2話 ガラント洞窟
2話 ゴブリンの罠
『ガラント洞窟』は全10階層で構成されていて、スライム、スケルトン、ゴブリンとモンスターの中でも最弱TOP3といわれているモンスターしか出ない。
洞窟内は光苔という植物が大量に生えている。この光苔は名前の通り、光を発する苔でこいつのお陰で一定の明るさが確保されている。難易度の低いダンジョンでは大体この光苔が生えている。
夜目が効かないモンスターのためにダンジョンが生み出している説が有力だ。
そもそもダンジョンとはなんなのか。
突如として現れ、モンスターを出現させるその空間は魔力が満ちており、別世界が広がっている。
ダンジョンについては詳しいことは分かっていない。なぜ急に出現したのか、なぜモンスターを出現させるのか、多くの謎を残している。
光苔に照らされた道を進んでいるとモンスターと遭遇する。
俺は何度もこのダンジョンに潜り、浅い階層のモンスターなら何とか1人で倒すことができる。
それでも2体以上を相手にするとなると難しくなる。
人間サイズのスライムは見る角度によって色が変わる玉虫色のゼリー状のモンスターで体の中心に魔石がある。
そこを狙えば倒せるが液状とはいっても俺の力では見た目ほど簡単にはいかず魔石に届く前にナイフが止まってしまう。
さらにスライムの体は酸性で長時間体に触れるのはよくない。
とはいってもこのダンジョンのスライムはそこまで警戒するほどのことではない。
まずは体の端から削っていく。削られた体は地面に飛び散って本体は小さくなっていく。最後は魔石を引きちぎればスライムの体は崩れていく。
隣を見ると斎藤さんもスライムを相手にしていてレイピアを使って戦闘している。性格無比な攻撃は的確にスライムの急所である魔石を貫いて次々に倒していく。
俺が1匹倒す間に3匹以上を倒す。
「すみません、そうやってやると魔石を回収できるんですね」
斎藤さんは何を勘違いしたのか俺がわざわざ魔石を回収するためにこんな面倒な戦闘をしてると思ったらしい。
正直、こんな初級ダンジョンのモンスターの魔石なんてそれほどの価値はない。
俺だって簡単に倒せるならそうしたいくらいだ。
スケルトンは知能がなく、単純な行動しか取らないので攻撃を避けるのは簡単だ。
体は骨でできていていかにも脆そうだが意外と硬く、俺の力では砕くことはできない。
比較的柔らかい関節を攻撃して地道に砕く、一定以上体を壊すとスケルトンは崩れて魔石を残す。
真木はそこそこの重量があるであろう大剣を軽々と振り回す。しかし、それは単純な腕力だけではなく遠心力や体の細かい操作による技を持って大剣を振っているのが分かる。
大剣によって粉々にされていくスケルトンは見ていた爽快であった。
そんな真木も斎藤さんに影響されたのかスケルトンの体と共に粉々になった魔石を見て一言。
「ふんっ、細かいのは苦手なんだ」
だから別にそんな爽快に戦えるなら俺もそうしたいよと心の中で突っ込む。
ゴブリンは多少の知恵があって、こちらの攻撃を避けたり防いだりするし、その場にある石や落ちてる武器なんかを使用する知恵もある。だが生半可な知恵があるせいで面白いようにフェイントが決まる。
心臓を突くと見せかけると心臓を庇うように守るので眼球をナイフで突き刺して、首を切って動かなくなったところで心臓から魔石を取り出す。
燐はダンジョンにまだ慣れていないのか、少し反応が遅れる場面もあるが炎魔法は威力も精度も高く、一撃必殺の攻撃となる。
それは魔石ごと黒焦げになったゴブリンの死体がものがたっている。
そして燐も2人と同じように小さな声で呟く。
「すみません……」
