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憂鬱な日々の終わり:ニコラス視点

ティア達とニコラスとの出会い、ニコラス視点です。

 僕の名前はニコラス・サクレスタ。このサクレスタ王国の第二王子です。


 サクレスタ王国は魔術が発展している国です。貴族のほとんどが大きな魔力を持ち、魔術学園を卒業した後、国の為に魔術を使い働くような国です。長らく戦争など大きな争いも無く、それなりに豊かで栄えており、人々は穏やかで明るく、僕はこの国が大好きです。


 僕は第二王子なので一応、王位継承権を有しています。しかし、僕の兄上の方が優秀なので僕が王位につくことはないでしょう。僕は臣下として国王の兄上を支えていければ充分です。


 そう、思っているのですが・・・


 数年前、僕よりも王太子候補として圧倒的に優位に立っていた兄上が評価を落としたそうです。

 兄上は優秀で、いつも自信たっぷりで堂々としていて、僕とは真逆で僕の憧れなのですが、その兄上と僕が並んでしまったのです。自然と周囲の僕を見る目が変わりました。もしかしたら僕の方が王太子になるのかもしれないと。取り入った方が良いのではないかと。


 しかし、僕は兄上ほど優秀ではないのです。兄上と比べられる事が多くなり、兄上に対しては劣等感しかありません。王太子には兄上が相応しいと思っていますので、そんな周りの視線が心底憂鬱でした。


 来年度には僕も兄上と同じ魔術学園に入学します。

 学園に入っても、兄上と比べられ、王太子候補がこんなのかと思われるのがとても嫌で、一人の時間が欲しくて、王宮を抜け出しました。


 街を行くあてもなくぼんやりと歩きます。

 今着ている平民の服は商人を呼んだ時にこっそりと買ったものです。初めて着ましたが、動きやすいと思いました。ですが、今日は雪も降り積もる冬らしい天気。もう少し着込んでくればよかったと後悔しました。


 寒さで震えながら、少しでも風を避けようと建物の傍を歩いていると、降り積もる雪で滑った僕は転倒し、頭をぶつけました。

誰かがかけて来たようですが、そのまま意識を失いました。



 暖かいものに包まれる中、枕元で誰かが動くような音が聞こえてきました。


「・・・ん」


 ゆっくりと瞼を開けると、どこかの部屋の中にいるようでした。随分と簡素な作りの部屋です。平民の家でしょうか?


「・・・目が覚めた?」


 頭の上から声がして、声の方向にゆっくりと首を傾けます。


 そこには、真っ黒な髪に同じく真っ黒な目をした美しい女性がいました。神秘的、とでも言いましょうか、その黒曜石のような目に吸い込まれてしまいそうです。平民は比較的色の濃い人が多いそうですが、黒髪黒目の人は初めて見ました。


「・・・えっと、貴女は?ここは、何処でしょう?」

「私はティア。ここは私の家で、家の前で倒れた貴方を私の兄が見つけてここまで運んだの」


 そう言われて、記憶を手繰り寄せた僕はガバッと起き上がります。


「はっ!そうでした!これはご迷惑を・・・痛っ!」


 直後、ズキッと頭が痛みました。


「頭をぶつけたみたいだから、もう少し休んでいて」

「申し訳ありません」


 他人の僕にこんなに優しくしてくれるなんて素敵な人ですね。申し訳なく思い謝罪しますが、ティアは気にした様子もなく優しく言葉を紡ぎます。


「いいえ。えっと、たしかこの辺・・・ちょっと冷たいよ」

「冷たっ」

「コブができているから、冷やした方が早く治るよ」

「・・・ありがとうございます」


 声も、仕草もとても穏やかで優しい。ティアはまるで女神のようですね。


 その時、パタパタと足音が聞こえると、部屋のドアが開きました。


「お、目覚めたのか」

「お兄ちゃん」


 入ってきたのはティアと同じく黒髪黒目の男性で、ティアとよく似た整った顔立ちをしています。


「・・・貴方が僕を運んでくださった方ですか?」

「ああ、目の前で転んで倒れたからな。具合はどうだ?」


 心配そうに僕の顔を覗き込みまれたので、僕はつい正直に、


「・・・頭が痛いです」


 と言えば、


「だろうな」


 と苦笑いされました。


「・・・」


 王宮で僕が『頭が痛い』と言えば、侍従たちが慌てふためき、ベッドに入れられ、医師を呼ばれます。もちろん、嫌な訳ではないですが・・・

 彼らは僕の身分を知らないからなのでしょうが、その返答が仲の良い友達の軽いやり取りのようで、なんだかとても嬉しかったのです。


 その後、ニックと名乗ったティアの兄に、僕の名前はニコルだと、嘘をつきました。・・・彼等の砕けた態度が嬉しくて、彼等に僕は王子だと知られたくなかったのです。


 ティアとニックはすごいのです。

 僕が兄上と比べられて劣等感があると話せば、僕は僕だから、比べる必要は無いと言ってくれました。兄は兄。僕は僕。そう考えると魔術学園にも前向きに行けるかもしれないと思いました。

 更に驚いた事に、ティアは平民ながら魔術学園に通っていると言うのです。魔術学園でもこうしてティアが仲良くしてくれるのなら、憂鬱にしか感じていなかった魔術学園がとても楽しみに思えて来ました。


