後悔:レオンハルト視点
私は、国への謀反の罪で、罪の犯した王族が入れられる宮に幽閉される事となった。
私は生涯、ここから出る事は出来ないだろう。魔力も封じられ、何かするわけでもない何も無い日々が始まるのだ。
・・・どうして、こうなってしまったのだろうか。
私はただ、国をもっと良くしたいが為に動いたはずだ。王となり、国を治め、愛しい女性と共にありたかった。
もう私には、身分も、臣下も、女性達も、何一つ残っていないのだ。
「――――っ、」
ポタリ、と涙が落ちる。
ここに移動させられる直前に、父上とニコラスが私に会いに来た。
父上は、人払いをさせると私の手を取り、「止めてやれなくて、すまなかった」と涙を流した。
私は、父上を裏切ったのに、何故、私の為に泣いてくださるのか。父上の言葉を聞かなかったのは私なのに、何故、咎めようとはしないのか。今更になって、初めて父上の父親としての愛情を感じた。父上は精一杯、国王として、父親として、私を教え導こうとしていたのに、何故気づけなかったのか。
ニコラスもまた、「兄上の苦しみに気づいてあげられなくて、ごめんなさい」と涙を流した。
ニコラスは昔からずっと変わらず、私を慕ってくれていたのに、何故あんなにも冷たく当たってしまっていたのか。何故、王太子の座を争う敵ではなく、兄弟として、弟を可愛がってやれなかったのか。前に父上が言っていたように、兄弟二人で協力すれば、もっと素晴らしい国に出来たかも知れないのに、私はその事にも気づけなかった。
二人とも、最後まで私を責めることはしなかった。
冷たい石造りの部屋の中、私は一人で涙を流す。
最後にもう一人、謝りたい人がいた。
リリアーナ。彼女も私の行動の被害者だ。
私は自惚れていたのだ。自分は多くの者を魅了出来ると。皆、私についてきてくれると。・・・女などいくらでもいると。
私は婚約者であるリリアーナを蔑ろにし、彼女を怒らせた。幼い頃から婚約者として共にいるリリアーナなら、私が他の女性といようが誰を口説こうが婚約者として傍にいて支えてくれるのだと甘えていたのだろう。距離を置くと言われた事で、リリアーナのいない穴がぽっかりと空いた。私はその穴を埋めるかのように焦がれるティアを求めた。
・・・ティアが私の気持ちに応えてくれる事はついぞなかったが。
リリアーナは結局、私の元に面会も来てはくれなかった。きっと、怒っているのだろう。幻滅している事だろう。
・・・それでいい。こんな男の事など忘れてしまえ。婚約は解消になるので、リリアーナの経歴に傷がついてしまうが、リリアーナは良い女だ。他に貰い手はいくらでもあるだろう。
後悔など今更しても遅いのに、もっと周りを良く見て大切にしていれば、こんな事にはならなかったのかもしれないな。
コツン、コツン、と石造りの廊下を歩く足音が聞こえてきた。
そういえば、使用人を一人寄越すと言っていたな。その者が来たのだろう。こんな石造りの暗い宮で、犯罪者の世話をしなければならないなんて、不憫な使用人だ。
コンコンとドアがノックされ、開かれる。
「・・・レオンハルト様?」
「なっ!リリアーナ?!」
部屋に入って来たのは、どう見ても私の婚約者であるリリアーナ・ロサルタンだった。美しい金髪をひとつに纏め、使用人のお仕着せを着た彼女は首を傾げる。
「泣いておられたのですか・・・?」
バッと反射的に顔を隠す。
「違っ!・・・そ、其方こそ、何故こんな所にいる?その格好は何だ?!」
「これですか?意外と似合うでしょう。使用人の格好は動きやすくて良いですわね」
スカートを摘み、くるっと一回転するリリアーナ。
・・・いや、全く似合っていないぞ。
豪華で美しい顔立ちのリリアーナに使用人のお仕着せは地味すぎる。チグハグな印象だ。
私の心の声が伝わったのか、リリアーナが不満げな顔をする。
「『何故こんな所にいる?』でしたわね。わたくし、ロサルタン公爵家を勘当されてしまいました。魔術学園も退学になったのですわ。とりあえず住む場所とお金を稼ぐ場所を探していると、都合良くこの住み込みの仕事を見つけたのです!たった一人のお世話をするだけで、三食家付きの高給職ですわ」
ふふん、と豊満な胸を反らすリリアーナは何故か自慢げだ。
「いや、意味がわからん」
何故ロサルタン公爵家がリリアーナを勘当する必要があるのだ。ロサルタン公爵家ならば婚約解消されたくらい、どうって事はないであろう。そして、何故そんなに自慢げなのだ。全く意味がわからん。
「では、今度はレオンハルト様がわたくしの質問に答えてくださいませ。・・・泣いておられたのですか?」
あの謎回答で質問に答えたつもりだったのが驚きだが、これを機に懺悔する。
