11話 救援依頼
いつものようにギルドに足を運ぶと慣れ親しんだ声に止められた。
声の正体はギルド職員の光月さんで少し慌てている様子だ。
「皆月さん、緊急の救援依頼があるのでよろしければ参加して欲しいんです」
「救援依頼ですか……」
「どうしても手が足りてなくて」
救援依頼か、俺も以前『ガラント洞窟』での命の危機を救援依頼を受けた『炎の獅子』に助けられたことがある。
今回はダンジョン探索していた5人組パーティのうち2人がダンジョンに取り残されたのでその2人の救援が目的となる。
依頼達成後の帰還途中で崩落に巻き込まれて2人が怪我を負い帰還が困難となった。
3人は2人を置いて帰還して救援依頼を出したのだ。
今回、救援依頼を出したパーティはそこそこ有名なパーティで実力もある。
ダンジョンに置いていくなんて酷いと思われるかもしれないが、この判断はさすがの判断と言えるだろう。
突発的な事故に遭っても冷静に最も全員が助かる可能性の高い手段を選択しているがこれはなかなかできることではない。
最も愚かなのは全員がダンジョンに残ることだ。
救援依頼も出さずにひたすら冒険者が通りかかるのを待つか、自力で全員脱出を試みるかだが、それが成功する確率は皆無に近い。
しかし、これらの手段を選択するパーティは少なくない。
一つ目は下手な優しさのせいだ。ダンジョンに仲間を置いていく判断が下せない。
二つ目は安いプライド。救援依頼を出すとよほどのイレギュラーでもなければ冒険者ギルドでの信頼が下がる。
今回程度はイレギュラーに入らないだろう。
これらの理由から救援依頼を出さずに命を落とす冒険者は後を立たない。
ちなみに救援依頼は無料で出せる。冒険者ギルドの福利厚生の一つだ。依頼を受けた冒険者へはギルドから褒賞が出される。
俺は特に断る理由もないので救援依頼への参加を決めた。
救援パーティは7人で構成され、その中には真木くんも参加していた。
「皆月さん、お久しぶりです。活躍聞いてますよ、昇格おめでとうございます」
「いやいや、真木くんも昇格していて凄いじゃないか!!」
「いえ、自分なんてまだまだですから。今日はよろしくお願いします」
「あぁ、よろしくね」
真木くんは俺に対してどこかよそよそしさを感じさせる。まだあの時のことをひきづっているのか、こちらともあまり目を合わせようとはしない。
§
目の前にあるのは青白い魔力の塊で形成された人が楽々通れる大きさの長方形の板のようなもの。
これは『ダンジョンゲート』といって通ると別空間にあるダンジョンへ転移できる。
このタイプのダンジョンは転移型ダンジョンと呼ばれ、上級ではほとんどがこれに属し、中級ダンジョンでも半数程度は転移ダンジョンだ。
俺にとって転移型ダンジョンは初めてだが、気をつけるべきことは把握している。
基本的に広大で極寒の雪山だったり、灼熱の大地だったりと異常気候なダンジョンもある。
しかもそれらは魔力を持っていて、一般人なら数分で絶命するだろう。
今回救援に向かうダンジョンは中級に認定されていて、気候は比較的穏やか、さらに出現するモンスターも強力な個体は少ない。
実際にゲートをくぐると、崖の上へと転移され辺りが一望できる。
下には広大な草原が広がっており、空には澄み渡った青空と太陽、遠くの方には森が見える。
これらの景色全てが魔力により作り出されているのだが、現実世界と比べても遜色がない。
「あの森あたりのはずだ」
救援依頼をかけたパーティのリーダーだった男は苦虫を噛み潰したような顔で遠くの森を指差す。
「分かりました、ありがとうございます。ここまでで十分ですのでもうお戻りください」
今回の救援部隊のリーダーを務める細波は淡々と伝える。細波は若手ながらも最近頭角を現し始め、上級ダンジョンにも潜っているやり手だ。
