自分を作り、夢の世界の住人とした。それが森崎芽依という少女だった。
芽依はリューエンの思惑通り、聖太を愛した。リューエンは芽依を通して愛というものを知ることができた。
だが、ここで想定外の出来事が起きた。芽依が聖太と体を重ねたことで、聖太の気持ちが流れこんできたのだ。
リューエンの頭の中はぐちゃぐちゃになり、夢の世界の維持が困難になってしまった。故に聖太に見せていた夢を強制的に終わらせた。
しかし、本来夢と一緒に消えるはずだった森崎芽依が、リューエンに取り込まれてしまい、もう一つの人格としてリューエンの精神に居座り続けたのである。
「君はやっかいなやつだ。消そうとしても消えやしない」
(私のこと消したいの? 無理だよ。私はあなたで、あなたは私。だってこじさんのこと考えると、身体がムズムズするでしょ?)
「…………しない」
(…………ほんと?)
「あぁ! もう認めるよ! ボクは聖太くんを愛してしまった! 彼のことが好きだ! 彼と一緒に過ごせたらどれだけ楽しいか考えてしまうよ!」
(素直でよろしい)
チッ! と主張の激しい芽依に対して舌打ちする。苛立ちはするものの、聖太のことが好きなのは事実であるため仕方がない。
「だけどさ、君はいいの?」
(何が?)
「こじさんのことだよ。このままだと舞ちゃんと結婚しちゃうよ?」
(いいんじゃない? こじさんが生きてる間は好きにさせとけば。こじさんの肉体が朽ちて、魂だけの存在になったら私たちの番になってもらえばいいんだし)
「なるほど、そうすれば永遠に一緒にいられるもんね」
(そうでしょ)
この瞬間、聖太の死後の就職先が内定した。なお、辞退することはリューエンの力によって不可能である。
「うーん、でも聖太くんの人生が終わるまで結構あるし、きっと退屈しちゃうよ」
(白々しいわね。その手にある魂は何?)
「あららら、バレちゃったか……」
リューエンは光輝く球体を右手に握っていた。球体はピンポン玉程の大きさであり、少年の姿をしているリューエンでも持ち運びが容易だ。
球体は森崎朋人の魂。舞によって命を奪われた際に、リューエンがちゃっかり魂をいただいていたのだ。
「しかし舞ちゃんは凄いね。殺すなんて物騒なことを言っておきながら、自分の手は汚していない」
(よく言えたわね。あなたがそうさせたくせに)
「ボクはあくまで、森崎くんと結ばれる未来は絶対に来ないと認識させる必要があると言っただけだよ」
リューエンは当初、聖太に見せた夢と同じものを舞に見せたら、発狂して面白いものが見れると踏んでいた。
さらに無意識ではあるが、取り込んだ芽依の影響により舞に嫉妬していたので、意地悪をしてやろうとも思っていたのだ。
舞はしたたかであった。リューエンが見せる幻――未来で起こり得ること――に苦しみつつも、未来で起こることをしっかりと観察していた。
森崎を抹殺したのは、単純に聖太の死を回避するためだけではない。
舞は、未来の聖太が恋人と行為ができないのは、森崎のことが思い浮かぶからではないかと思い至った。
つまり、自分が聖太と恋人になっても、森崎がいる限り自分は森崎との関係を疑い続けられる。その上、聖太とそういった行為も出来ない。
疑惑を完全に消し、身の潔白を証明するには森崎には死んでもらう必要があると舞は考えたのだ。
当然ではあるが、直接手を下してしまえば法によって裁かれ、聖太と離れ離れになってしまう。
そこで舞が目を付けたのが、未来に老朽化で取り壊される校舎であった。
校舎が取り壊されるきっかけとなったのは、複数ある体育館倉庫の中で、あまり使われていなかった倉庫の柱が倒れたことによるもの。
未来では怪我人はいなかったが、舞はこれを利用した。昔から生徒が悪ふざけで何度もボール等をぶつけていて、柱はいつ倒れてもおかしくなかった。
舞はクリスマス、告白すると見せかけ、森崎をスマホでその体育館倉庫に呼び出した。
そして森崎は倉庫に入った直後、倒れた柱の下敷きとなり、死亡した。
(ま、いいけどね。その魂、どうするつもりなの?)
「ちょっと今までとは違うことをしようと思うんだ」
(そう……)
リューエンは愛する聖太に見せてはいけない邪悪な笑みを浮かべるのだった。
「舞ちゃん、お幸せに。それに聖太くん、君が来るまでボクは待ってるからね」
聖太と舞に別れを告げ、リューエンは姿を消した……。
★★★★★
「あれ?」
気が付いたら、辺り一面が真っ白な世界にいた。
俺は藤波さんに体育館倉庫に呼び出されて、そこで……どうなったんだっけ?
「やあ、森崎くん初めまして。ボクはリューエン。よろしくね」
「お前は……」
圧倒的なオーラを放つ、少年の姿をした何か特別な存在が俺の目の前にいた。
「ごめんね、ボクのせいで君はもう死んでしまっているんだ」
「はぁ?」
言っている意味が分からない。
俺が死んだ? いつ? どこで?
「だからね、君に新しい人生を送らせてあげようと思うんだ」
本能的に察した。こいつの言うことは信用してはならないと。
「好きに選んでいいよ。前世みたいにモテモテな人生を送りたいのか、それともファンタジーの世界で英雄になる人生を送りたいのか」
恐らくこいつは神と呼ばれる存在。逆らうと何をされるか分からない。
「怖がらなくていいよ。ボクは君の味方さ」
ああ……俺は一体何をしたって言うんだ……。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
このシリーズの次回作は書くとしたら、森崎が主人公の異世界転生ものにする予定です。
ストーリーとしては、以下で考えております。
リューエンの力で森崎が異世界で無双
↓
ハーレム構築
↓
ちやほやされている時に、リューエンから力を取り上げられる
↓
絶望