7話 昇格試験
ギルドから呼び出しを受けた俺は驚きを隠せなかった。
奥の部屋へと案内をされるとそこには以前冒険者同士の諍いを止めギルド内に冷ややかな恐怖を撒き散らした男の姿があった。
「初めまして、副ギルドマスターの碓氷です」
微笑みながら握手を求めるその姿は冷たい目で冒険者を蹂躙していたと誰にいっても信じられないだろう。
しかし、あの光景を見ていた立場としては笑顔の奥に潜む闇を垣間見たような気もしてゾッとしてしまう。
「今日お呼びしたのは、昇格試験について受領する意思があるかどうかをお聞きしたかったからです」
「……!?」
昇格試験はステータスが適性ランクに到達していなくても成功した依頼の質や数に応じてそのランクに見合うかどうかの確認試験がある。それはギルド職員と共に依頼を受け、そこで認められれば昇格することができるということだ。
そんな話が今、まさに自分に舞い込んできている。喜びよりも疑問の方が多い。なぜ自分なのか……
「皆月様は最近、固有能力を入手されていますよね、その際は珍しい固有能力ということもあり昇格させることはできなかったのですが、最近のご活躍は聞いていますし、幾人からの推薦もあったのでこの度は皆月様を昇格試験にという流れになりました。いかがでしょうか?」
幾人からの推薦……? 最近組んでいたパーティの皆が推薦してくれたんだろうか。それなら今度あった時にお礼をしておかないとな。
「……はい、お願いします」
俺は二つ返事で引き受けた。そもそも昇格のチャンスなんて願ってもないことだ。中級ダンジョンで危険な依頼ということを聞いても断る選択肢はなかった。
他に適切な依頼がなく、仕方なく中級ダンジョンになったようだが、むしろ今の俺は中級ダンジョンでありがたいと感じる。
「ではくれぐれもお気をつけください。最近これからという若者がダンジョンから帰ってこないということが多発しています。そしてついこの間、皆月様もその内の1人になりかけたことをお忘れなく」
何事も慣れてきた時が一番危険だとは昔から言われている。
特に俺にとっては初の中級ダンジョンなのだ、一層気を引き締めて掛からなければいけない。
§ § §
中級ダンジョン『ティクシリッドの迷宮』、モンスターの強さは中級ダンジョンの中でも低いとされるが迷宮と言われるだけあって広大かつ、迷路の様に入り組んだ道は冒険者達を迷わせる。
今回の依頼はそんな広大な迷宮のマッピング。ボスは討伐されているが、ダンジョン内には多少のモンスターが残っている。
とはいえCランクのリーダー、副リーダーを務めるのはDランクのギルド職員にEランクが5人、Fランクが2人、そしてGランクの俺の計10人の大隊でのマッピングはそれほど難しい依頼とはいえないだろう。
副ギルドマスターには再三危険な依頼と聞いていたが……10人とはいえ俺とFランクの2名が昇格試験を受ける上に俺に至っては最低ランクな訳だし、相当危険ではあるか。
パーティに合流するといつものアレが始まる。
「えっあれって最弱の荷物持ちだよな」
「なんで、昇格試験に来てるんだ」
「あの背負ってる武器の量はなんなんだよ」
今回は昇格試験、全力を出せるようになんとか武器を100本用意した。最近の収益も上がっていたこともありそれほど難しいことではなかったが、それよりも大きな出費はマジックバックだろう。良質なものに変え、容量は増えたもののそれでも入りきらなかった分がバックから飛び出てその様は滑稽に見えるだろう。
試験管を務める二人のDランクギルド職員も呆れ顔でこちらを見ている。
ただ顔見知りもいる……光哉が怪訝な表情を浮かべこちらへと近づいてくる。
「なんで、皆月さんがこんなに言われなきゃいけないんですか、俺やそこら辺のやつなんかよりもよっぽど強いのに」
「まぁまぁ、落ち着きなよ。それよりもあかねちゃんはどうしたの?」
俺のことを侮蔑する面々に今にも飛びかかりそうな光哉をなだめ話題を変える。
「聞いてくださいよー、あかねのやつ先に昇格したんですよ、おかしいですよ! あんな何も考えずに魔法ぶっ放してるだけなのに。まぁ、確かに攻撃範囲も広くて敵を多く倒してますけどね、まぁ、でもすぐに追いつきますから!!」
