婚約成立1
今日は教会にカインと私の婚約証書を提出に行く。
私はあの後、父にもサインを貰い、自分もサインをしておいた。父はサインする時に若干虚ろな目で「婚約証書まで・・・あぁ、外堀が埋まっていく・・・」と呟いていたが、よく分からないのでスルーした。
「ティア、迎えに来たよ。行こう」
「うんっ!」
家まで迎えに来てくれたカインと一緒に教会に向かって歩き出そうとするが、カインが少し俯いて立ち止まった。
「カイン?」
「あ、あのね、ティア」
立ち止まったカインを不思議に思って声をかけると、カインは胸の前で指をいじったり、体を揺らしてモジモジとし、
「あの、手を繋いで行かないかな!」
バッと自分の右手を私に差し出した。
・・・はうっ!私の婚約者が可愛いっ!!
差し出した手がちょっと震えているのも、長い前髪から覗く緊張と不安が入り交じった目も全部可愛い。
ズキューンと射貫かれた私に断るなんて選択肢はない。
「うんっ」
私も左手を出してカインと手を繋いで歩いていく。
婚約者という関係になって初めて手を繋いで、何だかお互い照れくさくて、えへへと笑いあう。こんな幸せな時間がずっと続けばいいな。
「そういえば、カインの護衛の人は今日はいないの?」
ふと思い立ち、歩きながらキョロキョロと周りを見る。
カインは外を歩く時はいつも護衛が付いている。家の決まりで、護衛無しで外出はさせてもらえないそうだ。
基礎学問を学ぶのにも教会に通わず家庭教師を雇っているので、カインは平民の中でもかなりいい所の坊ちゃんなのではないかと思っている。カインが家の事をあまり話さないので詳しくは知らないのだが。
「護衛は今日もいるよ。今日はティアと二人で並んで歩きたかったから、少し離れてもらってるけれど」
カインの二人で歩きたいって気持ちは嬉しいけれど、護衛なのに離れていいんだ。もしかすると、主人に何かあったら一瞬で飛んでこられる瞬足の持ち主なのかもしれない。すごいな、ファロム家護衛。
そんな話をしつつ手を繋ぎながら歩いている内に教会に着いた。
教会は主に3つの建物に分かれていて、中央の大聖堂、東の学院、西の修道院となっている。
私が普段授業を受けに通っているのが学院で、礼拝室があったり王侯貴族が結婚式を挙げたりするのが大聖堂、神官や身寄りの無い孤児達が暮らしているのが修道院である。
「婚約証書はどこに提出するの?」
「とりあえず、大聖堂の受付に行って、それから礼拝室に移動するんじゃないかな」
「そうなんだ。礼拝室で何かするのかな?」
日本の役所みたいに窓口に提出するだけかと思っていたよ。
「うーん、僕も詳しくは分からないけど、珍しい物が見れるかもしれないよ」
大聖堂受付のシスターのお姉さんに婚約証書の提出に来た事を伝えると、若い神官が分厚そうな本を持って出てきた。
「婚約証書の提出ですね。ご案内いたします」
神官に連れてこられたのは、いくつかある礼拝室の一つで、正面には祭壇と教壇があり、祭壇の後ろの壁には女神様を象ったステンドグラスが太陽の光を反射してキラキラと輝いていた。
この国の国教はカタロット教といって、主神カタロットを始めとする様々な神々を讃えているので、この女神様もその一人なのだろう。
神官は持っていた本を教壇に置き、私達に正面に来るように言う。
・・・結婚式みたい。
私達二人と神官だけだけど、ステンドグラスからいろんな色の明かりの入る礼拝室に教壇の前に並んで立つと結婚式のような雰囲気になり、ドキドキと心臓が鳴る。
「では、この本の上に婚約証書を置いてください」
指示に従い、持ってきた婚約証書を分厚くて高価そうな本の上に置く。神官がスっと婚約証書の上に手をかざした。
「祈りを捧げてください」
厳かな神官の声に、私達は膝をついて祈りのポーズをとった。
「天におります神々よ。主神カタロットの名において、カイン・ファロム、ティア・アタラードの婚約をお認めください」
すると、神官の言葉に合わせてパアッと本が金色に光り出し、徐々に金色の光が膨れ上がったかと思うと――――
――――破裂するように弾けた。
「うわぁ・・・綺麗・・・」
弾けた金色の光がキラキラ私とカインの周りにゆっくりと雪のように降り注いだ。
その幻想的な光景は女神様に私達の婚約を祝福されているようだと思った。
しばらくすると金色の光も消え、本に視線をやると上に置いたはずの婚約証書も消えていた。神官が本をパラパラと捲り、あるページを開く。
「おめでとうございます。御二人の婚約は神に認められました。これより御二人が結婚する、もしくは婚約を取り止めるまで、御二人の名前が神の帳簿に記載されます。何人たりとも御二人の許可無くこの婚約を取り止めることは出来ません」
そこには無くなっていた私達の婚約証書が1ページとして記載されていた。