夏季休暇のお誘い
「我がロサルタン領には美しい海があってな、交易でも栄えているし、海水浴や観光もできるのだ。それで、だな」
「夏季休暇中に皆さんをロサルタン領にご招待いたしますわ」
昼休みにカインとアーサー、ミーナと私の4人で昼食を摂っていたら、レイビスとリリアーナがやって来て言った。
「海っ!」
「港町っ!」
私とミーナは同時に目を輝かせる。
海!私はこの世界で海はまだ見た事がない。私が住んでいる王都から海は遠く、行く機会が無かったからだ。
いや、そんな事よりも・・・
「海という事は、お魚!お魚はございますか?」
いきなりテンションが上がった私に少し引きつつリリアーナが答える。
「え、ええ、あるわよ」
うわぁ!お魚あるって!
王都の人はタンパク源は主に肉で摂る。牛肉、豚肉、鶏肉、兎肉、羊肉と種類があるが、魚はあまり食べられていない。
お肉も美味しいのだが、前世日本人としてはお魚も好きだ。
魚は需要が少なく調理法があまり確立されていないからだろうが、王都に入ってくる魚は大体干物の長期保存出来る形の物で、身も薄くて固い。
しかし、港町ならば、新鮮な魚を食べる事が出来、料理も複数あるのではないか。
私はふっくらとした塩焼きや煮物、お刺身が食べたい。
お醤油・・・は無いから塩で良いかな、塩を付けて食べたい。海鮮丼とかあれば尚素晴らしい。
「行きます!わたくし、生魚が食べたいです!」
「生で・・・?お腹を壊さないかしら?」
「新鮮な物だったら大丈夫です!」
「・・・料理長に相談してみるわね」
リリアーナは苦笑しながらも了承してくれる。
やったぁー!お刺身だよ!
リリアーナの口調から、この国では刺身は主流ではなさそうだが、そんなものは関係ない。お刺身が食べられる予感に胸を踊らせる。
「ティアさんは、そんなにお魚がお好きだったのね・・・喜んで貰えそうでよかったわ」
リリアーナがふわりと微笑むと、ミーナが意を決したように口を開く。
「あ、あのっ!リリアーナ様、港町という事は、外国の本などもございますか?!」
キラキラとグレーの目を輝かせてリリアーナを見るミーナ。本当に本が好きなのだ。可愛い。
「ええ、もちろん。翻訳済の本も王都より先に店頭に並ぶわ」
パアァとミーナの周りに花が咲いていくように表情が明るくなる。
「わたくしもご一緒させてくださいませ!とても、楽しみですわ」
「ええ。書店も巡りましょうね」
私とミーナが行く気になった所でレイビスがカインとアーサーに声をかける。
「カインとアーサーも共にどうだ?女性三人の中に男が私一人というのも複雑だからな。共に来てくれると助かるのだが」
すると、カインとアーサーは「うっ」と言葉に詰まった。
「僕達は、夏季休暇中は王都を離れる訳には・・・」
「悪いな・・・」
「えっ?カインもアーサーも来られないの?!」
皆で旅行に行けたらいいなと思っていたのだが、カインとアーサーは来られないらしい。
そういえば、今年の夏は忙しいからあまり会えないかもとは言われていたが、旅行も無理なのか・・・。
「そうか・・・カインが来られないならば、ティアさんは連れて行かない方が良いか?傍を離れると心配だろう?」
レイビスの気遣いにハッと顔を上げる。
そっか、カインはいつも私の事を心配して守ってくれようとするから、私だけロサルタン領に行くと更に心配させてしまうかもしれない。
私も行かない方が良いのだろうか・・・
お魚・・・
「カイン、私、行かないでおこうか?」
お魚は食べたいが、カインの気持ちの方が優先だ。あまり心配をかけたくはない。
そう言うとカインも難しい顔で考え込んだ。
「ティアは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いや、ティア達だけで楽しんでおいで」
行ってらっしゃい、と何だかとても悔しそうだったが、ロサルタン領への旅行を許可してくれた。
「熟考したな」
「珍しい」
「うるさいよ」
アーサーとレイビスがカインをからかっている。なんだかんだで三人は仲良しだ。
今年の夏はレイビスとリリアーナ、ミーナ、私というメンバーでロサルタン領に旅行に行く事になった。カインとアーサーが一緒に行けないのは残念だが、ロサルタン領への旅行はとても楽しみだ。
・・・何か忘れてるような気がするな。何だろう?