愚痴をこぼしてはいるが、あかねちゃんが昇格したのが嬉しいらしく、所々で自慢を入れてくるのはツンデレなのかなとも思いつつ、話を聞き流していると、ギルド職員から合図があり周りで談話していたメンバーも注目を向ける。
今回の依頼内容や道中における注意点など大まかな流れだけを説明するとダンジョンへ進むように手で促すと、冒険者達は続々と足を進めていく。その表情からは緊張などは見られずハイキングにでも向かうかの様な足取りを見せた。
実際に依頼はなんの問題もなく順調に進んでいっていた。
特に目を見張ったのは冒険者の一人の魔法だ。ほとんどがこの男のおかげといっても過言ではないだろう。
「すまんが頼む!!」
ギルド職員が声をかけるとその男は隊から少し前に歩み目を閉じ呟く。
「『反響定位』……フゥ、ここから先は結構な数のモンスターがいるみたいだ」
この魔法は音波を使用して地形やモンスターの位置などを把握する索敵魔法なのだが、正直なところ使用する冒険者は少ない。使用するのが難しいのと索敵範囲が狭い。
使用できるようになるまでに費やす時間とリターンの採算が取れないのだ。
ではなぜ今回のマッピングでここまで活躍することができたのか、単に男の努力がそこにあった。
男は冒険者になったはいいが戦闘に関する才能がお世辞にもあるとはいえずパーティを組んではいたもののお荷物状態だった。そんな時たまたま見つけたのが『反響定位』の魔法だ。パーティのためな少しでも何かの力になりたいと覚えた魔法だったが使ってみると元々の聴覚の良さも相まってダンジョン攻略において優れた効果を発揮していた。
今まではお荷物だったところがパーティからも頼りにされるようになり、この魔法を重点的に鍛錬するようになる。
これにより聴覚強化の固有能力を手に入れ、より精密で広範囲の索敵と探索を可能にした。
特に今回のようなマッピングでは重宝される魔法であった。
いや、マッピングだけではない、ダンジョンに潜る上でこれほど頼りになるスキルはないだろう。
無駄に迷うこともなく何よりもモンスターからの奇襲を受けることがなくなるのだ。
これがあればあの時ゴブリンに奇襲を仕掛けられることもなかったなと皆月は考えていた。
「いたぞ、まだこっちには気付いてないな、一気に攻めるぞ!!」
ギルド職員の声で速やかに展開し戦闘準備へと入る隊員達、その動きはダンジョンに入る前のリラックスした動きとは一線を画す。
「『雷弾』」
「『氷弾』」
「『炎弾』」
手で合図が出たのを確認し、遠距離攻撃を主とする魔法使い達が一斉に攻撃を仕掛けた。
各人が使用した魔法は『魔弾』と呼ばれる遠距離攻撃魔法の一種だ。ピンポン球サイズの弾を放つ魔法に属性を付与したもので遠距離攻撃魔法のなかでは最も簡単なものだ。
さらに上位の魔法を放てるはずの魔法使い達が威力を抑えた魔法を使うのには理由があった。
丁寧に処理をされていくモンスター達は数を減らして生き残るも3匹となっていた。
「後は狼が3匹か、丁度いいな後は任せた」
ギルド職員が呟くと共に目配せで冒険者に合図を出すと戦っていた冒険者たちは後ろへ下がる。
気づくと光哉ともう一人のFランク魔法使いに俺が先頭に立ち、他の冒険者は後ろに下がっていった。
そして狼型のモンスターは誘導される形でそれぞれと距離を開けていた。つまりはこれも試験の一つで一人で1匹を相手にしろということだろう。
先程まで簡単にモンスター達は倒されていたが正直な話で言うと俺たち3人には分が悪い。初級ダンジョンのモンスターとは訳が違うのだ。初の中級ダンジョンでここにくるまでにも戦闘はあったが参加はしていなかった。
それがいきなり1対1をさせられるとは思ってもいなかった。それは3人共が思っていたことだろう。それを証拠に横を見ると明らかに緊張が見て取れるが、横の人間にばかり構ってられない。目の前の狼に集中しなければ。
3人の中では俺が最も戦闘にならないと思われているだろう。なにせ俺は最低ランクのGなのだから。しかし、客観的に見て目の前の狼が俺を害せる程とは思えなかった。
事実、『武器と戯れる者』を使わなくも十分に立ち回れていた。狼の攻撃を躱し剣を当てる。狼の毛は思いの外硬く、剣の通りは悪かったが確実にダメージは出ている。倒せるのも時間の問題だろう。
それに対して光哉は苦戦を強いられていた。槍でのなぎ払いも突きも狼を捉えることができない。スピードについていけてないようだ。