「待ってくれよ、俺にも行かせてくれよ!!」
「あなたはダンジョンから戻ったばかりで傷も癒えていない。足手まといがいれば隊に危険が及ぶ」
「頼む!! パーティメンバーを置いてギルドでのうのうと待つなんて出来ねぇよ、それに道案内がいた方がいいだろ」
「ふぅ、分かりました。その代わり僕の命令に従ってくださいね」
「あぁ、もちろんだ!! みんなよろしく頼む」
細波はその熱意におられる形で救援部隊に1人追加され、計8人となった。
「あんたは別にかまわねぇんだが、そっちのあんたは大丈夫なのか? 最弱だろ? 大体その荷物の山はなんだ?」
隊の1人が腕を組みながら俺へと苦言を呈する。
「確かにな、細波もさっき言ったけど足手まといがいると危険なんだよな。ミイラ取りがミイラになるのは嫌だぜ、最弱の荷物持ちくん」
呼応するようにもう1人もこちらに嫌な顔を向け煽ってくる。
「ハァ、そんな下らないこと言ってないで行きますよ」
細波が2人に目で威嚇を入れると2人は何も言わなくなったが、遺恨を残した状態での出発となった。
崖から下り森を目指して草原を進んでいると、コボルトの集団と遭遇をする。
犬が二足歩行で立っているような姿だが愛らしさのかけらなどなく凶悪な顔つきをしている。
武装をしているようで石斧や石剣を持っている。
全員でコボルトへ攻撃を開始する。
俺は石斧を避け短刀でコボルトの首を掻っ切る。
真木くんは初めて出会った時から綺麗な型で剣術を扱うがより洗練されているのが分かる。
あっさりとしたもので他のメンバーも難なく処理を終えていた。
「フン、こんな雑魚を倒したからって調子に乗るなよ。その荷物も結局使ってねぇみたいだしな」
この男はやはり俺のことが気に入らないようだ。
「そのうち使いますよ」
こういう輩は昔からいて適当に流しておくに限る。
その後も何度か戦闘はあったが着実に森に近づいていき、怪我人も出ることなく目的地まで辿りつけると思ったが少し問題が起きた。
細波が警戒をしながら進むと指示したのに対して俺に文句を言っていた男2人が反対の意を示した。
「ちょっと警戒しすぎなんじゃねえか?」
「とっとと行こうぜ」
「分からないんですか? 空気中の魔力濃度が変わったのが」
「だからなんだよ、モンスターが出てきたら倒せばいいだけだろ」
1発触発の空気の中で文句を垂れていた男の背後で物音が聞こえた。
……!?
男は背中を切られ膝をつく。
黒い影が空へと上昇していく。上空を見ると2メートルはあるだろう巨大な鳥型モンスターが数羽、羽ばたいている。
「魔法使いは遠距離攻撃をお願いします。モンスターの高度を下げてください」
細波の指示で魔法が放たれるが空を自由に飛び回るモンスターには当たらない。
モンスターが急降下して狙いを定めたのは先ほどの一撃で背中を負傷した男だ。
他のメンバーのサポートで攻撃は防げたものの、モンスター達は完全なヒットアンドアウェイで攻撃をするとすぐにこちらの手の届かない上空へと飛び上が。
「俺がやってみます」
マジックバックにしまっていた翡翠弓『松風』を取り出す。
「おいおい、弓で何ができるんだよ?」
メンバーから懐疑の目を向けられるが、止める気はなかった。
どうせ手立てがないなら試してみるしかない。
それに倒せる自信がある。
「細波さん、皆月さんならできます」
真木くんが強く訴えてくれる。
「皆月さん、お願いします。他の方はそこの怪我人と皆月さんの援護を」
細波が再び指示を出す。
翡翠に輝く弓を天に向け弦を力一杯に引く。
その姿にメンバーは驚く。
「ハァ、何やってんだ? そんなもん飛ぶわけないだろ」
傷を負った男とは別の文句をいうこの男は戦闘になるとおどおどして何もできていなかったが、口だけは回るようだ。
上空を飛ぶ鳥に照準を合わせ撃ち放つ!!