魔法か……俺もそんな魔法を使ってみたいよ。
後藤さんも戦闘に参加していたが俺たち3人に経験を積ませるためにと最低限のモンスターしか倒していない。
ゴブリンは一刀両断、スケルトンも一撃で粉々にスライムは大剣の腹で叩き潰す。
後藤さんの実力は知ってはいるが、改めて見るとやはり頼りになる。見た目も戦闘スタイルも豪快だがそこは冒険者としてやはり上手なのだろう、魔石には傷一つ付いていない。
「思っているよりも普通だな」
後藤さんは怪訝な顔を見せる。
「そうですね、いつもと変わらない普通のダンジョンって感じですね」
ダンジョンはまずそのダンジョンのボスとなるモンスターを生み出す。
そして、このボスが自分の手下となるモンスターを生み出すのだ。
モンスターを生み出す際に消費された魔力は時間経過と共に回復し、新たなモンスターを生み出す。
そのため、放置していればモンスターはどんどんと増えていき、進化をしてより強力になる。
容量の決まっているカップに水を注ぎ続けるとどうなるか、答えは簡単でカップから溢れ出る。
それと同じように最初はダンジョン内で活動していたモンスターはダンジョンの外へと溢れ出ることになる。これをダンジョン氾濫という。
「モンスターが増えて氾濫しそうという情報だったが違ったようだな」
「大方、初心者がビビって誇張して報告でもしたんじゃないですか」
真木くんは呆れ顔で後藤さんに答える。
「まぁ、どちらにせよボスを倒しておくに越したことはないだろう。少し休憩したら先へ進もう」
ボスモンスターを倒すことでダンジョンは一定期間モンスターを生み出さなくなる。
氾濫を起こさないようにモンスターを倒すのも冒険者の仕事の一つで、ダンジョンは常に監視されている。モンスターが増えてきたとなったらギルドから依頼が出される。
今回の依頼がまさにそうで、モンスターが増えてきているという報告で『ガラント洞窟』のボスであるゴブリンリーダーを倒しにきたが今のところはダンジョンにその傾向は見られなかった。
倒したモンスターの魔石やアイテムを回収してから周りにモンスターがいないことを確認して焚き火に食事の準備をする。
これらの雑務は荷物持ちの仕事だ。
いつもなら早くしろとどやされながら一人で準備をするとこだがこのパーティは普通のパーティとは違って全員が手伝ってくれるので作業が早く終わる。
「報告ではゴブリンリーダーでしたけど、もしゴブリンメイジだったら……」
焚き火を前に燐は怯えた様子で呟く。
「大丈夫だって、リーダーだろうがメイジだろうが拓也さんに俺もいるんだし、それに思ったより皆月さんも戦えるようだし」
ダンジョンによって生み出されるボスモンスターや他のモンスターの傾向は大方決まっている。
『ガラント洞窟』で生み出されるボスモンスターはゴブリンリーダーもしくはゴブリンメイジだが、今回はゴブリンリーダーが目撃されている。
俺たちはモンスターを順調に倒し、さらに深くへと足を進めていた。
そんな中、俺はダンジョンにいつもと違う異変を感じていた。
「後藤さん、なんだかモンスターが少なすぎる気がするんですが……」
「そうか、俺にはいつもと同じに感じるが、3人はどうだ?」
「別段、いつもと変わらないように感じますが……」
真木が答えると、後の2人も頷く。
「そうですか、すみません。気のせいかもしれません」
確かに些細なことなのだが、このダンジョンには何回も潜っていて、ここまでモンスターが少ないのは初めてで何かが引っかかる。
その後も足を進め、地下9階層へと足を踏み入れる。ここで後藤さんも違和感に気づき始める。
