報われない恋:テオ視点
俺はテオ・ストデルム。
ストデルム商会の長男で、今は家業を継ぐ為の勉強をして毎日を過ごしている。
最近、俺の住む王都が物騒になってきているらしい。
原因は、アラグリム教。
なんでも、『王こそが神である』を基本理念とした、外国から入ってきた新興宗教らしい。それが大きくなっていて、国教のカタロット教と対立を強めているのだとか。
カタロット教の本拠地、カタロット大聖堂は俺らも幼い頃に通った教会で、王都にある。このまま宗教同士が対立すれば、サクレスタ王国王都が戦地になる可能性がある。
貴族のカインやアーサーはその可能性にいち早く気づき、対策を取ろうとしているらしい。しかし、アラグリム教は教えが王を神とするものなだけあって、高貴な貴族が後ろについているそうだ。終息には手間取りそうだ。
そんな事情もあり、今年の夏は皆で旅行に行けそうもないのが残念だ。
ティアも夏季休暇中はカインに会えないと嘆いていた。あのカインがティアを遠ざけるのだから、本当に危険な状況なのだろう。
・・・ティアの首と手首にアクセサリーの形で大量についていた魔術具にはちょっと引いたけれど。
相変わらず、カインの愛は重いな。
俺がカインに初めて会ったのは11歳の時だったか。第一印象は、ふにゃっとしてて可愛らしい、子犬みたいな奴だなと思った。
だけど2回目、侯爵邸で会った時は、獰猛な狼のようだと思った。狙った獲物は逃さないと言うように、ティアに執着し取り囲み、仇なす者は排除する。そんな感じだった。
俺は昔、ティアの事が恋愛対象として好きだった。いや、実は今も諦めきれていない。だけど、俺はカインには勝てないと思った。
あんな風に愛おしそうに抱え込まれたら手を出すなんて出来ない。きっと、獰猛な牙で俺の手が噛みちぎられる。
だから、身を引いた。俺の気持ちもいつか収まるようにと願いながら。
今日は休日だ。買い物袋を手に街を歩いていると、見知った顔を見つけた。
「・・・ミーナ様?」
俺の声に振り返ったのは、赤銅色のふわふわした髪の毛にグレーの目をした男爵令嬢、ミーナ・マイリス様だ。
彼女は去年、皆でスクラル領の星祭りに行った時に知り合った、ティアの友達だ。一応貴族だが、貴族然とした態度が全くなく、泣き虫な可愛らしいお嬢様だ。
「はっ!テオさん?!どうしてここに?」
ポポポと顔を赤くして笑顔を浮かべるミーナ様は小動物のようで可愛らしいと思う。
「買い物帰りですよ。ミーナ様こそどうして街に?」
「わたくしは本屋に行ってまいりましたの・・・目当ての本は無かったのですが」
貴族はあまり街をうろつかない。買い物は大抵商人を家に呼んで行うからだ。たとえ何か用事があっても馬車で向かい、馬車で帰る。間違っても徒歩で本屋に行ったりはしないはずなのだが。
ミーナ様はどう見ても一人で、護衛などの使用人すらいないように見えた。
「・・・お一人ですか?」
「・・・はい。うちはあまり裕福ではないもので、使用人も最低限なのです・・・」
恥ずかしそうに俯くミーナ様。
一括りに貴族と言っても様々だ。カインやアーサーはかなり裕福な貴族で、外出も必ず護衛がついてくるし、着ている服も一級品だ。対してミーナ様は一人で、服も何回も着ているとわかる一般的な平民の物だ。
「送っていきますよ。最近は物騒なので、お一人で出歩かない方がいい」
街の中も何かを察しているのか普段よりも閑散としている。時折神官のような者が民家を訪ねたりしている。女性一人で出歩くのは危険だろう。
「あ、ありがとう存じます」
頬を染めて嬉しそうについてくるミーナ様。
去年の星祭りではアリアがいろいろと画策していたが、鈍感なティアじゃあるまいし、俺にだってミーナ様がこの顔をする理由くらいわかる。
おそらく彼女は異性として、俺を好いてくれているのだろう。
その気持ち自体は嬉しいものだが、今の俺にその気持ちに応える勇気はないので、気づいていないように振る舞う。
「ミーナ様の探していた本とは何の本なのですか?」
「異国の物語で、『栗取物語』と言うそうなのですが、少し前に翻訳されてこの国に入ってきたそうなのです」
「栗取物語ですか・・・また変わった本をご所望ですね。ストデルム商会で今度仕入れておきますので、入りましたらマイリス邸にお持ちします」
「えぇ?!そこまでして頂かなくとも、ご連絡頂ければ取りに伺います!」
「ダメです。最近は物騒だそうなので。詳しいことはわかりませんが、カインやアーサーもピリピリとしています。お一人での外出はなるべく控えてください」
「・・・そうですわね、お言葉に甘えさせて頂きます」
栗取物語か、ミーナ様は本当に物語がお好きなのだな。
栗取物語を取り寄せ、マイリス男爵邸に持っていくと頭の中でメモに書き込む。
「ミーナ様は、どのような物語でもお好きなのですか?」
「わたくしは、物語なら何でも好きですね。どの物語も読んでいると違う世界に行けるようで、心躍ります。でも、1番はやはり恋物語かもしれませんわ。あんな素敵な恋愛をしてみたいものです・・・」
「恋物語、ですか・・・俺は自分の恋が報われないので、読むと少し辛く感じますね」
頬を上気させ恋物語に思いを馳せるミーナ様とは違い、俺は恋物語のような恋愛は出来ないので読むと自分の報われない恋が辛く感じるのだ。
ピタリ、とミーナ様の足が止まった。
「ミーナ様、どうし・・・」
「好きな人が、いらっしゃるのですか?」
「あ・・・」
しまった、つい口が滑ってしまった。どうしようかと一瞬悩むが、いっそミーナ様には知ってもらって、俺以外の男を見てもらった方がいいと思った。その方がお互いに幸せだろう。
「・・・はい。ずっと昔から好きな人がおります。でもその人には別の相手がいて、俺の恋は実らないとわかっているのに、諦める事も出来ずにおります・・・女々しい男ですよ、俺は」
「・・・そう、なんですか」
ミーナ様はグッと拳を握り、俯いてしまう。
「だから、こんな俺ではなくて、他の男を探した方が良いと思います。貴女は可愛らしい方なのだから、きっと、良い人が見つかります」
「――――っ!」
ニコリと笑う俺とは対称的にうるっと涙目になるミーナ様。
そんな今にも涙が零れ落ちそうな顔に、ズキンと胸が痛んだ気がした。
「着きましたよ・・・では、俺はこれで失礼いたします」
ちょうどマイリス男爵邸に着いたので、何も言わないミーナ様を置いて、逃げるようにその場を立ち去った。




