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ニコラス・サクレスタ1

 最近の私は順調だ。


 学園祭以降、リリアーナが私によく話しかけてくれるようになった。最初周囲は驚いていたが、リリアーナが堂々としているので、最近は当たり前の光景になりつつある。私もリリアーナと仲良く出来るのは嬉しい。


 授業の方は、心配だった魔術の実技も今期は多くの魔力を込める実技だったので、特に問題なくこなす事が出来た。むしろ魔力を込める時に制御が必要な程だ。

 授業の時、ナディック先生は他の人には「一気に、思いっきり込めて!」と言うのに、私に対しては「そっと、徐々に込めてください。壊さないように!徐々に!」と言われた。私の魔力の底が見えない。



 ゲームのシナリオ回避も順調だと思う。イベント自体は発生しているが、攻略対象の好感度は上がっていないはずだ。

レオンハルトは夏季休暇以降、私に絡んでくる回数が減ったし、レイビス、シヴァンとはほどよい距離を保っている。アーサーとは仲が良いけれど、友人としての距離感だ。恋愛対象になる事はない。このままの関係で学園卒業まで持っていきたい。


 カインのご両親、ファロム侯爵夫妻とは学園祭以降会っていないが、シヴァンから夫妻が「あの時は申し訳ない事をしたと言っていた」と聞いた。私じゃなくてカインに謝って欲しいと思ったが、長年凝り固まった考えはなかなか変わらないのだろう。とりあえず、剣呑な雰囲気にはならなさそうで安心した。


 カインとは変わらず仲良しだ。いつも優しい眼差しを向けてくれるカインだけど、学園祭以降更に甘さが増したような気もする。『愛しい』って全身で言われているみたいで、心臓がドキドキうるさくなるけど、幸せだ。



 そんな風に全てにおいて順調だったので、予想外の事がいきなり起きると対応も出来ないものである。



 それは、雪の降るある日。

 買い物に行っていた兄が、とんでもない物を持って帰ってきた事から始まった。


「ただいまー。ティア、ちょっと手伝ってくれ!」

「はーい、おかえりー・・・って、お兄ちゃん・・・それは?」


 兄が買い物袋を抱えるのとは逆の手に抱えているもの、それはどう見ても・・・人だ。


「うちの前の道で滑って頭を打ったみたいでさ、抱えてきた」


 兄の小脇に抱えられているのは小柄な少年で、ブラブラと手足を揺らしている。


「・・・死んでない?」

「死んでねぇよ!」


 「ほら、これ持ってくれ」と言って買い物袋の方を押し付けられたので受け取ると、兄は少年をリビングのソファーにそっと横たえた。


「あー、やっぱりコブができてるな」


 少年のサラサラとした銀髪を掻き分けて頭を触り、怪我の確認をしている。コブができているなら冷やした方が良いだろう。


「氷、持ってくるね」

「頼む」


 キッチンに氷を取りに行く。

 ちなみに、この冷凍庫も魔術具だ。二日に一回少しの魔力を込めるだけで稼働する便利な魔術具。

 魔術具は日本の電化製品に近いもののように普及、発達しているものもあれば、電話や車などの魔術具は無かったり、稼働に多量の魔力が必要だったりする。何の違いなのかな。


 それはともかく、今は氷を氷枕に入れてリビングの兄の元へ持って行く。


「持ってきたよ」


 兄は少年の上着を脱がせ、毛布を掛けてあげていた。


「ありがとな。俺、ちょっと着替えて来るから、冷やすの頼んでもいいか?」


 雪の降る外から帰って来てそのままの格好の兄は、上着も髪も濡れているし、早く着替えた方がいいだろう。


「いいよ。風邪ひかないように、ちゃんと乾かして来てね」

「ああ」


 リビングには私と横たわる少年のみが残った。

 少年の頭に氷枕を当てようと、そこで初めて少年の顔をちゃんと見た。


「――――っ!」


 少年は、サラサラとしたショートカットの銀髪に、整った顔立ち。少し丸みを帯びた輪郭だが、目鼻立ちだけならレオンハルトによく似ている。着ている服は平民の物だが、新品で普段から着ている感じはない。


 彼は・・・


 この国の第二王子で攻略対象の一人、ニコラス・サクレスタだ。




 どうして王子の身分である彼がこんな平民の街をうろついていたのだろうか。護衛がいたら倒れた時に駆けつけるはずなので、一人で来ていたのだろう。


「う・・・」


 覚醒の気配がある。


 えっと、とりあえず、平民の私がニコラスの顔を知っているのはおかしいから、知らない振りをしよう!


「ん・・・」


 ゆっくりと瞼が開いたと思うと何度かまばたきをするニコラス。覗く金色の目が自身の記憶を手繰り寄せているようだ。


「・・・目が覚めた?」


 動揺を悟られないように優しく声を掛けると、声に気づいたニコラスがゆっくりとこちらに首を倒す。


「・・・えっと、貴女は?ここは、何処でしょう?」

「私はティア。ここは私の家で、家の前で倒れた貴方を私の兄が見つけてここまで運んだの」


 私の答えに何度かまばたきをしたニコラスは、記憶が繋がったのかガバッと起き上がる。


「はっ!そうでした!これはご迷惑を・・・痛っ!」


 ぶつけた頭が痛かったのだろう。ソファーの上で頭を抱えて丸まった。


「頭をぶつけたみたいだから、もう少し休んでいて」


 そう言ってニコラスを再びソファーに寝かせる。


「申し訳ありません」

「いいえ。えっと、たしかこの辺・・・ちょっと冷たいよ」


 頭のコブを探り、氷枕を乗せるとニコラスはビクッと体を揺らした。


「冷たっ」

「コブができているから、冷やした方が早く治るよ」

「・・・ありがとうございます」


 ゲームで性格は知っていたが、平民にも丁寧な口調でお礼を言ったりと、レオンハルトとは随分と違う。金色の目はレオンハルトのように自信に満ち溢れておらず、キョドキョドとしていて、不安気な頼りない印象だ。


「お、目覚めたのか」

「お兄ちゃん」


 着替えに行った兄が戻ってきた。

 ソファーで横になるニコラスの元まで来ると顔を覗き込む。


「貴方が僕を運んでくださった方ですか?」

「ああ、目の前でいきなり転んで倒れたからな。具合はどうだ?」

「・・・頭が痛いです」


「だろうな」と兄が苦笑する。


「そう言えば、名前は?」

「ニコラ、・・・ニコルと言います」


 兄に名前を聞かれ、さすがに本名はまずいと思ったのだろう。ニコラスは偽名を使った。


「俺はニック、よろしくな!じゃあ、ニコル、蜂蜜レモンは飲めるか?」

「あ、はい・・・」

「体もだいぶん冷えているからな、温かい物を入れてこよう」

「ありがとうございます・・・」

「あ、私が入れてくるよ!」


 この突然の事態に頭を整理したかったので、言うが早いかキッチンへと向かった。

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