11.芽依
計画は順調に進んでいた。舞とカラオケに行った時は醜態を晒してしまったが、その後は特に問題は発生していない。
ただ、やはり一人では限界があった。故に俺はクラスメイトを巻き込み、舞と森崎をカップルにしようとした。
年頃の青少年の恋愛事に関する興味は、俺の想像を遥かに上回っていた。舞と森崎をくっ付けようとクラスで声をかけて回ったら、過去に舞や森崎にフラレた奴もノリノリで協力してくれたのだ。
どうやら、彼(彼女)らにとって、失恋は簡単に割り切れるものらしい。あの時の俺はかなり引きずったんだけどなぁ……。
しかしそのおかげで、二人は一緒にいることが多くなった。そしてクリスマスを目前に控え、舞が俺にこんなことを言ってきた。
「ショウくん、森崎のこと、私頑張るから」
「おう! 頑張れよ!」
とうとう舞も森崎との交際に前向きになったらしい。多少回り道をしてしまったが、これで元の鞘に収まったというわけだ。
「うん、絶対成功させてみせるね」
舞は覚悟を決めたような、悟ったような神妙な面持ちをしていた。両想いなのだから、そこまで肩に力を入れなくていいのに……。
だって、クリスマスには舞と森崎は――うぅ、気持ち悪くなってきた。
これで俺は芽依に会える。長い時間待たされることにはなるが、これで一安心だ。
(フフフ、それはどうかな?)
え?
クリスマスという今の俺にとって喜ばしい日、過去の俺にとっては忌むべき日が終わった次の日のことだった。
朝教室に入ると、クラスメイト達が妙にざわついている。
クリスマスの次は、大晦日に正月と一年の中でも大きなイベントが待っているため、きっとそれが原因だろう。
――森崎の机に花瓶と花が置かれていた。
俺の知る未来ではこんなことは起きない。舞と森崎は結ばれたはずなので、つまりこれはただのいじめ。
ハハハハハハハ! 誰がやったのか分からないが趣味の悪いことをする。
いくら森崎がイケメンで、スポーツ万能だからってこんなことまでしなくたって。
まあいいさ、森崎はまだ教室には来ていないが、きっとそのうち来るだろう……。
しかし、いつまで経っても森崎は来なかった。
内心焦りが募る。こんなことは全く想定していない。
落ち着け、森崎は休みだ。そうに違いない。そう自分に言い聞かせ、平静を保つ他なかった。
そうこうしている内に朝のHRが始まった。そして、担任の教師から、開口一番に告げられたのは――。
「今日は皆に大事な話がある。森崎が亡くなった」
――――――。
終わった。
芽依が生まれてくるのは十年先のこと。仮に舞と森崎がクリスマスにそういう行為をした結果、子供が出来てもそれは芽依ではない
「めぇえええええい!」
立ち上がって未来の妻の名前を叫んだ。当然返事はない。
もう芽依に会うことはできない。森崎の死により俺の最後の希望は潰えてしまった。
艱難辛苦を乗り越えて、掴んだ幸せを取り戻すことはできなかったのだ。
「あ、あ、あ、あ」
クラスの皆が俺の奇行に騒然としていた。中には奇異な目を向ける者もいる。
――もう、どうでもいいや……。
身体の力が抜けていき、蒟蒻みたいにフラフラとその場でへたりこんでしまう。
「おい、どうした石井!」
「先生、私が保健室に連れていきます」
「頼む!」
舞が俺の肩を抱き、俺は引きずられるように保健室へと連れていかれた。
(こじさん……ごめんね。でも……また会えるから!)
(コラお前! 余計なことするな! 今いいところなんだから!)
え?
★★★★★
保健室で身体を横にしたら、少しだけ落ち着くことが出来た。
今の俺は、人生の目標がない状態に陥ってしまった。これからどうしていけばいいのかわからない。
いや、考えてもみればこれが普通なのだ。未来のことなど、本来知る由もないのだから。
上手くいくはずだった……と思って失敗する人間などいくらでもいる。俺は人生というものを甘くみていたのかもしれない。
何が起こるか分からないのが人生。俺と芽依が出会えたのは偶然でしかない。その偶然を意図的に起こそうとしたのが間違いだったのだ、
「ショウくん……大丈夫?」
「ああ、ありがとう舞」
舞が俺の顔を心配そうに覗き込んでいた。
「ごめんな。舞だって彼氏がこんなことになって、辛いはずなのに……」
自分のことを顧みず、俺を介抱してくれた舞には頭が上がらない。
「ううん、平気だよ。それに森崎は私の恋人じゃない。私は森崎と手だって繋いだことないんだから」
「それって……」
「私がそういう関係になりたいのはショウくんだけだよ」
最初から無謀だったのだ。これだけ俺のことを想ってくれる舞のことを、別の男とくっ付けようとすること自体が。
「ショウくん、愛してる」
チュッ!
舞が自身の唇を、俺の唇に触れさせた――。
トラウマが蘇ることはなかった。
その後、俺と舞は付き合うことになった。
俺は未来の妻を失くし、舞は未来の夫を失くした。ある意味お似合いではある。
ただ、「散々煽っておいて、石井が付き合うんかーい!」とクラスメイト達からは総ツッコミを受けた。
俺達の交際は順調に進んでいった。しかし、俺は芽依のことを忘れることは出来なかった。
皮肉なものだった。俺は未来で芽依を舞に見立て、そう言った行為に及んだが、今度は舞を芽依に見立て行為に及んだ。
されど、舞は一切嫌がる素振りは見せなかった。それどころか、俺の歪んだ欲望を受け入れることに満足感すら覚えているようだった。
就職を機に、俺達は結婚した。幼い頃の約束通りになったのだ。
やっぱり約束なんてするもんじゃない。舞の約束を守ろうとする強い気持ちが、俺から芽依との幸せな未来を諦めさせたのだから。
そしてある日、妻が俺――私にこんなことを言ってきた。
「アナタ、あのね……できたみたいなの! 赤ちゃん」
医師に聞いたところ、妻のお腹に宿る命はどうやら女の子らしい。
私はその子に芽依と名付けた。