1話 最弱の荷物持ち
「ハァ、ハァ……くそっ、ダメか……」
ギリギリそこが道だと分かる程度の頼りない灯りの洞窟で無骨に掘られた腐臭漂う部屋で1人、ゴブリンに囲まれてなぶられていた。
1.4m程の小柄な体格で腰を曲げて前傾姿勢をとっているそいつらは、汚れた深緑の皮膚、尖った耳に短剣や棍棒などの武器を持って、邪悪な目つきでニヤニヤとこちらを見ている。
人をいたぶって快感を得れる程度の知能は有しているようでタチが悪い。
つい先程もこいつらの罠にかかって仲間の冒険者1人が殺された。
突然、訪れた絶望の中、彼は一縷の望みにかけて助けを求めるように俺たちに手を伸ばしていたが、その眼差しには諦めも混じっていた。分かっていたのだろう。
彼の想像した通り、俺達には彼を見捨てて逃げることしかできず、脱兎の如く、なりふり構わずに背を向けて走り続けた。
そしてそれが次は俺の順番だっただけの話だ……
§
街の中心で異様な存在感を放つその建物は三階建てなのに外から見るともっと階層があってもおかしくないように見える。一層ずつの天井が高く作られており、敷地面積もかなり広いはずだ。しかし、冒険者達が鍛え上げた肉体に武器や鎧を身につけ、ごった返しになると狭く感じる。
話し声や笑い声が響き、活気あふれるこの建物は『冒険者ギルド』だ。
屋根と外壁には冒険者ギルドを象徴する、赤色の旗に紋章が刻まれた旗が掲げられている。
いかにも強そうな雰囲気を醸し出す冒険者達の中、冒険者ギルドには似つかわしくない、線の細い黒フードの男が辺りをキョロキョロと見回していると、一回りも二回りも大きい体格の男とぶつかって、転んでしまう。
「おいっ!! 気を付けろよ」
「すっ、すみません」
体格の大きい男は怒鳴った後、腰をつく黒フードに背を向けて何事もなかったかのように他の冒険者と話を続けた。
時刻は夕方前だが、はやくもアルコールが入っているようだ。その男だけでなく盛り上がっている周りの人間も顔を赤くしてどんちゃん騒ぎをしている。今日が特別な日というわけではなく、冒険者ギルドではこれが普通なのだ。
建物に隣接する形で広い酒場があり、そこはさらに盛り上がっている。
「あの、大丈夫ですか?」
倒れている男に声をかけ、手を差し伸ばしたのは武器も鎧も身につけていない、ジャージにパーカーの男だった。
「はっ、はい、大丈夫です。ありごとうございます」
「冒険者ギルドに来たのは初めて?」
「えっ、えぇ、冒険者ギルドに初めて来たんですが、受付の人が忙しそうで……」
「俺は皆月柊夏、こんな見た目だけど一応、冒険者だから、よろしく!!」
柊夏は何も描かれていない名刺サイズのカードをを取り出して魔力を流す。
すると柊夏のパーソナルなデータが浮かび上がってくる。
ギルドカードは設定した人間の魔力にのみ反応するため、悪用することはできないので、身分証明証としても重宝されている。
冒険者には荒くれ者も多いがギルドによってきっちりと管理されている。
「あっあの、僕は不知火燐といいます。よろしくお願いします」
燐は目線を合わせずにあいさつをする。怪しく見えなくもないが、コミュニケーションが苦手なんだろうと柊夏は判断した。
「この時間帯は人通りが激しくなるし酔っ払いも多いから、朝に来ることをお勧めするよ。それだったらスムーズに手続きも済ませれると思うよ」
冒険者ギルドに訪れる人間は大体が冒険者か依頼主だが、燐は前者になるために訪れたのだろう。
冒険者になるのは難しくない。少しの講習を受けて、実力に合ったランクが付与される。
ランクはG〜A、さらにAランクの上がSランクになってる。ランクが上がるごとに報酬も良くなるし、難易度の高い依頼を受けることができるようになる。
ランクの上げ方は、実力や達成した依頼で上がっていくが、実力に左右されることが多い。
冒険者になるのは簡単だが、それで生活ができるかはそれぞれの才覚による。
命の危険はあるが地位、金、名誉と成功すればその全てを手にすることができるため、冒険者になる人間は少なくない。
基本的に自由な冒険者だがギルドにもルールはある。もちろん、犯罪行為は許されていないし、ギルドから緊急依頼を投げられることもある。
やりすぎると降格処分になったり、最悪の場合は資格を剥奪にされる。
柊夏は燐にギルドを案内して簡単な説明をすると、最初は目も合わせなかった燐が瞳を輝かせ、直視して感謝を述べる。
