29話 葵と朔
「久しぶりだな、それほど経ってないのに懐かしく感じるよ」
喋りかけても理解するはずもないか、相手はモンスターで雷猿だ。最近は理解のあるモンスターとも接していたから話しかければ何かあるかもと思ったけど、そんな簡単な話じゃないか。
それに、満身創痍で話を聞く余裕もないか。
以前、苦戦していた雷猿の影はそこにはなく、ただの武器のお試し相手にも少し役不足に感じる。
小猿どもを20匹以上狩って、残すはこいつだけ。『青江松風』はかなりの性能になっている。撃つと面白いように相手に当たる。
特段意識していなくても勝手に照準があっているような感覚だ。
これは新しくついた機能というか特性なのだが、探知魔法のように周囲の空気を感じ取ることができるようになった。
「雷猿、砂埃を巻き上げて隠れようとも『青江松風』の探知の前では無駄だよ」
砂埃の中、的確に雷猿の胸を撃ち抜く。砂埃が止み、雷猿を見ると腕ごと貫通している。威力に関しても段違いに上がっている。
森へと進み、一夜を過ごした洞窟へとやってきた。洞窟には誰もいない、今は留守ということか。
持ってきた、果物や木の実を置いていく。モンスターにこんなことしていいのか分からないが助けてもらった恩を返さないのはどうにも気になるのでお礼にきた。
しかし、待つつもりなどはない、これで帰る。あの時の熊や猫にも他のモンスターとの関係性はあるだろう。それを考えれば人間と仲良くはしないほうがいい。いずれは殺し合うのかもしれない、これできれいさっぱりおあいこにする。
それに今日は面倒な予定が入ってる。
家に帰宅して準備をする。
あー、服は適当にカジュアルなのでいいか。
昼過ぎの14時待ち合わせ30分前に集合場所へ到着すると2人はすぐ後にやってきた。
「おーい、兄貴元気だったか?」
「兄様、お久しぶりです」
ツインテールにつり目の鋭い目つきをしていて兄貴と呼んでくるのは高校2年の妹、皆月葵。
短髪ボーイッシュで垂れ目に大人しそうな雰囲気を醸し出して兄様と呼んでくるのが中学3年の妹、皆月朔だ。
前々から遊びに来るとはいってたが本当に来るとは思わなかった。
「さぁ、観光案内してくれたまえ!!」
葵は俺の手を引っ張って進んでいく。その後ろを腕の裾を掴んで朔がついてくる。
いつもの兄妹の光景だ。
東京は世界でもトップクラスに魔法技術が発達している。それは乗り物や建物、店に置いてある品物、俺にとっては見慣れたものでも2人には新鮮らしく目を輝かせている。
何箇所か観光名物と言われるところへ赴き、心も体もヘトヘトになっても、まだまだ連れ回される。
辿り着いたのはアマンバードカンパニーストア、葵も朔も武器を見て今日一番の興奮を見せている。
それもそのはず、今見ているのは世界でも流行っている魔法競技の武器なのだ。
学校でも部活があるほどに学生に人気があり、プロまで存在する。
そしてその競技を作ったのがこのアマンバードカンパニーなのだ。
このストアは本社店で品数も最多の上、最新のものがいち早く並ぶ。
妹たちが武器に熱中してるのを横目にブラブラしていると聞き覚えのある声。
「あれ、皆月さん!?」
それは光月さんだった。
「むっ!? 朔、もしかしてもしかして兄貴の……」
「姉さん、私もビンビンと感じてます、兄様の……」
『女だ!!』
2人は口を揃えて光月さんに向かってなんとも失礼なことを言い放った。
「えっと……」
光月さんも戸惑っている。
「こら!! 2人ともこの人は俺がギルドで凄くお世話になってる人で光月さんだ、挨拶しなさい」
「妹の葵です。よろしくお願いします」
「同じく妹の朔と申します。よろしくお願いします」
「光月由香です。よろしくお願いします」
2人は挨拶を済ませるとじっと見て驚きの発言をする。
「由香さんはこの後お暇ですか、よかったらご飯なんて一緒にどうでしょうか?」
「用事も済ませてこの後はないので大丈夫ですが、いいんですか? 折角の家族団欒なのに……」
「えぇ、もちろん大丈夫です。色々と聞きたいこともあるので……」
「そうですね姉さん、聞かないといけないことがありますね」
全く……光月さんは2人に押しに押され、結局夜ご飯を一緒にすることになった。
光月さんがくるなんて思ってなかったから、予約してた店は割と普通のお店で1人増えても大丈夫なようだ。
それでも妹2人は興奮して、こんな高級なお店いいのと聞いてくる。
「大丈夫だから好きなものを頼んでいいよ」
といっても遠慮してるのか中々頼まなかったので俺と光月さんで適当に注文してそこからつまんでもらうスタイルにした。
食事も進みそろそろお開きかなという頃合いに葵がこちらを見てる。
「ちょっと兄貴は席を外してよ」
「はっ!? お前また光月さんに失礼なことを」
「いいから、女性同士で話すことがあんの!!」
「そうだよ兄様、大事な話なんだから」
俺はのけものにされてしまった。
§
葵も朔も真剣な眼差しを光月に向ける。
「由香さんに単刀直入に聞きます、兄貴は冒険者としてやっていけてますか?」
光月は少し予想外の質問に驚きを隠せない。そして何故か朔も驚いている。
「えっ、そういう系ですね……アハハ……」
朔は笑ってごまかす。
「今日の兄貴の顔を見て何となくだけど安心はしました。前までは見てるのも辛かったから……でも心配なんですよ、私達を進学させるために無理してお金を稼いでるのが……それに知ってるんですよ兄貴の異名のことも……」
「確かに昔は無理してたかもしれません。でも今はギルドでも有数の実力者です。彼に助けられた方だって何人もいます!!」
光月は力強くはっきりと事実を伝える。
「そうですか、分かりました。兄貴も楽しそうだしよかったです。ところで兄貴との関係は? どこまでの仲なんですか?」
「そうですよ、あんなことや、こんなことも……きゃわわわーー」
朔は待ってましたと言わんばかりに興奮する。
「ちょっともう少し静かに……」
葵が止めるも時既に遅し、朔が大声を出したせいで注目を集めるテーブルになってしまった。
3人は顔を赤らめて小さくしぼむ。
「今はまだ何もないですけど……いずれは……」
光月は小さく呟いたのが聞こえたのか葵は笑顔を見せる。
「兄貴呼んで早く帰りましょう」
逃げるようにレストランを後にする4人だが皆月はなんのことか分かっていない。
魔導列車の改札口まで見送る。
「兄様、由香さん今日はありがとうございました」
「じゃあね兄貴、たまには帰ってこいよ母さんが心配してるから」
「あぁ、そのうち顔見せに帰るよ!!」
「由香さん、進展があったら連絡下さいね」
葵が光月の耳元で囁くと光月は顔を赤らめる。
皆月はまたもや何のことか分かっていない。
「光月さん今日はすみませんでした。突然こんなことに付き合わせてしまって」
「いえいえ、こちらこそご馳走して頂いて、それに楽しかったですよ」
「じゃあ、帰りましょうか」
2人は月の下ゆっくりとした歩みで街を歩いていく。




