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違和感

「よっ、と・・・」


 つま先立ちをして、グググッと片手を上に伸ばす。


 もうちょっと・・・なんだけど。


 ここは放課後の図書室。

 カインやアーサーと共に帰る予定だが、二人は何か用事があるらしく、私は一人図書室で時間を潰している所だ。


 この図書室は勉強の参考書だけでなく、様々な分野の記録本、図鑑、伝記や小説もある。国中の本が集められてるんじゃないかとも思うが、魔術学園の図書室よりも王宮にある図書館の方が古い時代の本や、一般には出回っていない本も所蔵されていて、規模がさらに大きいらしい。


 兎にも角にも、この図書室は時間を潰すのには最適で、読書をしながら二人を待とうと図書室にやってきた。

 そんな私の目当ては恋物語で、このギリギリ届きそうな位置に置かれている本を取ろうとしている所だ。


「くっ・・・」


 懸命に伸びをしてみるも、背表紙に軽く指が当たるだけだ。取れそうで取れないのがとてももどかしい。


 ・・・うん。横着せずに梯子使おう。


 腕を上げているのも辛くなってきたので、諦めて梯子を探そうと本から顔を背ける。


「・・・これか?」


 体の向きを変えた私の目の前に豪華な飾りのついた制服が現れた。

―――こんな言い方をすると制服が瞬間移動してきたように感じる人もいるかも知れないが、そうではない。


 私はその制服の主、レオンハルトが私の取ろうとしていた本に手を伸ばして、私を本棚とレオンハルトの体の間に挟んでいる状態にあるだけだ。


「・・・『クリス物語』、ネルラント王国の恋物語だったか?」


 どうやらレオンハルトは私の取りたかった本を取ってくれたようだ。すぐに体を離された事に内心安堵する。レオンハルトは夏季休暇以降、私に妾になれとは言ってこなくなった。私から興味を無くしてくれたのならとても嬉しいが、やはり警戒はしてしまう。でも、


「ご存知なのですか?」


 レオンハルトが恋物語を知っている事が意外で思わず聞き返してしまった。


 レオンハルトと恋物語の取り合わせが似合わない。戦記とか政治学とかそういう本しか読まなさそうなイメージだ。もしくは自分磨きのススメ。


「ああ。有名な物や話題となっている物は偏見なく目を通すようにしている。これは恋物語として読まれる事が多いが政治的に見てもなかなか興味深い物があったぞ」


 ・・・読んだんだ!


 意外だ。クリス物語とは、クリスという男主人公の話だが、様々な女性を愛する恋物語だ。確かに貴族世界のしがらみ等も多く表現されているので政治的な観点でも読めるかも知れない。


「そういう観点で読むのもまた一興ですわね。わたくしは専ら恋物語として楽しんでおりますが」

「そうか・・・クリスは浮名の酷い男だが、そんなのが良いのか?」

「違います!」


 物語として楽しんでいるだけで、実際そんな男は絶対に嫌だ。当然一途な人が理想だ。カインみたいな。

 というか、クリス物語は一夫多妻制の国が舞台だから問題ないのだと思う。クリス物語の刊行されているネルラント王国も一夫多妻制らしいし。


 この世界では、平民は一夫一妻が多いが、貴族は跡取りを残す為に一夫多妻の国が多いそうだ。ただ、このサクレスタ王国は一夫一妻制で、夫一人妻一人でお互いに支え合って生活していく。しかし、より高貴な者は跡取りの問題や、ただ単に満足出来ないとかで、妾を作る者も多くいるらしい。それも暗黙の了解で認められているのだとか。初対面からレオンハルトが堂々と妾になれと言ってきたのはそれである。


 レオンハルトは「そうか」とだけ言うと私に本を渡してくれた。


 ・・・?


 何だかレオンハルトの様子がいつもと違う気がする。いつもは大抵周りに女子生徒を侍らせているのに今は一人だし、どことなく、いつもの傲慢な俺様ナルシスト感がないような・・・?


 そんなレオンハルトにじっと見つめられるのが不快で、この場を離れようとすると、再び声をかけられた。


「ティア、其方は何故そんなに魔力が多いのだ?」

「え?」


 入学初日にも聞かれた質問だが、今さら、どうしてそんな質問を?

 言っている事は同じだが、入学初日とは違い少し言葉が重い。レオンハルトの金色の目が真剣に見据えてくる。


 脈絡のない質問と妙に真剣な彼の姿に首を傾げるも、入学初日と同じ答えを返す。


「存じません。わたくしも、魔術学園に入って初めて知りましたので」


 私の魔力が多いのは、私の祖母が隣国の元王族だからだ。きっと祖母の血が濃いのだと思うが、そんな事を正直に言うつもりはない。


 変わらぬ私の回答に眉をひそめたレオンハルトは手を伸ばしてきて私の髪をひと房取る。


「・・・!」


 ・・・何?!


 驚いて一歩下がると、私の髪はレオンハルトの手から滑り落ちた。空になった手を少し見つめたレオンハルトが躊躇いながら口を開く。


「ティア、其方は――――――・・・いや、ここで言う事ではないか」


 何かを言いかけたレオンハルトが口をつぐむと、「殿下っ」と数人の女子生徒の声が響いた。


 いつも侍らせている何人かの女子生徒がやって来たようだ。レオンハルトにしがみつくと甘えたような声を出す。


「ここにいらっしゃったのですわね。探しましたのよ」

「殿下、一緒に帰りましょう?」


 彼女達はレオンハルトに甘えつつ私を睨むと言う芸当をやってきた。婚約者のいる平民にまで目くじら立てなくてもいいのに、と思いながら手早く挨拶をして、その場を離れた。


 ・・・今日のレオンハルトは変だったな。なんだったんだろう?

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