 僕は初めての友人が出来たのです。行きとは違い、帰りは足取りも天気もすっかり良くなっていました。




 ある日、僕と兄上は父である国王陛下から呼び出され、課題を出されました。父上はたまにこうして僕や兄上を試すのです。


「国王として、民衆の心を掴む事は大切だ。民無しでは国は作れないからな。ではどうしたら民衆の心を掴む事ができると思う?・・・3日後までに考えて来なさい」


 父上はそれだけ言うと、僕と兄上を執務室から追い出しました。


「先程の課題、兄上はどう思われますか?」


 僕は自分が国王になれる気がしないので、明確な答えを出せません。参考にと、王太子を目指している兄上に聞いてみます。


「ふん、そんなものは決まっている。国王が優秀であり、魅力的ならば、自然と国民はついてくるものだ。大切なのは国王のカリスマ性だな」

「・・・なるほど」


 優秀で魅力的な兄上らしい答えですね。


「そう言うニコラスはどう考えている?」

「・・・僕は、まだよくわかりません。父上の定めた期限内に何か考えようと思います」

「王太子を目指す者がスパッと答えを出せなくてどうする?やはり、王太子となり次の国王となるのはこの私だな」


 兄上は呆れたように僕を一瞥すると去って行きました。


 民衆の心を掴む、か・・・

 たしかに、兄上の言う通り、国王の魅力は必要でしょう。しかし、それだけで良いのでしょうか?父上は民無しでは国は作れないと言いました。もっと、民の事を考える必要があるのでは・・・?



 気づいたら、ティアとニックの家に来ていました。なんだかすごく、二人に会いたくなったのです。ティアとニックは歓迎してくれ、僕の悩みも聞いてくれて、ティアとニックなりの回答もくれました。

やはり、民には民なりの考えがあり、国王だけが優秀でもダメなのではないかと感じました。



 そして、父上との約束の3日後、僕と兄上は再び執務室に呼び出されました。


「それで、答えは導き出せたか?」


 父上の問いかけに兄上が一歩前に出ます。


「はい、父上。私はやはり国王の優秀さ、有能さが大切だと考えます。愚王についていこうとする国民はおりません。魅力的な賢王となれば、民の心を掴むなど容易いと思われます」


 兄上の堂々とした答えに、父上もうむ、と頷きます。


「そうだな。・・・ニコラスはどうだ?」


 父上の金色の目を向けられたので、勇気を出して口を開きます。


「ぼ、僕は、様々な者の意見を聞く事が国王としては大切だと思いました。周りの貴族だけでなく、平民達含めて国中の人々、彼等の意見も聞いて、気遣い、国を動かしていく事で、彼等もまた国王についてきてくれるのではないでしょうか」


 ティアやニックが言っていたように、民達もまた主張がある。それを聞いて、政治を行っていく事が国王として大切なのではないかと思いました。


「なるほどな」


 うむ、と父上が頷くと、兄上の癇に障ったようで睨みつけられました。


「何を言っている、平民は我らに従っていればいいのだ。意見を聞く必要など無いであろう?」

「お言葉ですが、兄上。国民の大多数は平民です。貴族などごく一部に過ぎません。僕達は彼等の納める税によって生きております。彼等の意見を聞かずに国は運営できません」

「なっ!ニコラスは国王に興味が無いのではなかったのか?!本気で国王を目指すと言うのか?」

「僕が国王になる云々では無く、民の意見も聞くべきだと言っているのです」


「止めろ」


 だんだんとヒートアップしてきた僕と兄上の言い争いに父上が制止をかけます。


「そなた達が喧嘩とは珍しいな。しかし、余はレオンハルトもニコラスも間違ってはいないと思う。魅力的な賢王である事と民の意見も取り入れる事は矛盾しないだろう?レオンハルトにはレオンハルトの良さがあり、ニコラスにはニコラスの良さがある。お互いにそれを認め、補い合いなさい。どちらが国王になっても、支え合っていけるように」


「「はい、父上」」


 僕と兄上は執務室を出ました。いつもはそのまま自室に歩いていく兄上が珍しく僕を呼び止めました。


「ニコラス」

「はい、どうしましたか?」


「其方は・・・国王を目指しているのか?」


 兄上にしては珍しく、逡巡しながらの問いです。


「・・・わかりません。ただ、今回の父上の課題で、僕が理想とする国の形が少し、見えたと思いました」


 国王になりたいかと言われれば、僕よりも兄上の方が相応しい、そこは変わりません。しかし、僕も僕なりにこの国を、民を守りたいと思ったのです。その形が少し見えた。


「僕は今でも兄上こそが国王に相応しいと思っております。しかし、もし、兄上が僕の理想とする国を蔑ろにするのであれば、僕は兄上を押しのけて国王を目指しましょう」

「なっ!」


 僕の大切な友人であるティアやニックを平民だからと蔑み軽んじるのはたとえ兄上でも許しません。

 兄上の驚愕した表情が珍しく、僕はニコッと微笑みます。


「では、失礼いたします、兄上」


 ああ、ティアとニックにお礼を言いに行かなくては。こんなにスッキリとした気持ちで父上の課題を終えられたのは初めてです。お土産に何か甘いものでも持って行きましょう。


 侍従に手土産を一つ頼むと、自室へと戻りました。

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