3話 絶体絶命
絶体絶命で最悪の状況……
ゴブリンリーダーを筆頭にゴブリン数匹に囲まれている。さらに落下した時の衝撃であばらが折れたかもしれない、息をするたびに激痛が脇腹を走る。
しかも持っていたナイフも折れて使い物にならない。
いや、最悪の状況と決めつけるのは早計かもしれない……
この部屋は出入口が3箇所ある。これなら逃げ切れる可能性もある。
他のゴブリンは後藤さん達を追っているのか、ゴブリンの数も6匹とさっきの部屋に比べるとかなり少なく思える。
しかし、不思議なのはゴブリン達がこちらを警戒して襲ってくる気配がない。
俺相手に何を警戒しているのか……
知性がある分、警戒心が強いということなのか、こちらとしては一気に襲い掛かられるとひとたまりもないため、助かっている。
ただ、いつ襲い掛かかってくるか分からないし、他のゴブリンが集まってくるかもしれない。いつまでも眺め合っている訳にはいかない。
俺はゆっくりとバッグに手を入れると、ゴブリン達はさらに警戒して距離を少し取る。
回復薬を取り出し、飲むことができた。
回復薬といっても、底辺冒険者が持っているものなんて、たかが知れている。
少し傷口を塞いで痛み止めになる程度のものだが、飲まないよりはマシだ。
痺れを切らしたゴブリン達がじりじりと距離を詰めてくる。
俺は回復薬の入っていた瓶を投げつけ、ゴブリンを背にして走り出す。
瓶を投げた程度じゃ時間稼ぎにもならない。
それどころか、怒らせてしまったようで、ものすごい勢いで追ってきている。
部屋の出入口は3箇所、正面の出入口はゴブリン達が入ってきた所で塞がれている。
残すは後方にあった二つだが、行き止まりだったらそこで終わる……自分の勘を信じるしかないーー
俺は右を選択し、走りだすと細長い通路が続いていて、奥にはまた別の部屋が見えた。
通路を抜けて、部屋へ入るとそこには冒険者達から奪ったであろう、武器や道具が乱雑に広がっていた。
痛みのせいでスピードが出せずに、すぐに追いつかれ、その部屋で追い込まれてしまった。
しかし、先程までとは違いここには大量の武器がある。
地面に転がる武器の中で自分にも扱えそうな小ぶりの剣を拾い、近づいてきたゴブリンに剣を突き刺す。
1匹は倒すことができたが、それと同時にもう1匹のゴブリンに横腹を切られてしまった。
切られた傷はそれほど深くはないが、落下時のダメージも合わせると、そこそこのダメージで油断をすると意識を失いそうになる……
どんなに泥臭くても何としても生き延びる、その一心で俺はそこらへんに散らばる武器や道具を無我夢中で投げまくる。
しかし、多少の時間稼ぎはできてもゴブリンにダメージはない。そもそも、武器を投げてもまともに当たらない、その上ここにある武器はどれも低ランクの武器だ。
当然といえば当然か、ここは初心者御用達のダンジョンでそんな冒険者がいい武器を持ってるはずもない。
先程まで警戒していたゴブリン達はお互いに顔を合わせ、不敵の笑みを浮かばせた。
俺が警戒するに値しない格下だと認識したのだろう。ゴブリンリーダーが口を開いた。
「ギガッ……ヨ…ヨグ…ミルド……マリョグ…ガンジナイ……ヨワ…イ…ギガガ……イゲッ」
ゴブリンリーダーの指示でゴブリン達が一気に襲ってこようとしていたその時、状況が変わる。
たまたま投げた道具袋が軽く爆発して袋が燃え落ちる。中に火炎瓶でも入っていたのだろう。
しかし、軽い爆発にも関わらずゴブリン達はかなり動揺している。
これを機にと近くに落ちていた、ボロボロのナイフを拾い俺はまた走り出した。
なんとか元の通路へ戻ることができ、地下8回層へ続く階段が見えた。
ゴブリン達も追ってはきているが距離は十分にある。後は地上まで走り続ければ逃げ切れる!!