「皆月くんの言った通り、確かにモンスターが少なすぎるな、ここまで少ないなんて、一体どうなっているんだ」
それは階層を降りれば降りるほど顕著にモンスターの数は減っていた。
「拓也さん、他の冒険者がゴブリンリーダーを倒したんじゃないですか?」
ボスが倒されると一定期間ダンジョンは活動を止めてモンスターを生み出さなくなる。
「いや、それはないはずだ、他の冒険者が潜ったという情報は聞いていない。とりあえず先に進んでみるしかないな」
地下10階層で捜索を続けていると、ゴブリンリーダーと複数のゴブリンを発見した。
ゴブリンリーダーはゴブリンが進化した存在で、特徴は緑色の腕輪をしていて、部下のゴブリン5〜10匹で群れを作る。
しかし、今回はゴブリンが4匹しかいない。他のモンスターにやられでもしたのだろうか。
向こうもこちらに気づき、ゴブリンリーダーが指示を出し、4匹のゴブリンがこちらに攻撃を仕掛けてくる。
「不知火くんは魔法で攻撃を、残ったゴブリンを侑馬、斎藤さん、皆月くんで対応してくれ。俺は一気にゴブリンリーダーを叩く!!」
「はい!!」
後藤さんの指示で全員が戦闘態勢に切り替わる。
「今だ、撃て!!」
「炎魔法『炎弾』!!」
ドッジボールほどの炎の球がゴブリンへと飛んでいき、1匹のゴブリンに当たると同時に燃え上がる。
3匹のゴブリンは多少の火傷を負いながらもこちらへ向かってきている。
3人で1匹ずつを相手にして素早く倒し、ゴブリンリーダーを見ると既に逃げていた。
おそらく4匹を囮に自分はすぐに逃げたのだろう。
「くっ、部下を囮にして逃げるゴブリンなんて初めてだ!! 追いかけるぞ」
一般的にゴブリンは知能が低く、基本は見境なく攻撃するだけで、囮なんて使ったりしない。
後藤さんを先頭にしゴブリンリーダーの後を追いかける。
すると、ゴブリンリーダーはどうやら行き止まりの狭い部屋へ入ったようだ。
なぜ行き止まりだとか、狭い部屋か分かるのかというと、こういった初級ダンジョンや人がよく入るダンジョンは定期的にマッピングがしっかりされていて、ダンジョンの地図があるからだ。
「よしっ、俺の合図で部屋に入り、一気に仕留めるぞ…………今だっ!!」
俺たちは部屋に入り、驚愕した。
「なっ、なんだっ、この広い空間は……」
全員が驚くのも無理はない、地図では狭い部屋のはずが、目の前に広がるのは明らかに2倍はでかい部屋だ。
そして、この部屋は異様に暗く、一切光苔が生えていない。
「ちっ地図では狭い部屋のはずだろっ!?」
真木が慌てて地図を開こうとする。
「待てっっ!!」
後藤さんが真木を止めようとすると同時にどこからか剣を持ったゴブリンが襲いかかってくる。
真木を庇った後藤さんの左腕が宙を舞う。
「ぐっぐぅっっうっ……」
後藤さんは襲ってきたゴブリンの頭を掴み、地面に叩きつけた。
「ぎががらっ、ま…また……かかった……」
少し遠くの方で掠れた声が聞こえた。5人は闇に目が慣れ始め、声のする方を見ると……
ゴブリンリーダーを中心に20匹以上のゴブリンがこちらを見て、目を光らしていた。
「や……れ…」
ゴブリンリーダーが合図を出すとゴブリン達が一斉に襲いかかってくる。
「にっ逃げるぞっ…撤退だ、にげろーっ!!」
後藤さんの叫び声が部屋に響き渡り、脱兎の如く全員でその場から逃げる。
「あっ……まって……」
燐は腰が抜けていた。助けを求めるように手を伸ばす。
「後藤さん、燐がっ」
「もう無理だっ…どうすることもできない…」
後藤さんは顔を横に振り、走るよう合図を出す。
俺は目が合う燐から顔を背けて逃げた。
俺たち4人は必死で走った。途中で燐の断末魔が聞こえたが、それを振り切るように走り続けた。
