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10話 翡翠弓『松風』

 今日もダンジョンに潜る。

 昔と違うのはソロで潜っていることと、このダンジョンがこの近辺で最も難易度の高い初級ダンジョンってことか。


 今までならソロで潜るなんてできなかった。それはギルドの規則でもそうだったし、それ以前に実力的にも自殺するようなものだ。


 規則に関しては問題のあったランク昇格戦を経てEランクへと昇格することができた。

 裏切ったギルド職員を単独で撃破したことと、道中での立ち回りなんかを評価され、特例でEランクへ飛び級してしまったわけだ。


 そして黒紅の封印が解けたことによりステータスは大幅に上昇した。

 初級ダンジョンで遅れをとることはないだろう。


 今も10体のモンスターに囲まれているが特に何も感じない。普通に戦えば簡単に処理できるはずだ。

 ワーウルフは二足歩行の人狼で知能が高く前衛と後衛に分かれて連携して攻撃してくる。

 連携といっても冒険者のような練度はなく、前衛の攻撃は鋭い爪を使った斬撃、後衛は魔法で斬撃を飛ばしてくるが今の俺からすれば児戯に等しく感じてしまう。

 全ての攻撃を軽々と避けてモンスターから距離をとる。


 決して逃げたわけではない、これを試すためだ。

 自分の体ほどの弓を引く。弓は深緑を基調とし薄緑と黒でラインの装飾がされている。

 

 今の時代に弓を武器として使用するのはすごく珍しい。

 弓を使うくらいなら銃を使えばいいからだ。

 さらにいえば弓ほどではないにせよ銃すらも使用されることは珍しい。


 一度手元から離れた矢や銃弾に魔力を込めるのは難しいし面倒で、そんなことをするなら魔法を使った方がお手軽で威力も高い。

 ちなみに魔力を込めていない矢や銃弾ではモンスターにダメージを与えることは皆無といっていい。

 ではなぜそんな不遇な弓を使うのかだが、もちろん大きな理由がある。


 猿に狙いを定め弓を射るが放たれたのは矢ではない。

 短刀は猿に命中すると胸を貫き後ろの壁に突き刺さる。

 発動していた武器と戯れる者のカウントが加算される。


 そう、短刀は投げてもカウントが貯まるし弓で射っても貯まるのだ。

 しかも威力に関しては見た通りモンスターを軽々と貫くほどで、矢とは比べ物にならない。


 これは弓の性能も大きく関わっている。

 翡翠弓(ひすいきゅう)松風(まつかぜ)』、短刀を矢の代わりに放つのことを想定して特別に作られた自分専用のこの弓は驚くほど手に馴染む。

 渡された時に扱うには相当の筋力が必要になると言われていたがステータスの上がった今なら軽々と弦を引いて連射もできる。

 その威力に酔って連射しているといつのまにかモンスターは全滅していた。


 余韻に浸りながら撃った短刀を回収していく。こればかりは手間だが仕方ない。

 矢のように安くはないし、持ち運びも大変で数を持って来れないので回収して使い回すしかない。


 今回のダンジョンには弓が大きいのと弓の試し撃ちに来ただけなので短刀は20本だけしか持ってきていない。

 もしフル装備でこの弓に短刀約90本を持ち運ぶとなればそれだけで疲れてしまいそうだ。

 90本といったのは新たに手に入れ能力が起因している。


『武器熟練度+10』

 使用する全ての武器の熟練度を10増加する。


 この能力があれば武器と戯れる者を発動していない状態でも弱い武器な扱えるようになるし、単純に10本分短刀を持ち運ぶ必要がなくなる。


 ダンジョンにはそこまで深くは潜らずに浅い場所で弓の試し撃ちを軽く続けて帰宅することにする。

 この後に予定が詰まっているのでギルドで報告を素早く済ませる。



§



 親方に連れて来られたのはとある店なのだが、高層ビルの1F〜5Fは魔法技術を使用したアイテムを売っている店舗になっていて、そこから上の階層は一般人が立ち入ることはできない。

