22話 黒き暴走
目の前で知り合いが黒い魔力か何かに覆われている。
対面する相手も影に覆われているが、あそこまで禍々しくはない。
モンスターであるはずの影法師よりも禍々しい魔力を放っているのは皆月柊夏。
数年間、最低ランクで燻っており、『最弱の荷物持ち』と呼ばれていた青年は前にあったときも思いの外、戦えるなという印象程度だったがそれが今はどうだろう。
護衛のリュウに皆月さんは強くなっているとギルドで噂になっていると言った。
確かに噂はあったし嘘ではないと思っていたが、目の前で繰り広げられる戦闘は噂が可愛く思えるほど熾烈を極めるものだった。
まず戦闘開始直後はお互いに様々な武器を巧みに活かした立ち回りが目立った。
その時点でも皆月さんが相当に強くなってるのは分かったが、それでも影法師の方が一枚上手で徐々に皆月さんが押され始めもうダメだと思った時に影法師から止めの一撃が放たれた。
しかし、皆月さんはその一撃を見事に防いでそこから人が変わったような禍々しい魔力を放ち、今では影法師を圧倒している。
影法師は刀を折られてからかなりの魔力を注ぎ込んで刀を生成した。
序盤の立ち回りでは武器を数種類にわたり使っていたが、今では影法師は刀、皆月さんは短刀で打ち合いを続けている。
「お嬢、俺の見立てが間違ってました。あの小僧、相当にやばいですぜ」
「あんなに魔力を放出して大丈夫なのかな」
青井は表情を曇らせ、斎藤は心配を漏らす。
§
はぁーぁ、面倒なこと引き受けちまったな。
皆月前にした影法師は後悔していた。
大旦那には後で文句を言ってやりたい気分だ。本当は未熟なガキの相手をして軽くあしらえばそれだけで良かったはずが、実際はどうだ? 目の前のガキは人が変わったように動きが変わり防戦一方になってる。
自慢の刀が一本折られて、しまいにはもう一本も折られかけてる。
あの魔力は相当にやばいしろもんだな。斬りつけられた箇所が脆くなってる。
腐食か崩壊か、何にせよ呪術系の真っ黒な魔力だ。刀が折られないように魔力を流して修復もしてるが、そんなことしてるもんだからゴリゴリなら魔力が削られていく。
あのレベルの相手を殺しなしでしかも力を抑えて戦わなきゃいけないなんて、気が遠くなりそうだよ。
影法師は短刀を受けながら指示を待っていると念願の指示が飛んでくる。
「なかなか厳しそうですね」
「旦那待ってたぜ、あのガキがあんなにやるとは聞いてなかったぜ」
「私も驚いているところですよ」
「大旦那に言ってもう少しギャラよくしてもらわねーと」
「その前に彼女を通せたらですがね」
「姉御にですか!? それは恐れ多いな……ところで、これはいつまで続けりゃいいんだ、さすがに厳しいぜ」
「もういいですよ、開放して終わらせてください」
「はいよ!!」
影法師の魔力が一気に高まり姿が消えた。そう思わせるほどの速度で皆月の前にあらわれ、右手の掌底を顔にぶち込みそのまま地面へ倒す。
皆月は気絶したのかドス黒い魔力が消えていく。
§
気づいた時にはベットで横になっていた。
すぐに負けたのだと悟る。
「目を覚ましたか?」
扉を開けて入ってきたのは社長秘書のリーナさんだった。
「あの……ここは?」
「休憩室じゃ、斎藤の小娘とその腰巾着ならさっさと帰らせたぞ」
「えっと……」
「これが素じゃ、いつもは社長秘書ということで、猫をかぶっとる」
驚いた顔を見せる俺にリーナさんはあっけらかんと答える。
「そうなんですね……」
正直、あまり触れない方がいい気がする。
「それよりもお主、随分と暴れたそうだな」
「あれは……なんというか」
「大体のネタは割れとる。強くなりたいんじゃろ」
「はい、なりたいです」
「そこらの有象無象ならその力を使うのは危険だと注意するだろうがワシは違う、むしろ使い慣れろ、そうすれば強くなれる」
「でもあれは本当に危険で、使ってる間も何がなんだか分からなくて」
「セツラ、週一で稽古をつけてやれ、主ならお手のもんじゃろ」
「了解いたしました。リーナ様」
執事のセツラは恭しくリーナさんへと一礼するがそのやり取りはどう考えても社長秘書への対応ではない。
そしていつの間にか週一の稽古が勝手に組まれてしまった。
「とはいえ、まずは休息じゃろうな、まともに動けんじゃろ」