「ほっ本当にありがとうございました。明日の朝に改めて来ようと思います」
「冒険者になったらまた会うかもね、頑張ってね」
不知火燐と名乗る黒フードの男は小走りでギルドから離れていき、柊夏は燐が離れていくのを確認し、空を見上げ物思いにふける。
……頑張ってねとは言ったけど、頑張んなきゃいけないのは俺の方だよな。
高校を卒業して冒険者になってからもう4年も経つのに、未だにランクは最低のGランク。
率直に言って才能はない。
ダンジョンに潜ってモンスターを倒して、修練にも励んでいるがステータスに変化が見られないのだ。ステータスは身体能力や魔力の量のことでギルドでの評価の基準になる。
普通はある程度、魔力を使った戦闘に慣れてくればステータスが上がる。そのため、戦闘を仕事にする人間と一般人ではそもそものステータスに大きな差が出る。
それがなぜか俺は一般人程度のステータスしかないというわけだ。
魔法に関しても戦闘では役に立たないような基礎的な魔法しか使えない。
『身体強化』と『自己鑑定』に『武器鑑定』の三つだ。
『身体強化』はその名の通り、体を強化する魔法で戦闘の基本となるが、元々のステータスに依存するため俺が使っても多少マシになる程度のものになってしまう。
『自己鑑定』は自分自身の状態などを見ることができる魔法で個人差によって見える内容が変わる。戦闘向きの魔法ではない。
それと『武器鑑定』だが、自己鑑定と同様の鑑定系の魔法で戦闘向きの魔法ではない。商業ギルドにいけばそれなりに重宝される魔法らしいが、俺のレベルではそうもいかないだろう。
固有能力とも呼ばれるスキルを一つだけ使用できるがこれも戦闘で活躍の機会はない。
冒険者の間では『最弱の荷物持ち』と侮蔑され冷ややかな目で見られている。
それでも冒険者を辞めていないのはお金を稼ぐためだ。俺の父も冒険者だったが、ダンジョンに潜って帰らぬ人となった。
それから母が女手一つで俺と妹2人を育ててくれている。
大学に行く余裕なんてなかったが、妹2人には大学に行ってもらいたい。
高校を卒業してなんの取り柄もない俺が金を稼ぐには冒険者しかなかった。
命がけの冒険者は最低ランクとはいえ、そこそこ稼げる。
『武器鑑定』を活かして、商業ギルドに登録して商売を始めるという手もあったが、初期費用が必要だし断念した。
冒険者になると言った時には母や妹には大反対されたが、無理やり押し切り、一人暮らしを始めた。
それに幼少期からアニメの主人公になれるかもと淡い期待もあった……
§
不知火燐と再び顔を合わせたのは初めて出会ってから数週間が経った頃だった。
冒険者はパーティを組むことがある。稼ぎは減るがそんなもの命あっての物種で、リスクとリターンを鑑みて数人からなるパーティを組むのだが、こうすることで、低リスクで効率よくダンジョンに潜ることができる。こういった固定のパーティに入っていない者同士で組む即席のパーティもある。
しかし、即席でパーティを組むよりもメンバーを固定しておいた方が一般的にはいいと言われている。その方が信頼関係も築け、連携を取りやすいし、無駄なトラブルを回避できる。
俺は即席パーティしか組んだことがない。俺のような弱者とパーティを組んでくれるものなどいないからだ。今回もいつものように即席パーティで初級ダンジョンに挑む。
冒険者ギルドから少し歩けば小さな山があり、そこにある横穴は洞窟になっており、一歩先には別世界が広がっている。これは決して誇張しているわけではなくダンジョン内部は別世界なのだ。
通信機器は使用できなくなり、一般世界のルールは通用せず、ダンジョンのルールに従うしかない。
確かにこのダンジョンは初心者御用達の程ランクダンジョンではあるが、洞窟からは十分すぎる程の圧力を感じる。そして、それと同時に何故か引き込まれるような魅力も感じてしまう。まるで食虫植物の栄養となるため虫が吸い寄せられるの同じように。
ダンジョンのランクは冒険者ギルドが内部の魔力濃度から評価している。魔力濃度が高いと強力なモンスターが生み出されることが多いからだ。
そしてステータスの低いものにとって高い魔力濃度は毒となり、身体に悪影響を及ぼす。
ひと気はなく、洞窟の前にいるのは一緒にダンジョンに潜るパーティメンバーのみだ。