 社員が働いていて日夜、魔法技術の開発が行われているらしい。

 高層ビルには幾重にも魔法による結界が張り巡らされていてビルの価値は計り知れない。


 明らかに場違いな雰囲気を感じるが親方はそんなこと気にも止めずに店舗で立っていた従業員に話をすると、すぐに別の従業員がやってきて別の入口まで案内された。

 そこには受付嬢がいて内線電話で何かを確認すると次は執事姿の青年が案内をしてくれるようで共にエレベーターに乗った。

 一体何回引き継ぎをするんだろうか、やはり大企業ともなればこれが普通なのか、親方は慣れた様子だ。


「こちらになります」

 執事に案内されたのは最上階に位置する社長室だった。

 その部屋の内装は豪華絢爛で生唾を飲み込んでしまう。


 1人の男が椅子に腰掛け、机に肘をついてしかめ面で何かの資料を読みながら、隣で立っている秘書であろう女性に指示を伝えている。

 男はこちらに気づいたのか顔から笑みが溢れ、席を立ってこちらに近づいてくる。


「青江さん、お久しぶりですね。それとそちらが皆月さんですね初めまして、アマンバードの代表をしている天鳥(たかとり)です」


「社長秘書のリーナと申します」


 社長の天鳥と握手を交す。大企業の社長といえばもっと迫力が凄いのかと思っていたが、思っていたよりもフレンドリーな人だ。


「坊主、あれは準備できてるか?」


「青江さん、さすがに坊主はやめて下さいよ。そんな年じゃないですよ」


「俺からすりゃあいつまで経っても坊主は坊主だろ」


 親方が天鳥を坊主呼ばわりしているが2人は笑い合っていることからも、親密な関係性なのだろう。

 いつか聞いてみてみたいものだ。


「もちろん、準備していますよ」


 天鳥がそういうと秘書がアイテムバックを持ってくると、バックは天鳥の手に渡りそこから親方に渡された。


「ほれ坊主、ランク昇格祝いだ」


「えっ、いいんですか?」


「あぁ、気にすんな」


「そこそこいいアイテムバックだから冒険に役立つと思うよ」


「よし、用事は終わった。帰るぞ!!」


 親方は気恥ずかしそうにして、そそくさと社長室を後にした。

 俺も社長の天鳥と秘書のリーナに一礼をして親方に続く。


 アイテムバックと一概に言ってもそれはリュックや肩掛けバック、ポーチまでと多種多様に存在するそれらに魔法を付与されたものを総称してアイテムバックと呼ぶ。

 主に空間拡張の魔法を付与されるがそれはピンキリで普通のバックの容量の何十倍も入れれるようになるものからほんの少し拡張されているものまであるが全てに共通されるのが重さを感じないことだ。


 さらに品質を下げると空間拡張ではなく重量の緩和だけのものもある。


 他にもアイテムバックの品質を決定するポイントがあって、それはバックへの取り入れと取り出しの速度だ。

 特に冒険者にとって取り出しの速度は重要になってくる。これが遅いと戦闘中は使い物にならないからだ。

 俺のアイテムバックも取り出しの速度が遅いため短刀を収納していたとしても戦闘では使えなかった。


 それに比べて貰ったアイテムバックは腰につけれるポーチ型で容量に関しては短刀が30本は入る上に取り出し速度もかなりのもので戦闘中でも支障がないほどだ。


 さらに魔力鍵付きの高級仕様になっている。

 魔力鍵は特定の設定された人物でなければ使用ができなくする魔法のことだ。


 このアイテムバックが一体どれほどになるのか想像もできないが親方には感謝しかない。

 さらに弓までも格安で譲って貰っている。


 恩返しをするためにもダンジョンに潜って珍しい素材の提供ができるようになるといいな。

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