「はぁっはぁっはぁっはあっ」
地下9階層へ上がり、ゴブリン達が追ってきてないことを確認し、足を止める。
「ウッ、オエ……ゲホッゲホッ」
少し距離を置いたところで斎藤さんが戻している。俺も最期の不知火の顔を思い出し、戻しそうになる。初めて人の死を体験した。
「ごっ、拓也さん……すみません…」
息を整えた真木は体を震わせながら、言葉を発している。
「気にするな、それよりも異様な光景だった……おそらく喋っていたのは高い知能を持ったゴブリンリーダーだろう」
後藤さんは腕の止血をしながら、冷静な分析を始めた。
「あのゴブリンリーダーはまたかかったと言っていた。最初のゴブリンリーダーが逃げたのは罠で、初めからあの部屋に誘い込まれたようだ。おそらく、自分たちで部屋を広げて、光苔を除去した狩場を作ったんだろう。ゴブリンたちは20匹以上はいたのを考えると、最低でもゴブリンリーダーが3体以上はいる。しかもタチの悪いことにゴブリン共、冒険者の装備をつけていた」
「そっ、そんな……」
「俺の責任だ、俺が皆月くんの忠告にもっと耳を傾けていればこんなことにはならなかった…斎藤くん、大丈夫か? そろそろ急ごう、また追ってくるかもしれない」
後藤さんは片腕を失っても、冷静だった。冒険者たるもの常に冷静にとギルドで教わったが、まさにその言葉通りだ。
俺たち4人は階段を目指し歩き始めた。
階段が目視でき4人が安堵した瞬間、目の前の通路を塞ぐように1匹のゴブリンが突如現れた……
1匹、また1匹と増えていく……
よく見ると隠し通路のような穴からゴブリンたちはゾロゾロと出てくる。
ゴブリンたちはあの部屋を広げたように、ダンジョン内に通路を作っていたのだ。
「くそっっ、道が塞がれた。後藤さん俺に先頭走らせてください」
階段は見えている、真木は自らを犠牲にして俺たちを逃がすと申し出てくれたのだ。
「そんなこと許すわけがないだろっ、先頭は俺が走る、そして全員心して聞け、ここから地上まで止まらずに走り続ける、もし誰かに何があっても走り続けるんだ…………いくぞっ!!」
全員で互いの顔を確認して、4人は走り出した。
先頭を走る、後藤さんにゴブリン達が吹き飛ばされていく。これなら、逃げ切れる!!
そもそも、ゴブリンは単体では相当弱い部類で、冒険者でなくても少し体を鍛えた大人なら勝ててしまうほどに弱い。さっきのように罠を張られての奇襲でもない限りは大丈夫だ。
それを分かっているのか、あのゴブリンリーダーは追いかけてけてこない。
部下にだけ追わせて自分はあの狩場から動く気はないのだろうか。
いやっ、ごちゃごちゃ考えても仕方がない。今は一刻もはやくここから抜け出さなければ。
トンっ!!
後藤さんにはじき飛ばされたゴブリンが俺の肩にぶつかる、体勢を崩した俺は壁に手をついて体勢を立て直そうとするが、壁に触れた瞬間にガラガラガラッと音を立てて壁が崩れる。
俺は吸い込まれるように崩れた穴の中へ倒れていった。
その一瞬、3人の姿が見えた……
こちらをチラッと見て、すぐ前を向き走っていく姿が……
「痛っつ、うぅ、ここはどこだ」
どうやら崩れた穴は下の階と繋がっていたようだ、ただ高さが合わない。ここは9階層と10階層の間にある空間のようだ。
ここもゴブリン達が作ったんだろう、
冒険者の死体やモンスターの骨なんかが散らばっていることから、ゴミ捨て場といったところか。
逃げ道を探していると、またあの掠れた声が聞こえた。
「ギッギ、ニン……ゲ…ン、コ……ロ…ス」
音を聞いて、ゴブリンリーダーが部下を引き連れやってきた。
最悪の状況だ……