ロサルタン公爵家と忠告
学年末のテストが近付いて来たので、恒例となってきたレイビス、ミーナ、カイン、アーサー達との勉強会を開催している。
前回のテストの前には、レイビスはミーナを連れてきて一緒に勉強をするようになったが、今回はリリアーナを連れてきた。
「リリアーナにテスト前は皆で勉強会を開催している事を伝えたら参加したいと言ってな。良いだろうか?」
「わたくしも、ご一緒してよろしいかしら?」
「大歓迎です!」
リリアーナと一緒に勉強できるとか光栄だ。むしろ、勉強するリリアーナをずっと眺めていたいくらいだ。そんな私の考えを見透かしたのかアーサーがコツンと私の頭を小突く。
「ティア、ちゃんと勉強に集中しろよ?」
「はーい」
分かってますよー。
私もテストは気合を入れて臨みたいから、勉強に集中して頑張るよ。
勉強会開始からしばらくして、レイビスが一旦休憩しようと声を掛け、私も教科書から顔を上げて伸びをする。
「ふぅー、疲れたぁ」
「ティア、お疲れさま。紅茶入れたよ」
「カイン、ありがとう」
私達がいつも使っている図書室の個室では紅茶の茶葉が常備されていて、自由に入れて飲むことが出来る。優雅だ。
カインの入れてくれた紅茶を飲み、一息つくと、リリアーナがポツリと言った。
「こうして見ると、ティアさんは努力の人なのね」
「・・・そうでしょうか?」
「ええ。貴女は平民でわたくし達より勉強の環境が整っていないはずなのに、いつもわたくしの成績を軽々と超えていくでしょう?だから、直ぐに頭に入る天才タイプなのだと思っていたのだけれど、そうではないのね」
リリアーナは私が頭のいい人間だと思っていたらしい。天才タイプとは、パラパラと教科書を読むだけで直ぐに頭に入るカインのような人の事で、私は違う。何度も教科書を読み込み、覚える工夫をしてやっと頭に入れるのだ。軽々とこの成績を維持出来る程私の頭は良くはない。
「そうなのだ。私も最初は驚いたが、ティアさんはいつも大変な努力や工夫をして好成績を維持している。尊敬に値すると思う」
私が答える前に何故かレイビスが自慢げに語る。
「勉強以外でも魔力の扱いや立ち居振る舞いにも努力の跡が見える。ティアさんは大層な努力家だと思う」
まるで自分の事のように語るレイビスにリリアーナが笑う。
「ふふっ、レイビスはティアさんの事をよく見ているのね」
私も驚きである。レイビスとは程よく距離を保って接していると思うのだが、よく観察されていたらしい。
リリアーナの言葉にハッとしたレイビスが少し赤くなって否定する。
「ち、違うぞ?平民でここまで勉強が出来るのは珍しいから興味が湧いただけでな、決してティアさんを観察していた訳ではないぞ?」
「まあ、そういう事にしておきましょう。・・・ティアさん、レイビスはロサルタン公爵家跡取りだし、優しくて、結構いい男だと思うわよ?」
「・・・?、そうですね?」
ふふっと笑うリリアーナにレイビスの良さを説明されるが、レイビスは攻略対象だし、それなりにいい男なのは知っているが、いきなりどうしたのだろうか。リリアーナは意外とブラコンなのかもしれない。
「こらっ、リリアーナ!」
レイビスが慌てたようにリリアーナを止めているので、二人は仲良しだなと思う。リリアーナと親しい態度ができるレイビスがちょっと羨ましい。
「お二人とも、よく婚約者である僕の目の前でそんな話が出来ますね?」
隣から聞こえてきた声にそちらを向くと、暗黒オーラを纏ったカインが不機嫌さを隠そうともせずにこめかみに青筋を立てていた。
しかし、リリアーナはカインの暗黒オーラを気にした様子もなく、
「ふふっ、冗談よ。気にしないでちょうだい」
と笑っていた。最近のリリアーナは楽しそうで何よりだ。
「そういえば、アラグリム教を知っているか?」
勉強会が終了し、皆で正門へと向かって歩いていると、レイビスがそんな事を言い出した。
アラグリム教・・・どこかで聞いた事ある気がするんだけど・・・どこだったかな?
