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32話『公爵令嬢の天命』


「嘘だろ、おい……」


 そこにいるモンスターを見て、レイの両足は生まれたての子鹿のように震えた。

 レイだけではない。誰もが恐怖に顔を引き攣らせ、硬直している。


「A級モンスター……ギガンテス」


 黒い肌の、強烈な圧力を醸し出す巨人がそこにいた。

 その体躯はミノタウロスやオーガとは比べ物にならないほど大きい。露店の一つや二つくらいなら、簡単に踏み潰せそうな巨体だ。


 A級。それは、単体で複数の都市を壊滅させるほどの脅威である。

 当然、D級ダンジョンに出現するモンスターではない。しかし最早、そんなことどうでもよかった。


「あ、あぁ……っ!」


「こ、こんなの、無理だよ……っ!」


 シャッハが目尻に涙を浮かべ、ハルは恐怖のあまり尻餅をついた。

 突如、不思議な力に目覚め、仲間たちを導いてきたアリスも――流石にこのモンスターは倒せないと、本能で察する。


『ゴアアァアアァァアァァァァアアアァァアアアァ――ッッッ!!』


 ギガンテスが咆えた。

 直後、足元の地面が隆起する。


「き、気をつけろ! ギガンテスは土属性の元素を操作する!!」


 スメルクが焦燥しながら言う。

 しかし分かっていても対処できない。

 立っていられないほどの地響きが長く続いた。


 隆起した地面は、壁となって次々と道を塞いでいく。

 その壁は、まるでアリスだけを取り囲むかのように作られていた。


「やばい、アリスが!」


「分断されてしまう――ッ!?」


 レイとスメルクが焦った頃にはもう遅い。

 既にアリスとそれ以外の生徒たちの間には、巨大な壁が立ちはだかっており、辛うじて相手の姿が見える程度の隙間しかなかった。


 アリスはたった一人で、ギガンテスと対峙する。

 あまりにも絶望的な状況だからか、頭は一周回って冷静だった。


(誰かが、足止めしないと……全滅してしまう)


 現状を正確に認識したアリスは、レクトに言われたことを思い出す。

 探索者が無茶をしていい条件は三つ。――自分の命が危ない時。誰かを助ける時。そして、絶対に周りを巻き込まない時だ。


 この現状を客観的に捉えてみる。

 自分の命も、仲間の命も危ない状況だ。加えて、こうも露骨に自分だけが狙われていると、流石に人為的な意図を感じてしまう。恐らく誰かが自分の命を狙っているのだろう。ならば下手に逃げると被害が広がるだけ――最悪、仲間たちにも被害が及んでしまう。


 もしも誰かが自分を狙っているのだとしたら。

 ここで戦って、決着(・・)をつければ、これ以上周りを巻き込まない筈だ。


(三つとも、当て嵌まっているんですから……流石に文句は言われませんよね)


 決意を宿したアリスは、背後を振り返って、狭い隙間から仲間たちの顔を見た。


「皆さん。……今まで、私を一人のクラスメイトとして扱っていただき、ありがとうございます」


「ア、アリス!? こんな時に、何を言って……っ!?」


 嫌な予感がしたのか、ハルが焦燥する。

 しかしアリスは落ち着いた笑みを浮かべ、


「ですが、それでも私は公爵家の娘です」


 壁越しでも聞こえる、はっきりとした声音でアリスは言う。


「きっとこの力は……ここで皆さんを守るために、あるんだと思います。ですから、私はこれを……天命として受け入れます」


 アリスが胸元に手をやると、淡い光が発せられた。だがもうその力は弱々しい。先程から続く連戦で消耗しているのは明らかだった。


「やめろ! アリス、こっちへ来い!」


「そうだよ! アリスだけが残るなんて――ッ!?」


 壁の隙間が少しずつ埋められていく。

 必死の形相を見せる仲間たちへ、アリスは最後に一言だけ伝えることにした。


「どうか……レクト教官へ伝言をお願いします」


 粛々と頭を下げ、アリスは願う。


「私は――ちゃんと約束を守りましたよ」


 その言葉を最後に、両者の間に立ち塞がる壁は完成し……アリスは完全に分断された。


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― 新着の感想 ―
[一言] いいね、この危機感。物語はこうして盛り上げないと。アリスが死ぬ展開はあり得ないし、死ぬ展開なんかしたら物語にならない。これから楽しみですね。
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