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ひと時の安息

ティア視点→カイン視点になります。

『第一王子レオンハルトが謀反の罪で投獄、王位継承権及び身分の剥奪』という報せは私達平民にも広く知れ渡っていた。


 3日前、私達がロサルタン領の海で遊んでいたような時間帯に、レオンハルトは行動を起こしていたらしい。


 昨年から少しずつ話題が増えていたアラグリム教の神として、国王として、この国の国教であるカタロット教を追放し、この国を乗っ取るつもりだったのだとか。


 しかし、レオンハルトの不審な動きに気付いた国王陛下を初めとした貴族たちにより、戦争は騎士団と王国軍により防がれる。

 圧倒的戦力差により勝利した王国側の被害はゼロ、レオンハルトの率いる軍も無力化され、死者はいなかったそうだ。


 戦場となった教会は私も幼い頃通っていた教会で、そんな身近で戦争が起きるというのが何だかとても恐ろしく感じた。

 しかし、王都の街は今、ほとんど戦わずして勝利した王国軍、国王陛下をたたえてお祭りのように大騒ぎしている。


 私は、そんな祭りに参加する気力は湧かず、家でまったりと旅行の疲れを癒している。


 ・・・私にとってレオンハルトは、攻略対象で、避けるべき人物で、性格も傲慢な俺様で苦手で、しつこくて、時々強引で、実習室に呼び出された時の悲しそうな顔が印象に残っている人で・・・嫌いなはずだけれど、いなくなって清々したとは思えなかった。

 レオンハルトがこんな事になって、リリアーナはどう思っているのだろうか・・・


 ぼんやりとしていると、玄関のノッカーを叩く音がした。


「はーい」


 街はお祭り騒ぎになっているのに誰だろうかとドアを開けると、そこに立っていた人物に目を見張る。


「カイン・・・」

「ティア、こんにちは」


 夏季休暇中は会えないと言っていたのに、会いに来てくれた。


 ずっと会いたかったカイン。


 でも・・・


「カイン、どうしたの?その顔?」


 カインの顔には疲れが出ていて、目の下には酷い隈が出来ている。足取りもフラフラとしていて、よくここまで歩いて来たなと思うくらい危なっかしい。


 カインの顔に手を伸ばせば、その手が掴まれて、カインの頬に寄せられる。

 すり、と私の手に頬ずりしたカインはふにゃりと笑った。


「ティア、会いたかった・・・」

「・・・!」


 それだけ言ったカインの体がグラりと揺れ、ポスっと私の肩に頭を乗せ・・・そのまま停止した。


「・・・カイン?」

「・・・すー、すー」


 えっ?寝てる?

 呼び掛けても返事は無いし、肩口から規則正しい呼吸音が聞こえてくる。


 待って、立ったままなんだけど?!どうしよ?!

