魔術学園入学
月日は流れ、私は15歳になった。今日は魔術学園の入学式だ。
壁にかかっている新品の制服に袖を通す。
制服といっても、魔術学園は規定の制服は無く、入学要項には『黒を基調とした華美でないもの』としか書かれていない。
どうしようかと考えていたら、それを聞いたアリアが「わたくしにお任せ下さいっ」と言って作ってくれた。貴族御用達のフラゾール裁縫店のアリアに作って貰えるとは贅沢な気分だ。
出来上がった制服は軍服風のワンピースで、上半身は軍服のような動きやすい作りで胸元に大きな白いリボンがあり、彩を添えている。スカートは黒い厚みのある生地の下に白のヒラヒラした生地が重ねられている可愛らしいデザインになっている。
一目見て気に入ったので、この制服を着ていける事がとても楽しみだ。
「ティア、貴族の中に飛び込むのだから、振る舞いに気をつけなさい」
「はい、お祖母様」
見送りに出てきてくれた祖母にスカートを摘み礼をする。
今日、入学式からゲームシナリオの開始になる。気合いを入れなくては。
「行ってきます!」
「行ってらっしゃい」
魔術学園まで、貴族の大半は馬車で通学するらしいが、平民の私は当然徒歩通学である。
魔術学園は王都の一角にある広大な学園で、学園内にも多様な施設があるそうだ。
履修科目は魔術だけでなく、一般教養、社交術、体術。2年生からは更に学部別の授業があって、騎士学部、文官学部、学術学部、魔術学部の中の一つを選択する。
カインは文官学部、アーサーは騎士学部を選ぶ予定だそうだ。
私は学術学部か魔術学部かでまだ決めかねているので、学部見学をしてから決めようと思っている。
「おっ!ティア、おはよう!」
「アーサー、おはよう」
学園までの道すがら、歩いているアーサーに会った。
「アーサーは馬車で通学しないんだね」
「うちは騎士の家系だからな。通学も体力作りだーって言って、馬車使えないんだよな。まぁ、近いから要らないけど」
「貴族街からの方が学園、近いもんね」
そんな話をしているうちに学園の正門に到着した。
正門には生徒を送ってきた馬車が何台も停まっていて、混雑していた。
「混んでるねぇ」
「歩いた方が早いな」
徒歩の私達は馬車の間をスルスルと通り過ぎる。
「げ、第一王子だ」
「え」
アーサーの目線の方向を見ると、第一王子レオンハルトが輝く銀髪を靡かせながら優雅に馬車から降りる所だった。
あ、そっか。これ、ゲームのオープニングだ。
柔らかな日差しが降り注ぐ中、優雅に登校する貴族の攻略対象達、それを日陰から見つめる平民ヒロイン。これからの期待と不安が入り交じった、そんなオープニングだ。
「お、ファロム侯爵家だぞ」
「!」
アーサーに言われて振り向けば、シヴァンとカインが丁度馬車から降りて来る所だった。
ふわり、と風が吹きシヴァンとカインのふわふわした髪を揺らす。
二人は似たような顔立ちをしているのに、表情が全く違う。
シヴァンはニコニコと人当たりの良い笑顔を浮かべているのに対し、カインは氷のような無表情。いつもストンと下ろしている前髪を分けているが、覗くエメラルド色の瞳には何も映っていないようにすら見える。
キャーと何処からか黄色い悲鳴が聞こえた。
「シヴァン様、相変わらず素敵ですわ」
「後ろの方は今年ご入学なさる弟君のカイン様かしら、あの冷たい表情も素敵ですわね」
ヒソヒソと話す声が聞こえる。
さすがはイケメン兄弟、モテモテだね。シヴァンとカインが並ぶと陽と陰、光と影みたいだ。
そんな風に二人を見ていると、パチっとカインと目が合った。
すると、パァッ!とカインの表情が明るくなり、「ティア!」と呼んで嬉しそうにこっちに来た。
くっ!さっきの無表情とのギャップでいつもよりキュンと来たよ!
カインはこの2年で身長がすごく伸びた。8歳の時は同じくらいだったし、13歳の時はちょっとカインが高くなってきたくらいだったのに、私はもう完全にカインを見上げなければならない。体付きも細めだけどしっかりしている。男の子なんだな、という感じでドキドキが増している。
「おはよう。ティア、アーサー。ティア、その制服似合ってるね。可愛い」
「おはよう。ありがとう、カインもその制服似合ってるよ。シヴァンさんの色違いなんだね」
カインの制服は黒地に緑のラインが入っていて、シヴァンの制服は黄緑色のラインだ。目の色に合わせたのだろう。とても似合っている。
「ファロム家で揃えろって言われてね。どうせならティアと揃えたかったよ」
むぅ、とカインが拗ねる。可愛い。
「俺は姉御に仕立てて貰ったからな!ちょっとティアとお揃いだぞ!」
ゴスッ
「ぅぐっ!」
アリアに仕立てて貰ったことを自慢したアーサーがカインの肘鉄を食らった。痛そうだ。
「ティア、アーサー、入学おめでとう」
ぐおぉぉとうずくまるアーサーに「大丈夫?」と声をかけていたら、カインの後ろからシヴァンが歩いてきた。
「ありがとう存じます、シヴァン様」
スカートを摘み丁寧に礼をする。
「久しぶりだね。これから毎日君に会えると思うと楽しみだよ」
「至らぬ点も多いかと思いますが、ご指導ご鞭撻の程よろしくお願いいたします」
ニコニコ顔のシヴァンと挨拶を交わしていると、カインが私の肩を抱く。
「ティア、行こうか」
カインは最近よくこうして私に触れる。嬉しいんだけど、密着度が高いとやっぱりまだ恥ずかしい。
そんな私とカインを見てクスクスとシヴァンが笑い、
「じゃあ僕は自分の教室に向かうよ。またね」
と言って、校舎の中へ消えていった。
「そういえば、ティアは徒歩通学なんだよね?」
「うん。うちに馬車なんて無いし、そんなに遠くもないしね」
「そっか。じゃあ僕も明日から徒歩にするよ。一緒に行こうよ」
「お、俺も徒歩だし、一緒に行こうぜ」
おお、アーサーはもう復活したらしい。さすが騎士見習い、頑丈だ。
「うん!三人で行こう!」
私達が歓談しながら歩いていく間、ヒソヒソと話す声があった。
「次期騎士団長候補と次期宰相候補と話すあの方はどなた?」
「さあ、見たことありませんわ」
「冷血の狼と呼ばれるあの方の笑顔など初めて見ますわ」
「アーサー様とあんなに気軽にお話しするなんて・・・」
「珍しい黒髪です事。それに真っ黒な目、本当に魔力がありますの?」
「そういえば、今年は1人平民が入学するのだとか」
「まぁ、平民が?わたくし達に平民と同じ空気を吸わせる気ですの?」
「どうせ平民です。わたくし達の視界に入る事は無いでしょう」
「それもそうですわね」




