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弾劾裁判

作者: トマト嫌い

割と真面目に書きました。

三時間くらいかかったけど・・・


「異議があります。ただいまの検察官の質問は著しく被告人のプライバシーを侵害するもので‥」

「弁護側の異議は却下します。検察官は続きをどうぞ」

「では、再び証人にお聞きします。あなたはいわゆるアダルトビデオと呼ばれるようなものやそれに準ずるものをお持ちですか?」

「…」

被告席の菅原は黙り込んでしまった。

「裁判長、検察側は、何ら事件と関係ない点で被告人を侮辱しています。弁護側はただちに記録からの削除を求めます」

「弁護側の異議は却下。続きをどうぞ」

中央席裁判官の加藤は、にやけこそしないが明らかに被告人の狼狽ぶりを見て楽しんでいる節がある。

弁護人の大道はそう思った。

いや、大道だけではない。

隣にいる河内や傍聴席にいる人間だって同じことを思っているだろう。

検事ですら先ほどから苦笑いを浮かべている。

「では被告人、答えてください」

「…」

今日は扼日だ…

中央席が加藤であると聞いた今朝からそう思っていた。

「では黙秘ということでよろしいですね?次の質問に入らせていただきます…」

大道たちにとっての長かった第一回公判が終わった。




「あまりにひどいですよね…あれじゃ菅原さんがあんまりだ」

河内が嘆く。

「仕方ないさ。あの加藤はたちが悪いことで有名だからな。あいつと当たったのが運のつきと思ってあきらめるしかないだろ」

「それでもあんまりです!普通の裁判官ならほとんど通るようなことだって却下されたじゃないですか!」

「まあそう言ったってなぁ…」

「第一AVくらい男なら一つや二つはだれだって持ってますよ!」

「そういうことはあんまり大声で言うもんじゃなーいの。人目が気にならないのかい?」

河内はここが公衆に開かれたカフェであるということを忘れていた。

周りの席からは白い目線を感じる。

「自白だってしてないのに、まず起訴されること自体おかしいんですよ!」

「被害者の証言があるの。第一痴漢っていうのはな、相手がやったっていえばやったことになっちゃうの!お前何かスポーツやったことあるか?」

「野球なら、ありますけど…」

「じゃあわかるだろ。セーフに見えたって審判がアウトっていえばアウトなの。それと一緒だって」

その理屈は確かにわからないわけではない。

高校時代そのことで審判に食い下がって退場させられたことのある河内にとっては。

「あの裁判官、あれで首にならないのかな…」

「裁判官はね、弾劾裁判で免職されるか、仕事できなくなるかとかじゃないと首にされないの」

「知ってますよ。そんなこと」

大道は河内のぼやきにまで解説を入れてくる。

「そんなに首にしたいなら裁判官訴追委員会(弾劾裁判を開くかどうかを調査する機関。委員は衆参両議院十名からなる)に請求すればいいじゃん。まあ通るかどうかは別として」

請求は個人でもできるが、そうそう弾劾裁判にまでは持ち込めない。

というかよほどのことがない限りほとんど無理だろう。

それは法律に携わる者ならだれとて承知している。

「とりあえずあのバカはほっといて、どうやって無罪にするかだけ考えてろ」

「そうですね…」

大道がレジに伝票と千円札を差し出すと、百円玉を一枚手渡された。




二人が菅原の弁護を引き受けたのは、二十日前だ。

通勤電車の中で急に女子学生に腕を掴まれてしまったのだ。

降車後、近くにいた男子学生に腕を掴まれて駅の事務所まで連れて行かれた。

事務所の中で何度も否定したが、警察がきてそのまま連行されたという。

痴漢の逮捕のされ方としてはまったくもって珍しくない逮捕のされ方だった。

彼は警察署に連れてこられてからも、犯行を否定し続けた。

彼のすごいところは拘留期間中ずっとNOで通し続けてきたことだ。

示談にしてしまえば、すぐに出られるものをわざわざ裁判で争うために、だ。

俺にはとても真似できないな、と大道は思う。

彼ならやってるやってないにかかわらず即日で示談に持ち込むだろう。

さて、痴漢の場合はほとんど女性側の主張が優先されてしまうが、その主張の信ぴょう性をなくすか、物的証拠を出すか、をすることでまれに被告側の主張が優先される場合もある。

