16話 ボスを求めて
転移型ダンジョンのゲートをくぐり、崖の上から景色を一望する。
雷猿と戦闘したのが遠くに見える森の少し手前、今回目指すのは森の中だ。
そこに恐らくボスが居座っていると思われる。ボスモンスターは巨大熊で高い身体能力に加えて魔法も使用し、近距離から遠距離まで戦えるオールラウンダーだ。
特に厄介なのは強力な個体が群れで生息しているところで一体一体が雷猿以上だと思われる。
早足で森を目指していく。急いでいるのには理由があって、広大な森の中、ボスモンスターを捜索していると夜を迎えるかもしれないからだ。
夜になると夜営をしなければいけず、一般の冒険者なら夜営準備をしてくるが、俺のアイテムバックはほとんどが短刀で埋まっている。
相変わらずの広さのダンジョンではあるが想定よりもモンスターとの戦闘がなく早く森に到着できそうであった。
道中でギュンターキャットの群れを見つけた。
ギュンターキャットは電気を纏っている猫で実はボスを早く倒せて余裕があればこの猫の素材を取って帰ろうと思っていたが、見つけてしまったし当初の予定よりも早いペースで進めていることから今でも問題ないなと判断した。
親方に雷猿の魔石を見せたら、他に雷と相性の良い素材があれば武器を作ってくれるのことで、例に出た素材の一つにこのギュンターキャットが入っていた。
この猫は好戦的ではなくむしろ、人懐っこい性格をしていてペットや従魔としても人気が高い。
近づいても逃げる素振りも見せずにその場で昼寝を続けている。
素材を取ると言っても倒したりはしない。
近くにあった猫じゃらしを手に持ち猫に近づくと猫がじゃれてくる。
少し遊べばもう慣れたものでゴロゴロと喉を鳴らす猫は触っても平気になり、遊び疲れたところを爪を切る。これが素材になるのだ。
次から次に猫じゃらしで遊べと催促が来るので数匹を猫じゃらしであやして、爪を貰う。
猫たちと遊んでいると、こっちへこいと言わんばかりに誘導してくる場所があったのでそこへ向かうと1匹の猫が傷を負って倒れている。
近づくとシャーっと威嚇をしてくるが他の猫がそれをなだめるようにその猫に鳴き声をかける。
他の猫とは違う種類かそれとも亜種なのか、通常のギュンターキャットが茶黄色の毛を生やしているのに対して怪我をしている猫は白色をしていた。
アルビノの可能性もある。
アイテムバックから回復薬を取り出して飲み出そうとするが鋭い爪が飛んできて、腕に切り傷ができる。
回復薬を自分で飲んで回復する切り傷を見せて安全だと伝える。
伝わったのか、回復薬を飲んでくれて白い猫の傷が徐々に回復していく。
白い猫は何事もなかったかのように眠り始めた。
俺はその場から離れ、当初の予定である森を目指し進んでいく。
森に入ると、運がいいことにすぐに巨大熊を発見できた。
巨大熊はこちらを確認するとすぐに臨戦態勢に入ると、すぐさま風魔法を放ってくる。
短刀で弾き、熊に近づき斬りかかるが硬い皮膚はほとんど短刀を通さない。
熊は鋭い爪に風の魔力を流し斬りかかってくるが全てを避ける。
攻撃を避けながら短刀で何度も何度も斬りつけると徐々に攻撃が通るようになってくる。
確かに硬い皮膚は厄介だし近距離攻撃も遠距離攻撃もそこそこ威力があるのは分かるが、どう考えても弱すぎる。
攻撃はどれも精彩を欠いているものだし、そもそも熊は最初から傷ついていた。
モンスター同士で争って傷つくのは珍しいことではないがボスモンスターに相当する力がある巨大熊が他のモンスターにやられるとは思えない。
一番の違和感は群れでいるはずなのにこの一体しかいないことだ。
まぁ、群れからはぐれてその際に攻撃を受けたと考えるのが自然か。
運が良かったと思ったが群れを探さないとなと思い、最後の一撃を放とうした瞬間に横から小熊が飛んできた。
避けると、小熊の後ろから身篭っているであろうは母熊が現れた。
モンスターの誕生方法は3種類あって、ダンジョンがモンスターを生み出す、自然発生、そしてこの母熊のようにモンスターがモンスターを生み出す。
小熊は精一杯こちらを威嚇してくるが脅威には思えない、短刀を握る手に力を入れる。
父であろう巨大熊が小熊と俺の間に入る。
その姿にはあまりにも興が削がれ、短刀をアイテムバックにしまいその場を後にした。
あんなのを見た後ではボスモンスターであるとはいえ巨大熊を倒すのは憚られる。
ギュンターキャットの素材は手に入ったことだし、森を出ることを決めた。
§
「そうだ、転移型ダンジョンでおかしな点が見られたようなので調査依頼を出してくれますか?」
光月は報告書に目を通してギルド職員にお願いをした。
「えっ……!? おかしな点って何ですか?」
転移型ダンジョンに行くという皆月を受付した女性は深刻そうな顔を見せる。
「なぜか生態系が崩れてるみたいでボスの巨大熊よりも強力なモンスターが出るみたいです。一旦冒険者が入るのを止めた方がいいかもしれませんね」
光月の言葉を聞いた女性は血の気が引いた。
「あっ、あの、今ですね皆月さんがダンジョンに入ってます」
女性は光月と皆月の関係性を知っているし、光月を怒らせるとヤバイということも知っていた。
「えっ!? 何でですか? 皆月さんのランクじゃまだ入れないはずですよね」
女性に詰め寄り、問い詰める。
「ナギサさんが許可を出してそれですぐに向かってしまいました」
席を立ち一目散にギルドの奥へと足を進めていった。
向かった先は地下にある研究室と呼ばれている部屋で扉を開けようとすると鍵が掛かっている。
呼びかけるも返事がない。
光月は魔力を身体に巡らせ扉を思い切り蹴破った。
部屋の中は散らかっていて入るには勇気がいるほどだが、今の光月には関係ない。
部屋に足を踏み入れ進むと紙の山に埋れて倒れている男を見つける。
男の胸ぐらを掴み何度も揺すると男が目を覚まして大きなあくびをつき、目を擦って自分を起こす人間の確認をする。
「はーーぁ、おはよう、ゆか君がここにくるなんてどうしたんだい?」
「どうしたじゃないですよ、皆月さんに転移型ダンジョンに行く許可を出しましたよね!!」
「皆月? あぁ、あの興味深かった青年か……許可は出したけどそれがどうかしたのかい?」
「その転移型ダンジョンの難易度が上がってるんですよ」
「知ってるよ」
焦る光月を前にしても男は何食わぬ顔で答えた。
「知ってるって、どういうことですか?」
「難易度が上がっても十分戦えると思って許可を出した。それに死地を乗り越えてこそ冒険者でしょ」
「そうだとしても……皆月さんはついこの間昇格したばかりで……もし何かあったら……」
「そこまでいうんだったら、僕が彼の後を追うよ、それでいいでしょ」
「それなら……すぐにお願いします」
男は頭をかきながらゆっくりと部屋を出て行った。




