閑話 私の主:フェルナン視点
私はフェルナン。ファロム侯爵家に仕える護衛騎士で、次男のカイン様の護衛を担当しています。
私が初めてカイン様に会ったのはカイン様が5歳、私が18歳の時でした。
その頃のカイン様はいつも部屋で本を読んでおられる子供でした。ご両親はカイン様の兄のシヴァン様を特に可愛がり、カイン様は放置されがちでした。シヴァン様との兄弟仲は良いようでしたが。
カイン様はあまり話さず、笑わず、無表情の大人しい子供でした。同僚には「ファロム侯爵家の次男に仕えるとか、ハズレくじを引いたな」と言われていました。
あれはたしか、シヴァン様の7歳の誕生日、ご家族で誕生日パーティーをされていた時です。突然カイン様が家を抜け出されました。護衛である私は当然後を追ったのですが、夜の大雨で見えにくかった事もあり、カイン様を見失ってしまったのです。
辺りを懸命に探し、やっとカイン様を見つけた時、カイン様は1人の少女と話していました。私はその時初めてカイン様の笑顔を見ました。
屋敷へと戻る道すがら、カイン様は私に先程の少女について話してくださいました。
「ティアがね、僕の目はエメラルドの色だって、綺麗だねって、言ってくれたんだ」
そう話すカイン様はとても幸せそうな顔でした。
それからカイン様は、旦那様から与えられる課題を最速でこなし、少女、ティアさんの元へ会いに行くようになりました。
旦那様はシヴァン様とカイン様に与えられる愛情に偏りはありますが、教育は平等に与えられる方でしたので、与えられた課題をあの速度で終わらせるカイン様は天才なのではないかと私は思っております。
ティアさんと出会ってからのカイン様は本当に変わられました。引きこもりがちだったカイン様がよく街に出るようになり、ティアさんと一緒によく笑うようになりました。
そんなある日、街で倒れたティアさんのお見舞いに行った帰り道の事です。
「フェルナン、僕、ティアと結婚する事にしたよ」
「・・・は?」
一体カイン様は何を言っているのかと思いました。カイン様がティアさんに恋愛感情を抱いている事は気付いていましたが、ファロム侯爵家次男であるカイン様が平民のティアさんと結婚できるはずがありません。カイン様は頭の良い方なので、分かっているはずですが・・・
「僕は侯爵家の子だから無理だって思ってる?」
私の心情を察したのか、カイン様が困ったように笑います。
「・・・旦那様が許されないと思います」
「それは大丈夫。作戦があるんだ」
「?」
「僕は今日、絶対にティアをお嫁さんにするって決めたんだ。その為の障害物は全て取り除かないとね」
ふふふっと笑うカイン様。今日はとても機嫌が良いと思いました。
その言葉通り、カイン様は仕事中の旦那様から婚約証書のサインをもぎ取り、旦那様に気付かれる事無く婚約手続きを済ませました。カイン様の手腕に私は心の中で拍手を送りました。
後日、ご家族に婚約の事がばれて、旦那様に婚約を解消するように言われていましたが、証書を渡す時に説明した事、旦那様からのサインをもらった事、婚約解消させようとするなら家を出ていく事で見事にやり込めていました。
何でも合理的に考える旦那様です。カイン様の優秀さに気付き、手放すには惜しいと思っておられるようです。国の宰相である旦那様をやり込めるなど、やはりカイン様は天才かもしれません。将来の宰相候補ですね。
そういえば、街でカイン様の護衛をする過程で私は気配を消して潜んで護衛する、という技を身に付けました。
カイン様とティアさんのデートを邪魔しないように身に付けた技なのですが、同僚には「お前は暗殺者でも目指してるのか?」と言われてしまいました。私が目指しているのはカイン様の為の護衛騎士です。私の雇い主は旦那様ですが、主人はカイン様だと思っております。
そんなカイン様も13歳になられ、最近は旦那様の仕事の手伝いや普段の勉強、体力作りにも励んでおられます。あと、ご友人のアーサー様とも何かやっておりますね。少し頑張りすぎな気もしますが、ティアさんの隣では気を緩める事が出来ているようなので大丈夫でしょう。
そんなある日の事です。自室で調べ物をしていたカイン様はふと私に視線を寄越します。
「ねぇ、フェルナン」
「はい。どうされましたか」
「フェルナンはそろそろ結婚しないのか・・・?」
「・・・」
確かに、私は今年26歳になりますが、現在恋人すらいない独身です。この国の結婚適齢期は18~23歳だと言われていますので、すでに適齢期を過ぎています。
実は両親から何度も見合いの話や催促がありました。しかし、私が結婚をしたいと思わなかったのと、私が相手にすぐ振られてしまうので、最近は両親も諦めの姿勢のようです。
「私は、あと2年は結婚しないと思います」
「あと2年も?大丈夫なの?」
「はい」
あと2年でカイン様は魔術学園に行かれます。魔術学園に護衛は連れて行けないので、カイン様が魔術学園に入ったら専属護衛の任は解かれる事でしょう。
私が必要とされなくなる、その時までは、私はカイン様の為だけの護衛でありたいのです。私は器用な性格ではありませんので、結婚してしまうと家庭を疎かにするでしょう。それでは相手に失礼です。
「そっかぁ、フェルナンにはお世話になってるしなぁ・・・じゃあ、もしフェルナンが結婚出来なかった時は、僕が責任を持って生涯雇うからね。死に際の看取りも任せてよ・・・って何で泣いてるの!」
ごめん、嫌だった?!とオロオロとするカイン様ですが、違うのです。
私は、嬉しくて。
カイン様はどうでもいい他人への対応は冷酷、無関心です。しかし、大切にすると決めた人はとことん大切にするお方です。ティアさん然り、アーサー様等ご友人然り。私のような主従関係の護衛がその大切に入れてもらえているのかと、嬉しく思ったのです。
「・・・生涯お仕えさせていただきます」
「うん、・・・結婚出来なかった時ね?」
「結婚出来ません」
「待って、諦めるのが早い!」
カイン様に仕え始めた時、「ハズレくじを引いたな」と言った同僚よ、私は生涯の主を見つけましたよ。聡明で努力家、優しくて笑顔も可愛らしい尊敬出来るお方です。私はカイン様に生涯お仕えさせていただきます。何があったとしても。
カインの護衛、フェルナンの話でした。これからも彼は水面下で活躍してくれます。