だが、今回は果てしなくそれが不可能に近く思えた。

なぜなら今回の裁判官は東京地裁において悪評高き加藤なのだから。

今からでも遅くない。

示談にもちこむ方がとくさくである。

それは誰の目にも明らかだった。




大道たちはカフェを出て、被害者の菊池弥生との待ち合わせ場所へと向かった。

カフェを出たといっても次の目的地もカフェなのだからあまり変わらない。

場所が変わるだけだ。

以前にも法廷でみかけているし、初対面ではないのだが何度見ても美しい人だな、と河内は思う。

彼女の眼は白く瞳は黒い。

ニキビなども全くない。

「先日の一件ではまことに申し訳ございませんでした。心よりお詫びをさせていただきます。」

「そのことを思い出すたびに怖くて泣いてしまうんです。もういわないでください」

「失礼しました。」

大道がわびる。

「今日はなんのご用ですか?」

「今日はですね…」

「今さらで申し訳ないんですが、示談にしませんか?二十万三十万でよければポンと出せますし…」

大道が割って入った。

もちろんこのようなことを言いに来たのではないのだから、河内は驚く。

(ちょっと、何を言ってるんですか!被告人の意向を無視して示談にはできないはずですよ。いくらめんどくさいからって…)

(うるさいな!ちょっと黙ってろよ。)

「少し考えさせていただけますか?」

以外にも弥生は好感触を示してしまった。

じゃあ、と言って大道は事務所の電話番号が入った名刺を渡した。

河内が口をあんぐりあけている間に、弥生がそれを受取ってしまった。

まさか返してくれなんて言うことはできない。

大道が伝票を持って席を立つのに続くしかなかった。




翌日、示談に応じてもいいという相手からの電話をむげなく断る大道の声を聞いた。

「昨日と言ってることが三百六十°違うじゃないですか!」

「三百六十°?馬鹿を言っちゃいけないよ。それじゃ一周回って元の位置だぜ?百八十°のまちがいだろ」

「なんでもいいですよ。なんでまた急に変えたんですか??ほんとに示談にする時信用なくしますよ!」

「いいっていいって。さあ、今日の公判も張り切っていこう」

「なんだ、あのやる気…」

やる気をなくした河内とは正反対だ。

東京地裁での第二回公判が始まった。

先日で犯行全容の確認が終わったため、今回は被害者の尋問になる。

恐らく、被害者の尋問というよりは被告人への糾弾になりそうだが…

「では、証人は前へどうぞ。」

加藤の声が聞こえた。

その声に合わせて菊池弥生が一歩前に出た。

姓名職業などを名乗ってから、検察官の質問に答える。

「申し訳ないことをお聞きしますが、あなたが被害にあわれた時の様子をお聞かせ願えますか?なるべく詳細に。」

はい、と答えて弥生が口を開き始めた。

「私は最初は我慢していました。でもあまりにしつこかったんです。私のスカートの中に手を入れて、ずっと…」

そこで途切れてしまった。

まあ、その先は容易に想像がつくのだが。

検察官もそれ以上は追わず別の質問に切り替えた。

「あなたは事件後、どのような状態になりましたか?」

「私は、あの日以来怖くて電車に乗れなくなりました。そして毎晩のように思い出しては涙が出ます…」

「ふむ、それはさぞかしおつらいでしょう。では被告人に対して何か言いたいことはありますか?」

「私はただ、罪を認めて償ってほしいです」

「終わります。」

検察官は席に着いた。

次は弁護側の尋問となる。

まず大道が証言台へと歩みよった。

弥生の顔を覗き込む。

「ふむ、きれいな顔をされてますね。特にあなたの目は透き通っておられる。」

「ありがとうございます。」

彼女はうれしくなさそうに礼を述べる。

「そう、それこそまさに<充血>の二文字とは無縁のような美しい瞳だ。」

検察官もようやく大道の言わんとしているところがわかったようだ。

やっと異議を申し立てた。

当然のごとく受け入れられ、注意を受けた後大道は尋問を再開する。

「さて、私は今回の事件を非常に残念に思います。」

何を言い出すかと思えば…というような目線が傍聴席を含め、皆から集まる。

本当に被告側の弁護士か?

と疑いたくなるくらいだ。

「健全な女学生に対して男性がしつこくわいせつな行為を働き、健全な女学生を電車に乗れなくなるような恐怖に陥れた。さらにその女学生はまだその苦しみから立ち直れていない。」

もはや、あきれを通り越して病人をみるような目で見られている。

加藤ですら苦笑いを隠せないようだ。

こいつ、ついに捨てたか?

