面白い人:リリアーナ視点
入学式から新入生歓迎パーティー翌日までのリリアーナ視点の話です。
今年の魔術学園には平民が入学するらしい。
それを知った貴族達は口々に「平民のくせに」や「平民と同じ空気を吸うなんて」とか言っておりましたが、わたくしはどうでもいいと思いました。
わたくしは、ロサルタン公爵家令嬢で、第一王子レオンハルト様の婚約者です。平民がわたくしと同じ舞台に立てるはずがありません。きっと視界にも入らないでしょう。
そう、思っておりました。彼女、ティア・アタラードに会うまでは。
ティアさんは平民でありながら多量の魔力を持ち、わたくしと同じAクラスになりました。
それだけでも驚きだと言うのに、更に驚くべきは彼女の周りの者たち。
ここ数年頭角を現し始め、次期宰相候補と言われるカイン・ファロム様を婚約者に持ち、その兄で人当たりの良い性格で女子生徒からも人気の高いシヴァン・ファロム様とも親しく接し、次期騎士団長候補と噂のアーサー・ラドンセン様を友人と呼ぶ。
とても普通の平民が親しくなれると思えないメンバーです。
更に、わたくしの婚約者、レオンハルト様も彼女を気に入り、口説いておりました。
「平民を調子に乗らせないように一度牽制をした方が良い」と友人が言うので、友人と共にティアさんを取り囲んで牽制いたしましたが、ティアさんは怯える事も反論する事もありませんでした。
その凛とした姿は、わたくしを利用して平民を貶めようとした友人達よりもよほど貴族のようだと思いました。
新入生歓迎パーティーの日、レオンハルト様はいつもの通り、入場のエスコートだけをして他の女性の元へ行ってしまわれました。
いつもの事だと頭ではわかっていても、本当は行かないで欲しいと、わたくしだけを見て欲しいと思ってしまいます。
親同士が決めた婚約ですが、わたくしは昔からずっと、レオンハルト様をお慕いしているのです。
あの輝くような銀髪も、自信に満ちた金色の瞳も、王太子となる為に努力を重ねるその姿も、レオンハルト様は本当に素敵な殿方なのです。わたくしはそんなレオンハルト様と並び立てる唯一の存在。彼に見劣りしないように、わたくしも日々努力を重ねてまいりました。
・・・いつか、レオンハルト様にわたくしだけを見ていただけるように。
そんなわたくしを嘲笑うかのように、今日もレオンハルト様はティアさんに話しかけます。
わたくしがいくら綺麗に着飾っても褒めてくださらないのに、ティアさんの事は美しいと褒めるのです。
わたくしは、ティアさんが羨ましくなってしまいました。
婚約者にあんなに大切そうに愛されて、守られて、レオンハルト様にも目をかけられている。
どうして、わたくしはティアさんのように愛されないのでしょうか。
レオンハルト様はティアさんに自分の隣に来るようにと言いました。いくら婚約者がいようとも魅力的なレオンハルト様に何度も声をかけられれば、そろそろ彼女も頷くだろう。
そう思っていました。
しかし、ティアさんの返答は意外なものでした。
「いいえ、わたくしでは到底、殿下のご婚約者、リリアーナ様の美しさには敵いませんもの。殿下の隣にはリリアーナ様がお似合いだと思われます」
唖然といたしました。
レオンハルト様に迫られて靡かないのもすごいですが、ティアさんはわたくしと殿下がお似合いだと言ったのです。
・・・殿下を取り巻く女子生徒達の前で。
殿下を取り巻く女子生徒達はあわよくばわたくしの立場を乗っ取ろうとしている方々です。わたくしがレオンハルト様に近づいた時ですら剣呑な視線を向ける方達です。
その方達が目の前でそんな事を言われて気分を害さないはずがありません。・・・彼女は何も考えていないのでしょうか。
でも、ちょっと嬉しくもありました。わたくしとレオンハルト様がお似合いだと、あまり言われませんので。わたくしに魅力がないからレオンハルト様は他の女性の元へ行くのだと言われる事が多いのです。
・・・少し、勇気を出してみようと思いました。
「レオンハルト様」
「リリアーナか、どうした?」