「うーん、どこかで聞いた気もするんですけれど・・・」
「『王こそが神である』を基本理念とした、最近勢いのある宗教だね」
おー、さすがはカイン、博識だね。
カインの説明のおかげで思い出したけれど、魔術の居残りでナディック先生が話していた宗教だ。興味無さすぎて忘れていた。
「ああ。最近、国教のカタロット教と対立の兆しがあるらしい。ロサルタン公爵家にもアラグリム教の宣教師が来てな、我が家は生粋のカタロット教派だから追い返したが、皆には一応注意をして欲しいと思ったんだ」
レイビスの真剣な声に皆が頷くが、私はよくわからない。
「カタロット教との対立の兆しがあるとは、つまり、どういう事なのですか?」
素直に疑問に思った事を口にすると、皆に呆れたような顔をされた。
・・・そんな残念な子を見る目で見ないでよ!宗教には疎いんだよ!
ぷくっと頬を膨らませて無言の抗議をすると、レイビスが私の疑問に答えてくれた。
「つまり、アラグリム教は国教であるカタロット教になり代わろうとしているんだ。信仰者を増やして、宗教戦争を起こす可能性がある」
「戦争っ?!」
「珍しい事じゃない。思想が違えば戦争が起きる。歴史の中でも多く起こっている事だろう?」
「それは、そうかも知れませんが・・・」
歴史はただの歴史で、今は違うと思っていた。国教はカタロット教と言っても、違う宗教の人もいるし、それなりに寛容なのだと思っていたが、宗教が大きくなり過ぎて国教を脅かすようになると戦争が起きるのか・・・
やはり私には理解出来ないなと思っていると、リリアーナが私に釘を刺す。
「ティアさん、貴女も他人事ではないのよ」
「・・・どういう事ですか?」
「平民で、後ろ盾が無いにも関わらず多量の魔力を持つ貴女は戦争の道具としては最適よ。貴女にその気がなくとも利用されたり、無理矢理攫われたりする可能性があるわ」
「えっ!」
「ああ、戦争は魔力を多く持っている方が有利だからな。平民の魔力持ちなど利用しない手はないな」
「ひっ?!」
何それ、怖い!
レイビスにも追い打ちをかけられて思わず隣を歩くカインの腕を掴む。宗教戦争が起こる時点でも実感が湧かないのに、自分が戦争の道具にされるとか想像もつかない恐怖だ。
「お二人とも、あまりティアを怯えさせないで頂けませんか」
カインが私を抱きしめるように引き寄せたので、ふわりとカインの香りに包まれて、ちょっぴり安心した。
「すまない。怯えさせるつもりは無かったんだ。しかし、ティアさんは随分と特異な立場にあるからな、知っておいた方が良いと思ってな」
「ティアさんに何かあったら嫌だもの。用心していただかないと」
レイビスもリリアーナも私を心配してくれていたらしい。その心遣いは嬉しい。
「大丈夫ですよ。ティアを守る為に僕達はいるのですから。ね、アーサー?」
「ああ、ティアを戦争の道具にはさせないからな」
カインとアーサーが何かわかり合っている。
・・・はっ!
そういえば、最近はカインかアーサーが貴族街通り過ぎて私の家まで送ってくれたり、朝は家まで迎えに来てくれたり、休日は一人で家から出ないように言われたりしていたのはそのせいか!
カインもアーサーも過保護だなぁ、ぐらいしか思ってなかったよ!私の鈍感!
「まあ、すでに騎士が動いていたのですわね。これは失礼いたしましたわ」
「わ、わたくしも微力ながらティアを守りたいですっ」
リリアーナがふふっと笑うと、オドオドと私達の話を聞いていたミーナが意を決したように拳を握って宣言した。
・・・可愛い。
思わずミーナの頭を撫でてホッコリした。