「・・・自分の行動を後悔していた。馬鹿な事をしたと、思っている・・・其方の経歴に傷を付けた事も、申し訳なく思っている」
「わたくしの経歴、ですか?」
きょとん、と首を傾げるリリアーナは本当に意味がわかっていないように見える。
「ああ。其方は幼い頃から私の婚約者として厳しいお妃教育を受けてきた。それなのに、国を裏切った犯罪者の婚約者などという烙印を押してしまった。其方は何も悪くないのに、申し訳なく思う」
「まぁ、レオンハルト様もそのような事を考えられるようになったのですわね」
「喧嘩を売っているのか?」
いいえ?とコロコロと笑うリリアーナ。
・・・リリアーナはこんなによく笑う女性だったか?もっと、顔をしかめているか、ツンとした表情が多かった気がするが。
「レオンハルト様。わたくし、レオンハルト様に伝えたい事があって参りましたの」
ああ、本題が来た。
リリアーナの真剣な表情に私は覚悟を決める。
「わかった。恨み辛み罵り蔑み何でも受け付けよう」
やはりリリアーナは私を責めに来たのだ。婚約者を蔑ろにし、謀反を起こして罪人となった馬鹿な私を。
何を言われても受け入れようと、私はそれだけの事をリリアーナにしたのだと、リリアーナの真剣な薄紫色の目を見つめ返す。
「レオンハルト様、幼い頃からずっと、わたくしはレオンハルト様をお慕い申しております。わたくしと結婚してくださいませ」
・・・。
・・・・・・。
「・・・はい?」
「ご了承いただけるのですわねっ」
パァっと表情を明るくするリリアーナに慌てて否定する。
「いや、待て、違う。今の『はい』は了承の意味ではなくてだな・・・自分の言っている事がわかっているのか?私は国を裏切った犯罪者だぞ?そんな男と結婚して何になる?リリアーナの利点が無いではないか」
私が至極当然の事を言うとリリアーナはムッとした顔になる。
「レオンハルト様こそしっかり聞いていましたか?わたくしはレオンハルト様をお慕い申していると言っているのです。レオンハルト様と結婚できる事こそがわたくしの利点でございます」
「リリアーナ、ちょっと待ってくれ。落ち着いて考えろ」
めちゃくちゃな事を言うリリアーナを一旦落ち着かせようとするも、彼女は尚も言葉を続ける。
「わたくしは至って冷静でございます。わたくしは昨年、学園祭前に1年間距離を置きましょうと申したはずです。もうすぐ1年、わたくしがレオンハルト様の婚約者の位置に戻るのに何の疑問がありますか」
「あの時とは状況が違うだろう!」
「違いません!」
リリアーナの真剣な目に、ふと、魔術棟の実習室でティアの言っていた言葉を思い出した。
『リリアーナ様を蔑ろにしないでください。リリアーナ様は、誰よりも殿下の事を思っておられるのです。もっと、しっかりとリリアーナ様を見てください!』
ティアの言う通り、リリアーナは本当に私の事を、私自身を好いてくれていたのか・・・?家を勘当されてまで、私の為にこんな所に来てくれたのか・・・?こんな状況になってもまだ、私と共に来てくれるのか・・・?
「――――っ、」
胸がキュッとしたと思うと、また、涙が溢れた。先程一人で流していた涙とは真逆の、温かい気持ちの涙。
「レオンハルト様?」
リリアーナが心配そうに覗き込んでくる。
私はグズっと鼻を啜ると、リリアーナの白くて細い手を握る。その手はとても、温かかった。
「私は、罪を犯した犯罪者だ」
「そうですね」
「身分も、財産も、何も無いぞ」
「わたくしもです」
「ここからずっと、出られないのだぞ」
「いいえ。5年間ここで反省すれば、国外追放という形で外に出られますよ」
「そうなのか?!」
「はい。もちろん敵意や害意がない事の確認はされますが・・・このまま幽閉か国外追放かどちらを選ぶかはレオンハルト様にお任せします」
「・・・では、5年間私はここで自分の行動を悔い改める事にしよう。そして5年後、もし、リリアーナがまだ私と共に生きたいと言ってくれるのならば、その時は、結婚してくれないか?」
「はい、喜んで」
リリアーナは嬉しそうに、美しい笑顔で笑った。
「私は今までリリアーナの気持ちを軽視しすぎていたな。・・・本当に申し訳ない」
「ええ、本当ですわ。5年かけてしっかりと反省してくださいませ」
「・・・リリアーナは意地悪になったな」
「距離を置いた事と、大切な友人といろいろお話出来た事で吹っ切れたのです。・・・こんなわたくしはお嫌ですか?」
「・・・いや、その、悪くない、と思う」
リリアーナに見つめられると顔に熱が集まってくる気がする。今までリリアーナに感じた事のない気持ちだ。
私はこの気持ちの正体を知っているが、今はまだ、気づかないふりをしよう。5年間しっかりと罪を償えば、この気持ちにも向き合えそうな気がした。




