10.嘘つき 【舞視点】
「何よ……これ……」
「何って、未来の舞ちゃんだよ」
あり得ない……。
私が森崎くんと付き合う!?
なんで!?
「舞ちゃんは薄情だね。事故から命がけで守ってくれた幼馴染じゃなくて、クラスのイケメンを好きになっちゃうんだから」
「違う! こんなの私じゃない!」
事故以降、私はショウくんに何もしてあげられてない。
それなのに、私はのうのうとショウくんに他の男と交際すると宣言した。
『おめでとう……』
ショウくんは私と森崎くんに祝福の言葉を述べているが、その表情は身内が亡くなったかのように暗い。
一方で、森崎と私は幸せを体現したかのような微笑みを浮かべていた。
ふざけるな!
何が森崎くんと付き合うだ!
ショウくん騙されないで!
そいつは私じゃない!
「見苦しいなあ……間違いなく舞ちゃんだよ」
「私はあんなこと言わない! 偽物! それにショウくんは私が森崎くんと付き合うことになったら、怒るはずよ!」
「それはね、君が聖太くんとお別れしたいって言ったからだよ」
「そんなこと言って――」
不意に世界が暗転する――。
「!!」
コンマ数秒もしない内に、私は屋上から別の場所へと移動していた。
ここは……病院? それにこの病室って……。
「来たことあるよね? 聖太くんが入院した病院だよ」
私の前にはショウくんと私がいた。ショウくんはベッドに横たわっており、脇の椅子に私は腰かけている。
「ショウくん!」
――シュッ
さっきと同じように、ショウくんに触れることはできない。私にも手を伸ばしたものの、腕がめり込んでいくだけだった。
『ショウくん、私は今日、ショウくんにさよならをいいに来たの』
え……。
全く持って意味不明だった。何故、私はショウくんにさよならなんて言っているのだろう……。
…………?
待って、おかしい。これが未来なら辻褄が合わないじゃない。
ショウくんが入院してたのは、一、ニ週間くらい前。つまり未来でなく過去なのだ。
そうか。やっぱり、嘘だったんだ。私が森崎くんと付き合うなんてあり得ない。
「嘘つき! これは未来なんかじゃない。あなたが見せてる幻。私は病院であんなこと言ってない!」
「あー、そうか……。そう思っちゃうよね。うーん、どうしようかな……」
リューエンが顎に手を当てて考えている。何かを言うべきか、言わないべきか悩んでいるみたいだ。
どうでもいい。全部虚構。存在しない未来。でっちあげで本当のことなど何一つありはしないのだ。
「仕方ない……。聖太くんが頑張ったのを無駄にしたくないから、教えてあげるね。実はね、聖太くんは君の幸せのためにボクとある約束をしたんだ」
「約束?」
なんのことだろう? 私の幸せ?
私の幸せはショウくんと結婚すること。それ以外にない。小さい時に交わした結婚の約束、私は一度たりとも忘れたことなんてないのだから。
「不思議に思わなかった? 舞ちゃんが事故に遭いそうになった時、急に聖太くんが現れて庇ってくれたこと」
「それは……」
「あれはね、聖太くんがボクにそうさせたんだよ。ボクに対価を支払うことで」
「何ですって!?」
ショウくんが私のためにそんなことを……。
「対価は聖太くんが舞ちゃんのことを諦めること。君が元気でいられるように、聖太くんは自分の想いを押し殺したんだ」
「じゃあ、今もショウくんは対価を支払い続けてるってこと? ショウくんが私から距離を取るのはそのため?」
「その通り。本当は今の舞ちゃんもさっきの舞ちゃんと同じようになってたはずなんだ」
ショウくんも私のこと好きでいてくれたんだね…。
ごめんなさいショウくん……。私のせいで……。
「実はボクの力は万能じゃない。誰かの想いを対価として力を使った場合、その想いに連なる人の想いも変えてしまうんだ」
「ならどうして、今の私はショウくんのことが好きなままなの? 森崎くんのことを好きになっていないとおかしいじゃない」
「ボクもそう思ってたんだけど、聖太くんが舞ちゃんと結ばれなかった未来、森崎くんと結婚した未来で異変が起きた」
「どういうこと?」
「見てみるかい? 聖太くんが歩んだ道を、ボクが聖太くんの意識を過去に戻さなければならなくなった未来を」