このダンジョンに入ってからは走ってばかりだな…後藤さん達は逃げ切れたのかな……
俺が生きて帰ると……驚くかもしれないな……
体の力が抜けていき、意識が遠のいていく……
もう少し……だったのに……
遠のいていく意識の中で微かに目に映ったのは男女2人ずつの4人の冒険者が階段から降りてくるところだった…………
「炎魔法『炎の槍』」
槍の形をした炎はゴブリンリーダーを貫き、燃え広がり周りにいたゴブリンもゴブリンリーダー共々、一瞬で消し炭と化した。
「よし、とりあえずはゴブリンリーダーの群れは処理できたが怪我が酷いな、回復をしてやってくれ!!」
「はいっ、任せてください『癒しの光』」
「2人は最下層に向かい、無理をしない程度にもう1人の探索とゴブリンの処理を頼む」
「いくぞっ!!」
「はーい、行ってきまーす!!」
長髪の女性が手をかざすと、暖かい光に包まれていく。そこで俺は完全に意識を失った。
「気を失いましたが、とりあえずは大丈夫だと思います。でも応急処置なのでギルドで本格的な治療を行ったほうがいいですね」
「リーダーこっちも終わったよー」
「どうだった?」
「ゴブリンがうじゃうじゃいたから殲滅したけど、もう1人は見つからなかったよ」
「ゴブリン達が無理に穴を掘ったせいなのか崩れているところもあり、捜索は難しかった」
「そうか…残念だが……この子のこともあるし、地上へ戻ろう」
「この子はあの人達が言ってた子?」
「特徴も一致するし、恐らくそうだろう」
§ § §
病院に運ばれた俺が目を覚ましたのは3日後だった。
目を覚ましたと聞いたのか、後藤さん達3人がお見舞いに来てくれた。
後藤さんは来て早々に頭を深々と下げた。
「本当に申し訳なかった。こんなことになったのは全て俺の責任だ」
後藤さんに続いて、後ろの2人も深々と頭を下げる。
「あの状況なら誰でも、あぁしますよ。何があっても走り続けるって約束だったじゃないですか。それに……俺も不知火を見捨てました……」
病室を沈黙が襲い、時計の針の音だけが響く。後藤さんは顔色を変えなかったが、後ろの2人は表情を曇らせていた。
「そういえば、俺を助けてくれた冒険者はどんな人達だったんですか?」
「あぁ、そうだな。あの後……」
後藤さんはあの日の事の顛末を詳しく教えてくれた。
ダンジョンから出てすぐにギルドへ連絡を入れた。
「すみません、ゴブリンの大群に襲われ依頼は失敗。2名がダンジョンに取り残されています。応援をお願いします」
「分かりました、手の空いている冒険者をすぐに向かわせます。逃げれた方で怪我を負っている方はいますか?」
「今のところは大丈夫だが、念のためヒーラーもお願いします」
ものの10分程で冒険者は駆けつけてくれた。
「こっちです。2名取り残されているんです」
「何をやっているんですか、あなたも大怪我じゃないですか!? すぐに治療を受けて下さい」
「俺も案内を……」
「その怪我では、足手まといにしかならないですよ」
「くっ……分かりました。よろしくお願いします」
救助に来てくれたのは、Bランクパーティ『炎の獅子』だった。
『炎の獅子』は男女2人ずつの4人で構成されていて、全員がBランク冒険者だ。
リーダーである、獅子野勇人の得意な炎魔法『火炎獅子』からパーティー名がつけられたらしい。
「Bランクパーティの手が空いていてラッキーだった。そうでなければ手遅れになっていたかもしれない。皆月くんを一旦地上に運んだ後に不知火くんを捜索してもらったが、ダンジョンで崩落が起きていて、不知火くんは発見できていない」
「そうですか……」
「あぁ、不知火くんにも本当に申し訳ないことをしたと思っている。今も捜索活動はしていて死体は見つかっていないからまだ生きてる可能性はある。とりあえず今は自分の体の心配をしておけ」