女子生徒に囲まれているレオンハルト様に声をかけます。女子生徒の一人に少し睨みつけられましたが、微笑みで返します。
「少し、夜風に当たりたいと思いまして、エスコートをお願いできますか?」
エスコートはパートナーである男性の役目。わたくしのパートナーはレオンハルト様なので、当然の頼みなのですが・・・
「何を言っているのだ。見ての通り、私は忙しい。夜風に当たりたいのなら一人で行ってきてくれ」
「え・・・」
冷たくそらされた目には、『煩わしい』そう書いてありました。ティアさんが婚約者から向けられる愛おしそうな視線とは真逆です。
周りの女生徒達は嬉しそうに口元を緩めてレオンハルト様にしがみついています。
「・・・わかりましたわ。お忙しい中、失礼いたしました」
踵を返し、中庭へ出ました。
人のいない草陰を見つけてそこで静かに涙を流します。
こんなのはいつもの事です、気にしてはいけません。わたくしはレオンハルト様の正妻となるのです、心を強く持たねばなりません。
・・・でも一度溢れた涙はなかなか止める事ができません。
何故、同じ婚約者という立場なのにわたくしとティアさんではこんなに差があるのでしょう。わたくしの方が、ティアさんよりも礼儀作法や立ち居振る舞いも優れているはずです。お妃教育で誰よりも努力をしてきたのです。どうして、レオンハルト様はわたくしを愛してくださらないのでしょう。
しばらく泣き続けた時に後ろからパキと小枝の折れる音がしました。
「・・・誰かいるの?」
咄嗟に涙を拭います。レオンハルト様の婚約者であるわたくしが泣いているなんて、こんな所を誰かに見られてはならないのです。
「・・・気のせいかしら」
振り向いた先には誰もいなかったけれど、視界の端で美しい黄色のドレスが揺れたのが見えました。
今日のパーティーでとても目立っていた艶やかな黄色のドレス。それを着ていた平民の彼女。
「・・・」
ハンカチで涙を丁寧に拭い、会場へと戻りました。
翌日、ティアさんがあの中庭にいたのかどうか呼び出して確かめます。
きっとティアさんは自分を大人数で取り囲んだわたくしの事を嫌っている事でしょう、もし見られていたら不利な立場に落とされるかもしれません。わたくしは王子の婚約者ですから、そんな事あってはならないのです。
「ティアさん、昨日の新入生歓迎パーティーで、わたくしの事を見ていたわね?」
敢えてぼかして問いかけると、ティアさんは嬉しそうに目を輝かせて答えました。
「はい。レオンハルト殿下にエスコートされて入場するリリアーナ様は大変お美しいと感激いたしました」
「そこじゃないわ」
何故そんなに嬉しそうなのですか。わたくしの事嫌いじゃないんでしょうか?レオンハルト様を取り囲む女子生徒達はわたくしを見るのにこんな輝いた目をしません。
「パーティーの半ば、中庭で、何か見たり、聞いたりしたかしら?」
分かりやすく問うと、ティアさんは合点がいったようですが、その答えも、わたくしには理解出来ませんでした。
「いいえ。わたくしは昨日中庭に行きましたが、何も見ておりませんし、何も聞いておりません」
何も見ていないし、何も聞いていない。それはつまり、昨日の中庭でのわたくしを見ていたし、聞いていたが、言うつもりはない、という事でしょうか。
一瞬、弱みを握って取り入るつもりなのかと考えましたが、そんなわたくしの友人達のような媚びた目もしていない。
そして、ティアさんはもう一度繰り返しました。
「わたくしは、何も見ておりませんし、何も聞いておりません」
関わらない、という事なのでしょう。嫌いもせず、媚びもせず、そんな反応をされたのは初めてでした。
思わず笑ってしまいます。
「ふふっ、貴女、面白い人ね」
わたくしが笑うと何故か更に目をキラキラと輝かせるティアさん。そんな彼女を横目で見て通り過ぎ、振り返ります。
「急に呼び出してごめんなさいね、戻りましょう」
「はい」
嫌いもしないし、媚びもしない。利用する側でも利用される側でもない、そんなティアさんとわたくしの妙な関係の始まりでした。