 えっと・・・


「お、お兄ちゃーん!」


「どうした?ティア・・・ってカイン?」


 家にいるはずの兄を呼ぶと、ひょっこりと顔を覗かせた兄は私の肩に頭を乗せて停止しているカインを見て首を傾げる。


「カイン、寝ちゃったの。助けて、お兄ちゃん!」

「えっ?寝てんの?それ」

「寝てんの!ソファーに運ぶの手伝ってもらっていい?」

「わかった」


 兄に手伝ってもらい、カインをリビングのソファーに寝かせた。


「うわ、酷い隈だな。この間の第一王子の事件のせいか?」

「たぶん・・・夏季休暇前にも大きな事件が起こるって言ってたから、それが第一王子の事件で、その後始末に奔走しているんじゃないかな・・・」

「そっか、カインは頑張ってるんだな」


 しばらく寝かせておいてやれよ、とカインに毛布を掛けた兄はリビングを出ていった。


 ちなみに、私が最初にカインに掴まれた手は、まだ掴まれたままだ。無理矢理取る事も出来るけれど、なんとなくそのままにして、カインの寝ているソファーの下に腰を下ろす。


 すうっと寝息を立てて眠るカインは、余程疲れが溜まっていたのだろう。私と兄の会話でも、移動させても、起きる気配が無かった。


 カインに掴まれているのとは逆の手でカインの頬を撫でる。


「お疲れさま、カイン。私もすごく会いたかったよ」


 頬に口付けを落とせば、一拍置いて寝込みを襲ってしまったという恥ずかしさが湧き上がって来た。


 でも、それよりもカインが目の前にいる事実が嬉しくて。カインを見ていると心が満たされて、凪いでいくのがわかる。

 そのまま、しばらくカインの寝顔を堪能した。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「・・・ん」


 僕が久しぶりにスッキリとしたいい気分で目を覚ますと、そこはティアの家だった。

 目の前には、僕の寝ているソファーにもたれ掛かり寝息を立てるティア。

 そのティアの手をガッチリ握っている僕の手。


「・・・?」


 これは夢だろうか?夢から覚めた夢だったというオチかもしれない。


 だって、僕はさっきまで王宮で先の事件の後始末をしていて、今晩もまた会議があって、少し休もうとアーサーに提案された覚えはあるけれど、ここまで来た記憶が全く無い。


 とりあえず、ティアの手を離して起き上がり、僕の寝ていたソファーにティアを寝かせて毛布を掛けると、眠っているティアをじっと見つめる。


 ・・・僕の目の前にティアがいる。その事実に心が弾む。乾いた心が満たされていく。

 思わずティアの頬に手を伸ばせば、ティアの首についた数本の傷が目に付いた。


「――――っ!」


 そうだ、やはりこれは現実だ。ティアの首の傷は、薄くなってきてはいるが数日前はもっと痛々しい傷だったのだろう。


 昨日、夜中に帰ってきた兄様を問い詰めて得た情報と合致する。


 ティアはロサルタン領で杜鵑草事件の密売人と相見え、首を絞められ殺されかけたらしい。ティアは僕の渡した魔術具を発動させ、密売人は頭を打って気絶。ティアは無事だったが、首にかすり傷が付いたそうだ。


 ・・・ティアが無事で本当に良かった。

 密売人の彼は絶対に許さないが、ティアが無事に僕の元に戻って来てくれた事に安堵の息を吐く。


 ・・・魔術具の効果をもう少し上げても良いかもしれない。ティアを絶対に傷つけない為に。


 それにしても、ティアが僕の前で眠りこけるのは珍しい。僕は疲れから何度かティアの前で眠ってしまった事はあるが、その逆はほとんど無い。


 貴重なティアの可愛らしい寝顔に胸がキュッとなる。

 眠るティアの緩んだ顔も、揺れる黒く長いまつ毛も、薄く開いた桃色の唇から漏れる吐息も全てが僕を刺激する。ずっとこのまま見ていたい気持ちと、触れてその双眸に僕だけを映して欲しい気持ちが交錯する。


 ティアに手を伸ばしかけたところで、玄関のノッカーの音が聞こえた。別の部屋にいたであろうニックが出る音が聞こえると、こちらに二つの足音が向かってきた。


「ん・・・」


 物音が増えたからか、ティアがうっすらと目を開けた。


「・・・かいん?」

「ティア、おはよう」


 寝起きの舌足らずな声で僕の名前を呼ぶ、そんなティアも愛おしい。


 ティアが状況を把握するようにゆっくりと瞬きをすると、僕らのいるリビングのドアが開いた。


「お、起きたのか、カイン。・・・てか、ティアが寝てたのか?」


 ソファー下に座る僕とソファーに横になるティアを見てニックが首を傾げる。


「カイン、調子はどうだ?」


 ニックと共に入ってきたアーサーが心配そうに僕を見る。先程の訪問者は僕を迎えに来たアーサーだったらしい。

 最近のアーサーはティアに会えていない僕をとても心配してくれていて、いつものからかいが鳴りを潜める程に僕は酷い顔をしていたらしい。


「ん。だいぶんスッキリしたよ。そろそろ行かないといけない時間かな?」


 ティアに会って、深く眠れた事で気分はスッキリした。

 そう言うと、安堵の表情を浮かべたアーサーは「時間だ」と短く告げる。


「ティア、いきなり来たくせに眠っちゃってごめん、ね・・・」


 ティアが寝そべった体勢のまま、僕の袖を摘んだ。


「カイン、もう、いっちゃうの・・・?」


 しゅんと眉を下げて、潤んだ目で見上げてくるティア。


「〜〜〜っ!」


 ああっもう!可愛い!


 頭では行かなくちゃいけないとわかっているのに、体が動こうとしない。そのまま固まっていると、アーサーがティアの横に来て、小さい子に言い聞かせるように話す。


「ごめんな、ティア。カインはまだやる事が山ほどあるんだ。今はちょっと我慢して?な?」

「・・・うん、ごめん。我儘を言ったね。アーサーも疲れた顔をしてるよ?二人とも、あまり無理し過ぎないでね?」


 そう言ってティアは僕の袖を離し、見送ってくれた。




 貴族街に向かって歩きつつ、アーサーにお礼を言う。


「アーサー、ありがとう。あのままだと僕、ティアから離れられなかったよ」


 杜鵑草、なんて名前の麻薬が出回った事もあったけれど、ティアにはそんな麻薬なんかよりよっぽど強い依存性がある気がする。1度触れると、もっと、もっと欲しくなる。僕はきっとティアからは一生逃れられないと思う。

 ・・・逃れる気もないんだけれど。


「いや、逆に二人の時間を奪ってごめん」

「仕方ないよ。全部片付けたら、テオやアリアも呼んで、皆でお茶会でもしようよ」

「ああ。この夏季休暇は兄貴や姉御にも会えてないからな。楽しそうだな」


 ティアの言った通り、アーサーも顔には隈ができていて、疲れた顔をしている。テオやアリアに会う時のアーサーはいつも嬉しそうなので、少しでも癒されるといいと思う。


 そうして僕達はまた、戦後の後始末に向かうのだった。

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