リーナさんの言う通りでベッドから降りて帰ろうとするも足を踏み出す度に全身の筋肉に骨が軋む。
「社長にもお礼をしていきたいんですけど」
「今は取り込み中じゃから伝えておいてやろう」
そこからほぼ1週間まるまるは動けず、気づけば約束の稽古の日がやってきた。
今回は待合室に通されそこにいたのはソファにかけるリーナさんと後ろに控えるセツラさんだった。
「そんなに緊張するな、まずはお主のその希有な能力について教えてやろうと思ってな」
「知ってるんですか!?」
ギルドでも何かよく分からない能力のはずだったのに……
「まぁ、大まかにじゃがな、お主は契約した武器からステータスを一部受け取っておるじゃろ」
知ってると言うのはハッタリではないらしい。鑑定しても分からない部分をドンピシャで当てられた。
「そうです……」
「そんなに疑うな、お主に似た能力者を知ってるだけじゃ、話を戻すが武器の性質によって魔力も貰えるはずなのにお主は全く使いこなせていないとか、それに関しては前にも言ったが使い慣れれば問題ないはずじゃ、しかし、いきなり全開でやると体が壊れてしまう。徐々に徐々に体に慣れさせるんじゃ、その訓練を今からラセツにつけてもらえ」
いきなり言われても全く話についていけない。
「ではいきましょう」
半ば強制的にセツラさんに連れてこられたのは前回くぐったゲートだ。
闘技場へ向かうと皇帝はいないがあの時の5人は揃っている。
俺の相手をした影法師が声をかけてきた。
「旦那ー、いつでもやれますぜ」
「グルだったんですか?」
「グルというのは些か誤解を招くお言葉ですが、協力関係にはあります。別に珍しいものでもないはずですが」
訓練は唐突に始まり、そして俺には訓練というよりは拷問に近かった。
武器と戯れる者を発動させずに黒紅を使うというもので、脳へ負の感情が押し寄せ頭が割れるように痛い。気分も悪く吐き気を催す。
しかもその状態で戦闘をするのだが集中なんてできるはずもない。
案の定5人それぞれにボコボコにされて、最後にやっと武器と戯れる者を発動させてカウントをためて黒紅を使う許可をもらう。
前回のような100%ではなく抑えて抑えているが、流れてこない。
ちょっと流そうとすると90%近く流れ込んできた。
そして気絶させられ、また1週間動けなくなり訓練がやってくる。
そんな生活を2ヶ月ほど送ると慣れてもくる。
黒紅から流れてくる魔力のコントロールも多少はマシになり、仮に100%流しても1週間も体が動かないなんてことはなくなり、慣れてきた頃、訓練が追加された。それは闘技場での訓練だけではなく一般のダンジョンに潜って能力を使用するというもの。
それだけだが正直恐ろしい、暴走してしまったらどうしようもない上にその後動けなくなるんだから。
ここでは動けない間に攻撃されることはないが通常のダンジョンならいい餌にしかならない。
§
影法師達6人はソファに座り、紅茶を嗜む。
しかし、今は戦闘時のように影は纏っておらず姿もはっきりしている。
「大旦那はどこであんなの拾ってきたんかね、レヴィアなんてもうすぐ勝てなくなるんじゃないか」
刀を扱い最も皆月と戦闘しているアマイはこの中で皆月を最も評価していた。
「ハァ、本気出していいんだったらワタシがやられるわけないでしょ。大体、直接的な戦闘なんて好みじゃないし、先にやられるならファシルの方でしょ」
唯一の女性であるレヴィアはアマイへ反論する。
「なっなにを、私が負けるわけないだろ、多分……」
闘技場では皇帝として君臨していたはずの男が嘘のように弱気を見せる。
「そもそもどうして僕らがこんなことやんないといけないのさ」
「我らが主のご命令だからさ」
ゲームをしながらダルそうに問いを投げかけたフェゴールにザダンは答え、アマイもそれにかぶせる。
「そうそう、それに払いもいいからな」
「本当にあんたって守銭奴ね」
「ねぇねぇ、そのケーキ食べないんだったら貰ってもいい?」
ほとんど話に参加せずに食べてばかりのベルゼはケーキに手をつけていないレヴィアを羨望の眼差しで見つめる。
「いいわよ、どうぞ食べて。アスはまた仕事に行ってるの? 私もお守りじゃなくて向こうに行けばよかった」
仲の悪そうな影法師達の会話は意外と夜更まで続いた。