ことの顛末を聞いた後は、3人と他愛もない話を軽く続けていた。
あの出来事を忘れたかったのかもしれない。しかし、全員どことなく暗い雰囲気を醸し出し、心ここにあらずといった空気だった。
3人が去った後に医師が病室へと入ってきた。
医師から体調についてや俺の体の今の状態などを聞いていると衝撃的なことを耳にする。
「お仲間がこんな状況でいうのもなんですが一応、報告の義務があるので報告します。恐らく今回の一件が原因で皆月様は固有能力を手に入れたと思われます。あくまで診断の一種として鑑定しただけなので詳細については自己鑑定をなさるか、ギルドで鑑定を受けてください」
固有能力とはオリジナルの魔法のようなもので、生まれついての才能として先天的に持っていたり、親の固有能力を引き継いでいる場合もある。
経験などによって後天的に身につくこともあり、例えば剣士が後天的に固有能力を手に入れると剣に関する能力である可能性が高い。
極度の集中状態で経験を積めばなんらかしらの固有能力が手に入る可能性が高いと言われている。
特にあの日のように死が身近にあるような環境だとさらに可能性は上がる。
しかし、それは長く冒険者をやっていても身につかない時は身につかない。
普段なら大喜びで病院内を駆け回るほどかもしれない。
しかし、不知火が見つからない今の状況では喜べるはずもなく、なんとも複雑な気持ちである。
一応、医師の言っていた自己鑑定を試してみる。
自己鑑定は個人の力によって見え方が変わるらしく、凄い人になるとステータスが数値化されて見えたりもするらしい。
正直、俺は魔法が苦手で自己鑑定をしても最低限のことしか分からないが、俺の自己鑑定で固有能力の有無が分かるのだろうか?
皆月柊夏
生命力:G 筋力:G 速度:G 魔力:G
使用魔法:身体強化、自己鑑定、武器強化
固有能力:武器と戯れる者
相変わらず、身体能力と魔力はオールGで使用魔法も変わりないが医師の言う通り見たことないスキルが増えている。
「確かに、見たこともないスキルがありました」
「やはりそうでしたか、丁度ギルドの方がいらっしゃってるので話を聞いてみるといいかもしれません」
医師と入れ替わるようにギルド職員が病室へと入っくる。
「皆月さま、ご回復おめでとうございます」
「あっ、ありがとうございます」
そういうとギルド職員は事情聴取を始め、俺は記憶にある限りのことを話す。
「概ね、間違いないようですね、それとスキルのこと聞きました。また後日でいいので鑑定を受けにギルドまで足を運んでください」
「分かりました、あの……不知火の捜索状況はどうなってるんですか」
「それについては残念なお知らせになりますが、本日付で捜索が打ち切られます」
「えっ、そんな、どうしてですか? まだ見つかってないんですよね」
「ダンジョンのモンスターを一掃し3日間捜索しましたが見つかりませんでした。これ以上、人手を割くわけにもいかないんですよ。それに冒険者としてダンジョンに行くことがどういうことか冒険者歴の長い皆月さんなら分かりますよね」
本来であれば捜索がされることすら珍しい中で3日間も捜索活動が続けられたのは奇跡に近い。
「それは……そうですが……あのダンジョンはゴブリンの掘った抜け穴も沢山あってもしかしたらそこにいるのかも……」
「抜け穴に関しても報告を受けできる限りは捜索しました」
冒険者はダンジョン内において、基本的にその全てが自己責任となり、自己防衛を基本とする。
これは冒険者のルールでもある。
だからといって、はいそうですかと納得のできるものでもない。
俺はある行動に出ることにした。