5話 鍛治工房『青江』
そこの外観はこじんまりとした雑貨屋のような趣だが、店内に入ると床から天井までピカピカに磨き上げられ、壁には様々な武器が飾られていた。
鍛治工房『青江』、この店の親方はSランク鍛治職人だ。職人気質な性格のためか多くの弟子などは取らず親方とその娘の二人で運営している。その娘も鍛治職人になるべく日夜鍛えられているらしい。
俺は昨日回収したアイテムの中でもあまり使い道がなさそうなものを売却し、装備を整えるために武器屋を訪れていた。
それは鑑定で分かったことだが名前の通り俺のスキルは武器が関係しているらしい。
そこでSランクの鍛治職人なら何か知ってるかもという期待もあってここにきた。
「鈴、親方はいる?」
「久しぶり柊夏、入院したって聞いたけど大丈夫なの?」
このショートカットでボーイッシュな女性は青江美鈴。俺と同じ高校に通っていた同期で高校卒業と同時に鍛治職人となるため父親に弟子入りをした。
「まぁ、なんとかね……」
「親父ならいるけど、なんの用なの?」
「大量の武器を手に入れてさっ!!」
ダンジョンで手に入れた数々の武器や道具を乱雑に広げる。
「へぇー随分とたくさん持ってきたんだね!!」
「ガハハハっ、確かに量は多いが大したもんはねぇなぁ、これで全部か? 他にもあるんだったら出し惜しみせずに全部出せよ」
奥の部屋から大男が笑いながら出てきた。その風貌は歴戦の冒険者と言われても納得してしまうような迫力を持っている。
「ハハっ、親方には勝てないですね。いくつか目ぼしいものもありますよ」
Sランク鍛治師青江鉄心。
鈴と同じ学校に通っていたこともあって、冒険者成り立ての頃からお世話になっており、親方と呼んでいる。もちろん親方の作ったものではなく、鈴の練習として作ったものを安く売ってもらっている。
俺は出していなかった武器を机の上に出す。
ランクDの大剣に長槍、これらは特に能力もなく少し切れ味がいい程度のモノだが、もう一つはランクCの炎剣で剣に術式が付与されていて弱い炎魔法を使うことができる。
しかしこういった類いの魔法アイテムは魔法と同じように適性があり、適正があるとないとではその効力に雲泥の差が出てしまう。
ただし、強すぎるアイテムはそれなりの実力がなければ使用者に対して害を及ぼすことがある。
「Cランクの炎剣とは初級ダンジョンではなかなかの掘り出し物じゃないか!! どこぞの金持ちのボンボンが使えもしねぇ武器で強くなった気にでもなって殺られたか、だが坊主もからっきし適性がなくて使えねぇだろ。ウチで売るってことならもっといいところを紹介してやるよ!!」
「いえ、これは持っておこうかなと思います」
「じゃあ、ウチに何しにきたってんだよ?」
「もう一つありまして、こちらです」
名前:『黒紅』
武器種:ナイフ
ランク:???
??????
「名前と武器種は俺の鑑定でも分かったんですが、ランクと能力が分からなくて、親方の鑑定なら分かるんじゃないかと思って持ってきました」
「これは俺でも分かんねぇわな、鑑定のレベルの問題じゃなくてこの武器は封印されてんのよ。だから見えないってこったな」
「封印?」
「ウチにも見せてよ……ホントだ封印されてるね。『???』って出るのは封印されてるってことよ」
「どうやったら封印が解放されるかは俺でも分かんねえな」
「なにか方法はないんですか?」
「今の技術で意図的に封印することは普通じゃありえねぇ。どうやったら封印されるかも分かってねぇ。自然現象みたいなもんだと思って諦めるしかないな。それか、適当にいろいろ試してみるかだな」
「そうですか……ありがとうございます。それと10本ほどナイフを見繕って欲しいんですけど、大丈夫ですか?」
「10本って結構な数だな、何に使うんだ?」
「スキルの実験に使います」
「坊主もとうとう手に入れたのかい、ここで試していくかい?」
「へぇー、やるじゃん!! 奥から持ってくるよ」
本来はスキルなどの情報は秘密にしておくものだが、昔からお世話にもなっていて信頼しているし、そもそもが何も分かってないスキルを隠しても仕方がない。
「鍛冶師としては『武器と戯れる者』なんて言われると気になるな、楽しみだ!!」
「ウチもついていくっ!!」
「お前は店番しとけ」
「ケチーー」
店の離れに武器の試しに使うちょっと広い空間がある。そこには木で作られた的があり、格安のナイフを選んだ時もここで試させてもらったことがある。
「まずは能力を使わずに的に切り込んでくれ」
「相変わらずだなぁ、それでよく冒険者稼業やっていけるな」
「なんとかしがみついてます」
「次は能力を発動してくれ」
「『武器と戯れる者』発動!!」
「どんな感じだ?」
「頭の中にタイマーとカウンターが浮かんできてます」
Time:10:00 count:0
試しに的を切ってみると威力は先ほどと変わりはないが、カウンターに変化が現れた。
Time:09:28 count:1
その後も的を斬りつけてはみるが、カウンターに変化はない。
「まぁ、だいたい予想通りだわなぁ。別のナイフも試してみてくれ」
「はい!!」
そこからは親方に一日中ついてもらい能力を検証した結果、色々なことが分かった。
一人ではここまでの成果を出すことはとてもではないができなかっただろう。
§ § §
幼少の頃、父の仕事場に遊びに入ったことがある。
そこは鍛治工房で凄まじい熱気の中、一心不乱に刀と向き合う父の姿があった。
卓越した技術で打たれていく刀は芸術と言っても良いほどに美しかった。
その時は知らなかったが卓越した技術は当然のことだろう。父はSランクの鍛治師として名を知られていたのだ。
高校を卒業する際、多くの友達が進学を選択する中、自分にはこの道しかないと確信していた。
父には強く反対されたが粘りに粘って弟子入りを果たす。
未だに見習いということでまともに武器を作らせてはくれないが、充実した毎日を送っている。
「美鈴ーー、あの坊主の能力どう思う?」
「柊夏のこと? 面白いとは思ったけど、あいつとは相性が良くない気がするな、身体能力高くないし……」
他意はない。だってそうだろう、どんなに優れた武器を持っても本人が最弱では宝の持ち腐れにしかならない。
あんな能力では武器が持てるというスタートラインに立つことしかできない。それが純粋な私見だった。
しかし、自分と同じく進学以外の道を選んだ幼なじみが苦労をしているのは知っていた。できることなら成功してほしいし、助けてやりたい気持ちはあるもののどうすることもできない。
「まぁ、普通はそう思うわな」
「なんか知ってんの?」
「なんも知らん!! だが、意味もなく固有能力は発現しない」
「ふーん、そういうもんかなぁ」
「多分なっ、まぁ坊主の武器、お前が作ってやれ」
「えっ、まじっ!? 作っていいの?」
「あぁ、お前もそろそろだろう。その代わり全力で作れ、サポートはしてやる」
§
洞窟の中で火傷を負った男が1人倒れていた。
「うぅ、ここは……!? ダメだ、身体中が焼けるように痛い……」
気を失っていた男は目を覚まし口を開くがその言葉は他に人間がいても聞き取ることはできなかっただろう。
それは火傷による脱水症状に疲労、空腹と様々な悪条件もあって口を満足に動かすことすらできない。
男は指ひとつ動かない現状を理解し絶望する。
このまま洞窟の中で孤独に餓死するのか、それともモンスターに殺されるか男に選択権はなかった。
できることといえば頭の中で過去を思い返すだけ……