この狼は素早い動きと仲間との連携で狩りをするらしいが、数を減されては連携力は発揮されず、スピードはそこそこにあるのでそこは注意しなければならない。
俺は剣を構え、襲ってきた狼に斬りかかる。
狼は避けた後、剣を口で咥え俺から奪い取り、剣を後ろへと捨て、また襲いかかってくる。
武器を狙うという多少の知恵はあるようだ。
「ふぅ、落ち着けば倒せない相手じゃないんだ…」
俺は自分に言い聞かせた。
次の剣をとり斬りかかる、また狼は避けて剣を咥えた。
「残念だったな、こっちには武器が大量にあるんだよ」
咥えられてる剣から手を離し、新たな剣を狼の腹部へ突き刺す。
剣を突き刺したまますぐにその剣から手を離しまた新しく剣をとって突き刺す。
それを数度繰り返すと狼を絶命した。
周りで見ていた冒険者達は揃って驚嘆をする。
「すごいな、ほんとに倒すとは思わなかった。」
「何かあれば、助けるつもりだったが、面白い戦闘方法だな」
「あれでGランクなのは計測ミスなんじゃないか?」
「おつかれ、凄かったよ!!」
称賛されることなんて今までなかったから少し照れながら、横を見ると2人はまだ戦っていて苦戦しているようだ。
光哉は槍を折られたらしく、半分になった槍を両手に戦闘を続けている。
厳しい展開だと思ったが見ているとそうでもないようだ。
槍が折られたことによって狼のスピードに対応できるようになったらしい。
ただ攻撃力は落ちて狼に致命傷を与えることはできない。
「ハァァァァァァ」
光哉は吠えながら両手の槍で狼を斬りつける。
そこには型などなく、その様はきれいとは言い難いものだが確実に狼に傷をつけていく。
致命傷ではないがそれが積み重なることにより狼の動きは徐々に鈍くなっていく。
時間はかかったものの狼はとうとう動けなくなり、光哉は最後の一差しを狼の喉元へと突き立てる。
「おつかれー、水でも飲んで休憩しときな」
「ハァハァ、ありがとう……ござい……ます」
戦闘後の光哉は満身創痍で肩で息をしていた。
戦闘をしていたもう1人も魔法で応戦しているが動きの速い狼を捉えられていない。
襲ってくる狼に魔法を撃とうと構えるが、途中で魔法が消えていく。
魔力切れを起こし飛びかかってきた狼の攻撃を無抵抗で受けそうになる。
「おいっ、ここまでだな」
リーダーの声が聞こえると狼とFランク魔法使いの間に盾を持った男が割って入り攻撃を受け止める。別の冒険者が魔法を放ち狼は倒された。
これだけで、昇格試験が失敗ということではないだろうが、どうなんだろうか……
2人はかなり落ち込んでるようだ。
光哉も倒せはしたがかなりの苦戦だった上に槍を折られている。
マッピングを続けている途中で冒険者の1人に問いかけられた。
「皆月くんが大量の武器を持ってる理由が分かったけど、他にもレアそうな武器を持ってるよね。さっきは使わなかったけど、というかこのダンジョンに入ってからまだ一度も使ってないけどなんでなの」
「お恥ずかしい話が、上手く扱えないんですよ」
俺はスキルのことを隠した、冒険者同士でも自分のスキルは大っぴらに公開はしたりしないし、それが珍しいスキルならなおさらだ。
「じゃあ、どうして持ってるの」
不思議そうに剣を見ながら質問してくる。
「お守りみたいなものですよ、以前死にかけた時に火事場の馬鹿力でたまたま使えたんで、いざという時にまた助けてもらえるかもと持ってるんですよ」
「へー、そうなんだ…」
迷宮もかなり進みそろそろマッピングも終わりに近づいてきた。
「分かれ道だな、頼む」
「『反響定位』、モンスターはいなさそうだな、先の方で繋がってるようだ」
「リーダー、モンスターもいないし、先で繋がってるなら効率的にいこうぜ」
副リーダーの男の提案で、二手に分かれて先で合流するとに決まった。
こちらは、リーダと光哉にEランクの冒険者2人で進むことになった。
進みはするがモンスターとも遭遇せずなんの問題もなく合流地点に着くが、向こうはまだついてないらしい。
少し待っていると、バタバタと走る足音が聞こえてくる。
服に大量の血をつけた1人が走ってきた。
「たっ、助けてくれっ、モンスター達が隠れてて襲われた。足止めしとくから、助けを読んでこいって……」
「よしっ、すぐに向かうぞ」
リーダーの声で全員が走り出した。
俺はあの日の出来事を思い出していた……