放たれた短刀は一瞬で加速していき空を駆け上がるとモンスターの羽を貫き堕とす。
落ちてきた鳥は他のメンバーに任せて第二射の準備にかかる。
照準を合わせていると鳥からの攻撃が襲ってくるが真木くんが攻撃を防いでくれる。
いい援護だ。
真木くんのおかげで気にすることなく撃つことに集中ができる。
以前ならこういった連携は苦手にしていたようだが相当成長している。
後藤さんと離れて色々なパーティーを転々としていくうちに覚えたのか。
再び放たれた短刀は鳥の胸を貫通する。
残った鳥たちはさらに上昇して遠くの方へと飛んでいった。
「ありがとうございます、助かりました。それにしても弓とは珍しいですね」
細波から礼を言われたが自分よりもランクが下の相手にこの対応ができるのが大物ってやつなのか。
それに比べてこいつらは……
座り込んで終始文句を言っていた怪我を負った男とピンチになるとビビって何もできなくなる男の2人を見下ろす。
「なっなんだよ……その武器が凄いだけだろ」
まだ減らず口を叩いている。
2人の態度に業を煮やしたのか細波の口調が荒くなる。
「だからあんたらはその程度なんだよ。大体分からないんか? 皆月さんは僕と同程度の力は持っているって。さっきの戦闘見たでしょ。武器に関してもあんたらじゃ弦を引くことすらできないよ」
矢よりも遥かに重い短刀を結構な距離、しかも上へ放つのには相当な膂力で弦を引かなければいけない。
昔の俺ではとてもではないが引けない。
「だが……」
「足手まといは置いていってもいいんですよ」
この言葉で2人は完全に沈黙した。
「悪かったの疑ってしまって、その大量の荷物は矢の代わりということなんじゃな」
最も懐疑的な目を向けていた最年長の男から謝罪された。
あの2人は懐疑的というよりは敵意に近い気がする。
「ぜんぜん大丈夫です」
そもそもいきなり弓なんて、しかも矢じゃなくて短刀を撃とうとするなんて信じられなくても当然だろう。
「皆月さんまた強くなったんですね。しかも弓を使ってあれだけのことを……」
真木くんは何やら考え込んでいるようだ。
§
足に大きな怪我を負った男を守るように結界を展開している男も身体中に傷が見える。
結界は今にも壊れそうで人間サイズの猿型モンスターが取り囲んで笑っている。
結界がいまだに壊れていないのは単純にモンスターが遊んでいるからだった。
「くそっ、魔力が保たない」
「俺を囮にしてお前だけでも逃げてくれ、俺はもう動けない」
「何言ってんだ!! もうすぐ助けが来てくれるはずだ」
そんな甘い考えを砕くように猿の飛び蹴りで結界が砕かれた。
モンスター達は高らかに笑っているだけで襲う気配はなく様子を見ている。
すると群の中から小柄な猿が前に出てきて、戦闘の準備を始める。
男は理解した、練習台としてなぶられるのだと。
死を覚悟して一矢だけでも報いようと消えかけの魔力を身体に巡らして大楯を構える。
男の狙いは盾で攻撃をいなし、その隙を短剣で刺すカウンター戦法。
猿が盾の前で右へ左へ素早く動いて翻弄する。
砂埃で姿を見失ってしまい、辺りを見渡すが猿の姿は見えない。
盾に横から衝撃が走り腕を振られる。
隙を縫うように猿の蹴りが腹部へと伸びてくる。
男は1メートルほど蹴り飛ばされ気を失った。
吹き飛んだ男に猿は近づいて胸ぐらを掴む。
男はもう腕を上げる力すらなかった。
「やめろー、やるなら俺からやれよ!!」
後ろで見ていた男は動かない足を引きずり這いずって猿に近づこうとする。
猿はその男に笑顔を見せて男に止めの一撃を振るう。
男は死を受け入れ目を閉じる。
爽やかな風が顔を撫でる。
……!?
何も感じない、ゆっくりと目を開けると猿の腕がなく、大量の血液を撒き散らし苦悶の表情を浮かべている。
周りで見ていた猿達は怒り狂いある方向へ威嚇をしている。
その方向を見ると冒険者の姿があって、緑色の目立つ弓を構えている青年の後ろに救援を呼びにいってくれたリーダーの顔が見えた。