「見せて!」
――世界が暗転する。
「え? ちょっと! ここって!」
入ったことはないけど分かる。ここは――そういうことをするホテルだ。
これはショウくんの苦労も知らない能天気な私が歩んだ人生でもある。まさか……。
『私……その……初めてだから……』
「いやあああああああああ!!」
森崎く――森崎に私が身体を許していた。
あ、ああ、あああ……。
「落ち着きなよ。辛いのはこれからだよ」
――世界が暗転する。
今度はショウくんの部屋にいた。私はこの部屋には何度も来たことがある。
この部屋にいると落ち着いて、つい長居しちゃうんだよなぁ。長居しすぎて、お母さんに怒られたこともあったなぁ……。
それなのに……。
『まぁあああああいぃいいい!! 舞! 舞! 舞!』
ショウくんが一人ベッドで枕を濡らし、呻いていた。私のことを想い、苦しんでいた。
「ショウくん、本当にごめんなさい!!」
私の言葉は届かない。慰めてあげたいのに何もできない。原因を作ったのは私であるにも関わらず。
――世界が暗転する。
『芽依、それくらいにしといた方が……』
『いいのぉ~。アナタとお酒飲めるなんてサイッコー!』
見知らぬ女性と、おじさんが個室でお酒を飲んでいた。
芽依と呼ばれる女性は、かなり私に似ていた。私を大人びた感じにすればあんな風になるのかもしれない。
もう一人のおじさんに関してはどこか見覚えがある。もしかして……。
「気付いた? 男の人は聖太くんだよ。そして、女の子の方は聖太くんの妻。舞ちゃんと森崎くんの娘だよ」
「どういうこと?」
「聖太くんはね、舞ちゃんを諦めた後、君の面影のある君の娘を好きになったんだ」
私は……最悪だ……。
自分の娘に傷ついたショウくんを押し付けてしまったんだ。本来私がショウくんを癒さないといけないのに。
「さて、問題はここからだ」
――世界が暗転する。
『アナタ! いやああああああ!』
――――――。
ショウくんが血を流していた――。
おぞましい量の血液がショウくんの着ていた服を真っ赤に染める。
言葉がでなかった。ショウくんは私のために対価を支払い、挙げ句の果てに暴漢に刺されて死んでしまう。
「可哀想だよね。ようやく幸せを掴んだと思ったら、すぐに終わるなんて……」
「……」
「でもこれは君のせいなんだよ。君に強い心があれば、対価を支払っても聖太くんの傍にいてあげようとなったはずなんだ」
「……」
「君はイケメンが近くにいれば、すぐ靡いちゃう弱い人間だったんだ」
「――ッ!」
「ほら、見てごらん。愛というのはああいうのを言うんだ」
動かなくなったショウくんを娘が抱きしめていた。自分にどれだけ血が付着しようと気にする素振りはない。
『神様……。どうか、夫を助けて下さい。そのためには私の命を捧げます』
躊躇なく娘は自分の命を差し出した。これって……。
「そう、ボクは彼女の願いを聞き入れた。聖太くんを過去に戻したんだ。恐らく彼女の想いが、母親である君に影響を与えたんだと思う」
ショウくんへの想いは私の娘が影響してる?
いや、違う私の想いは本物だ。誰にも負けない。それが実の娘であっても譲らない。
「
さあ、舞ちゃんはこれからどうする?
先に言っておくけど、聖太くんが君のことを想って対価を支払い続ける限り、必ずこの未来にたどり着く。
君は森崎くんと結婚する。いや、させられてしまう。それが君にとっての幸せだと聖太くんは思ってる。
彼は君と違って強い心を持っている。必ず成し遂げるはずさ。
もし、聖太くんの死を回避したいなら、聖太くんにこの未来は訪れるはことはないと認識させる必要がある。
つまりに君が森崎くんと恋人になることは、絶対にない状況を作り出すしかない
」
娘の想い、そして私の想い。どちらもショウくんを救いたいと願っている。例えどんな手段を使っても
「ショウくんを助けたい」
「できるの? 聖太くんはきっと、あの手この手で君を森崎くんとくっ付けようとするよ」
私は覚悟が足りなかった。ショウくんの傍にいればそれだけで結ばれると思っていた。
でも、そうじゃない。だから私は――。
「森崎を殺す。そうすれば確実よ」
娘が命を差し出すなら、私は命を奪う。