というような表情を浮かべている。

「そう、ただそれだけの事件ならね。しかし、弁護側はこの事件はそのような事件ではないと断言いたします。まずこの事件の概要は私がいま述べたものとはおおむね正反対であるといえます。健全な男性に対して、ある女性が女性であるということを利用した…」

「異議があります。ただいまの弁護人の主張は根拠もなく不当に被害者の名誉を著しく毀損するものであり…」

加藤より早く、大道が答えた。

「それでは根拠があればいいんですね。ではとっておきのメインディッシュをどうぞ。」

大道がMDのボタンを押すと、軽快なリズムの曲が流れだした。

「やあ、失礼」

と言ってディスクを差し替える。


「では気を取り直して…どうぞ」

「…(ぷるるるる)(ぷるるるる)あ、もしもし。達也?…うん、あたしあたし。…うん、あのねぇさっき弁護士がやってきて示談にしないかだって。…うん。一時はどうなるかと思ったけどね〜。…うんうん。だってあんなおっさんが刑務所にはいったって全然いいことないもんね〜。…うん、はめって結構いい商売だけど、たまにああいうのにあたると困るよね…うん。じゃあとりあえずまたあとで電話するね!(ぴっ)」

どうでしょうか?

と言わんばかりに大道が周りを見渡す。

本来は事前の登録が済んでいる証拠品しか証拠として扱えないのだが、それとて次に提出すれば済む話である。

「まあ、私の作る歌よりは刺激的だと思いますよ。」

弥生は青ざめている。

河内もいつの間にこんなものを?

と聞きたかったがここは我慢することにした。

「さてと…まあこれで起訴を取り下げてくれれば、あとはこっちが名誉棄損で訴えるなり、侮辱罪で訴えるなりして終わるんですがねぇ」

大道は小さく両手をあげてから、終わります。

と言って席に着いた。

このあと両方から一切発言はなく閉廷された。

こうして第二回公判は終わった。

音声テープのことを聞こうと、河内は大道を捜したがまったくもって見つからなかった。




続いて、第三回公判である。

ついきのうまで意気消沈していた検察側が息を吹き返しているのには驚いた。

今日は昨日の音声を証拠として登録しておいた。

もう一度昨日と同じ内容が響いたが、ここで検察側が異議を申し立てた。

この証拠は正当な手段によって入手されたものではないから記録から削除すべきだと。

確かに一応盗聴だが、普通の裁判ならあり得ないことである。

相手がえげつない隠ぺいをしているような場合はこのような手段が許されることも多々あるのだ。

しかし、驚くべきことにこの異議は認められた。

当然法廷記録からは削除される。

弁護側は当然異議を申し立てるが、加藤には最初から聞く気はない。

すべて却下される。

この日はなぜか検察優勢で終わってしまった。

公判終了直後、大道が何やら手紙を書いている。

どこへの手紙かはわからなかったが、中に何かCDのようなものが同封されているのは見えた。




「ふむ…これは…」

裁判官訴追委員長(衆参両議院十名ずつからなる弾劾裁判を開くかどうかを判断する委員会の長)の阿部の顔が曇った。

「岸部君、これはいけない。すぐに調査隊を派遣したまえ。早急に手を打たねば我々も飛び火を食うぞ。」

「わかりました。」

岸部は足早に部屋を出た。

「ああ、私だ。…永江長官につないでもらえるかな。…ああ、ありがとう。…ご無沙汰しております。私です。…はい。それが厄介なことになりましてね。すぐにそちらに書面を送ると思いますが…はい…そういうことです。…一応お知らせしておきます。…はい、では。」

阿部は受話器を置いた。

あいつめ…こんなもの送りつけてきやがって…

阿部の机にはCDの入った手紙が無造作に置かれていた。




翌日、第四回公判が始まった。

しかし、いつもと様子が違う。

中央席に加藤の姿がないのだ。

どうやら聞くところによると、弾劾裁判所へと連れて行かれたらしい。

そのため、足早にだが、最初から審理が行われることとなった。

ついでに言っておくと、大道もいない。

今回の裁判官はまともだから修業代わりに一人でやれよ、とどこかへ出かけて行ってしまった。




「いや、悪気はなかったんだけどね。君には時間を割いてもらって申し訳ないとは思っているよ。うん」

「しらじらしいな。うそつけよ。」

そこには大道と阿部の姿があった。

「しかしここはいい眺めだね。なかなか味わえるものじゃない。」

二階の高さにあるところから、ガラス越しに弾劾裁判の様子を眺めているのだ。

被告席には、もちろん彼がいる。

「どうやら彼、助かりそうにないよ。前もおんなじようなことで判決の猶予受けてるんだってさ。」

「ふうん。それはお気の毒に。」

「まったく音声を録音とはたちが悪いな。」

「まあそういうなよ。このくらいはしないとね。」

二人が弾劾裁判所の中に入ったとき、ちょうど主文が述べられる瞬間だった。

「主文…被告人…公判…検察官に…当な取引を…訴を…約束した…これは…許され…職責に…行為で…」

その声はとぎれとぎれであまり聞こえなかった。


かいてて面白かったw

逆に読んでも面白くなかったかも・・・

ごめんなさい><

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