街の周辺にもいくつかのダンジョンがあるが、その中でもこのダンジョンはぶっちぎりに人気がない。ダンジョンのレベルが低くすぎて初心者くらいしか挑まないからだ。
今の時期は少しずれていて、数週間前ならもっと賑わっていたはずだが、その初心者達も今頃、上のレベルのダンジョンに挑んでいるだろう。
5人はダンジョンに挑む前に自己紹介を済ませる。1人を除くと戦闘スタイルや何が得意で何が苦手かも知らない。ほとんど手探りで連携をとっていかなければいけない。これが即席パーティだ。
まずは5人の中で唯一、一緒にダンジョンに潜ったことのある、パーティリーダーの後藤拓也、Eランクの剣士だ。
後藤さんは筋肉隆々のガテン系の見た目をしていている。その割に凄い優しい人で、どこのパーティにも入れず困っている俺を何度もパーティに誘ってくれている。
他にもギルドで困っている人を助けているところを何度も見たことがある。
鍛え上げられた筋肉を活かして大剣を振るうのが戦闘スタイルだ。
最近後藤さんの下についてメキメキと実力をつけている若手注目株で後藤さんと同じく大剣を背中に携えているのが、Fランク剣士の真木侑馬。
そして紅一点、見た目は育ちのいいお嬢様って感じで姿勢が良く凛々しさを見せている。
冒険者の中では珍しいレイピアを腰に携えているのが、Fランク剣士の斎藤一葉。
最後に数週間前に顔を合わせた、不知火燐だ。
火の魔法を扱えるとのことで、Fランク魔法使いらしい。
見た目はまぁ……以前とあまり変わらずに黒いローブにフードを被っていて、杖をついている。魔法使いといえばそうだが、いかにも怪しい。
いきなりランクも抜かされているが、それに慣れている自分に悲しくなる。
お互いにギルドカードを見せ合って確認をする。
ギルドカードには名前やランク以外にも職種や望むなら使用できる魔法やスキルを映し出すこともできる。これらはギルドで確認があったのちに反映される。つまりギルドカードに書かれていれば真実ということだ。
俺のギルドカードにはGランクで荷物持ちと描かれている。倒したモンスターの素材を回収したり、他のメンバーが戦闘で邪魔になる道具なんかを預けられて必要な時に出すといった雑用のことだ。
Gランクの冒険者は必ず荷物持ちになる。それはステータスが低い駆け出しは戦闘できないだろという判断でもあるし、そもそも1〜2回もダンジョンに潜ればランクが昇格するので、初めのうちは無理して戦闘しないでねという意味合いが大きい職種だ。
もちろん、モンスターと全く戦闘せずにダンジョンをクリアするとステータスは上がったりしないのだが、それなりに戦闘もしてモンスターも倒しているのに上がらない。
約4年もダンジョンに潜ってステータスが上がらない俺がおかしいのだ。
4人は冒険者らしい武器や防具を身につけるが俺だけがジャージにパーカーで大きなリュックを背負っている。ダンジョンを舐めているわけではない。
なぜ俺がこんなジャージやパーカーのような私服でいるのかというと、ステータスが低すぎて武器や防具を使用できないためだ。
剣は重くて触れないし、鎧も重すぎて移動が出来なくなる。
武器や防具はランクに合ったモノを選ばないといけないということだ。
俺が使用してるのは俺でも扱えて、なんとかモンスターにもダメージが与えられる小さなナイフだ。
これを選ぶのにかなり時間がかかったのはいい思い出だ。
「拓也さん、皆月さんって『最弱の荷物持ち』ですよね。大丈夫ですか?」
真木がこちらを見ながら後藤さんに問いかけている。その表情には明らかな不満が見てとれる。
『最弱の荷物持ち』とは俺が冒険者ギルドで呼ばれている蔑称だ。
4年間も最低ランクで荷物持ちをしているためにそう呼ばれている。
「侑馬……皆月くんをそんな風に呼ぶのを止めなさい。彼とは何度も組んでいるし、経験も豊富だ。なにも問題ない」
「分かりました、拓也さんがそういうなら……」
俺への不満よりも後藤さんへの信頼の方が高いようであっさりと折れてくれた。
真木のような反応には慣れている。パーティの中に足手まといがいれば、自分の命が危険に晒されるのだ、気にするのは当然だろう。
残る2人は気まずそうにこちらの様子を窺っている。後藤さんのおかげで拒絶されることなくダンジョンに潜れるようだ。
一通りの自己紹介も終わり、難易度Fランク『ガラント洞窟』最下層地下10階のゴブリンリーダーの討伐へと向かう。
2020/8/9 改稿済み