1.それでも助けたい
約束なんてするもんじゃない。約束したことは絶対に守らないといけないことだってある。
逆を言えば約束を交わしたことで、守ってもらえる可能性があるのだと期待してしまう。たとえ、それが口約束だとしても。
「わたしショウくんとしょうらいけっこんする~」
「うん、しよう」
「約束だよ」
本当に俺は馬鹿だ。高校生になってまで、こんな幼い時の約束が有効だと思っていたんだから。
こんなの、時間とともに忘れさられるものなのに……。
俺、石井聖太には、藤波舞という幼馴染がいる。舞とは保育園からの付き合いで、家も近所――というより真隣だ
時々、舞が部屋の窓から顔を出して俺に向かって手を振ってきたりする
舞は人見知りが激しい性格で、知らない人とはあまり話さない。そしていつも俺のあとを雛鳥みたいについてくる。
そんな舞は俺にだけ明るい笑顔を見せてくれた。舞にとって、俺は特別な存在であるのだと思うと、守ってあげたくなった。
気が付けば、俺は舞のことを好きになっていた。舞のためなら何でもできる気がした。
無意識に男の庇護欲を掻き立てる舞は、学校でも人気だった。男子から告白されることも頻繁にあった。
中には舞が断ったにも関わらず、グイグイくるやつもいた。
だから俺は舞の傍にいて、舞のことを守った。強引に迫る男は力づくで引き剝がしたりもして、暴力沙汰になったこともある。
少々過保護であるとも言えるが、普通に告白してくる人間に対しては特に何もしていない。あくまで、舞にとって迷惑なやつだけを排除していた。
だが、年を重ねるに連れて、舞はそれに罪悪感を覚えるようになったらしい。
俺はというと、結婚の約束をしたのだから、男として当然のことしているのだと思っていた。
高校に入学して直後のこと、俺は舞と喧嘩のようなものをした。別に言い争ったりだとか、殴りあったりなんてことはしていない。
ただ、舞からこんなことを言われた――。
「私、いつも守ってもらってばっかり。もうショウくんには迷惑をかけられない!」
舞は自分のせいで俺に負担をかけていると思っていた。
「迷惑じゃないよ。俺が好きでやってることだから、気にしないでほしい」
俺からしたら負担になっているなんて全く思っていない。俺と舞は、所謂すれ違いというやつをしていたのだ。
俺の言葉は舞に届かなかった。舞は俺から次第に距離を取るようになっていった。
ある日のこと、舞が俺から遠く離れていってしまうような出来事が起きる。
それは学校からの帰宅途中、舞が信号が青になった交差点を歩いていた時だった。
ちょうど季節は冬。前日に降った雪が溶け、そして夜に冷えて固まり、本来灰色のはずの道路が真っ黒になっていた。
歩いている人間ですら、転んでしまうような状態。そんな中で、ブレーキを踏んでも車が止まれないなんてことは珍しくない。
不運なことに、その車が舞に向かって行ってしまった。
「舞!」
俺はとっさに舞に向かって叫び、舞を突き飛ばそうとした。だが、滑って思うように進めない。
このままでは、舞が――。
そう思った刹那、声が聞こえた。
(ねえ、彼女のことを助けたい?)
そんな声など無視して、俺は舞のところへ行こうとするが今度は身体が一切動かない。
それだけではない。俺だけではなく、周りの全てが静止していた。
(聞いてるんだけど?)
「なんだよ、これ!」
(あのさ、無視しないでほしいな)
「誰だ!」
(フフフ、誰だと思う?)
こんな時にクイズをやる気はない。しかし、全身に力を目一杯込めても、ピクリともしなかった。
「くそ!!」
(君からしたら、ボクが誰だかなんてどうでもいいことでしょ? さっきも聞いたけど、彼女のことを助けたい?)
「できるのか!?」
(できるよ。気付いているとは思うけど、周りのもの全てが止まっているだろう? これはボクがやったことさ)
この不可解な現象は、声の主によって引き起こされているようだ。こんなことが出来るのであれば、舞のことも……。
「何だっていい! 俺に舞を助けさせてくれ!」
(いいのかい? 助けるために、きっちり対価はもらうからね)
大方俺の命とか、そんなところだろう。舞を救えるなら安いものだ。
「そんなもん平気だ!」
(
本当に?
本来、彼女はこの事故で大怪我をするけれども命は助かる。けれど、君の支えなしじゃ生きていけない身体になるんだ。
そして未来の君は彼女と約束した通り、彼女と結婚する。これは君の運命であり、彼女の運命でもある。
だけどね、君の願いはその運命を変えてしまうことになる。
つまり、彼女が事故に遭うという運命を変えてしまえば、君と彼女が結婚するという運命も必然的に消滅してしまう。
対価というのは、好きな女の子が君以外の男と結ばれる様子を黙って見てろってことさ。
本当にいいのかい? かなりきついと思うよ? 君は相当彼女に入れ込んでるみたいだから、耐えられないかもよ?
まあ、怪我をしない分、彼女は身体を自由に動かせる訳だから、君と結ばれるよりも遥かに幸せになれるだろうけどね
)
ある意味究極の選択だった。俺だけの幸せを選ぶのであれば、このまま放っておいた方がいい。
だが、舞の幸せを選ぶのであれば、俺は舞と結ばれることはない。
俺は――。
「頼む、舞を助けてくれ」
(そうかい? 本当にいいんだね? これは君とボクとの約束。あとから無かったことになんて出来ないよ?)
「それでも頼む」
(わかったよ。じゃあ、瞼だけは動かせるはずだから、目を閉じて)
――ドンッ!
目を閉じたら、何かが身体にぶつかった。勢いから察するに、舞に衝突寸前だった車のようだ。
「ショウくん! なんで!? いやあああああああ!!」
舞の悲鳴が聞こえる。俺は舞を助けることができたみたいだ。
良かった。本当に……良かった……。
これから俺はどうなってしまうのだろう……。
このまま死んでしまうのだろうか。
舞の守護霊にでもなって、舞を見守ることにでもなるのかな? 確かに、幽霊になるのであれば指を咥えて見てるしかできないもんな……。
しかし、身体にそれほど痛みはない。
さっきのやつは舞は事故で死なないって言ってたから、俺も奇跡的に命だけは助かるのかも。
ま、どうでもいいか、そんなこと……。
そう思ったら、急に意識が遠くなっていった。
………………
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