プロポーズ
昨日、偶然にもカインの兄、シヴァンに会って、カインが貴族である事と、ファロム侯爵家の事情を教えられた。
今日はカインとの話し合いの日だ。
その前に、一旦頭の中を整理したい。私はゲームの事を記したノートを開いた。
シヴァン・ファロム
私達の1つ歳上で、侯爵令息。父親は宰相で、彼も将来は宰相になる。
シヴァンはゲームの中ではお兄ちゃんキャラで、ヒロインを妹のように可愛がり、いつしか恋愛感情になっていくパターン。イケメンで人当たりが良くかなりのモテ男。と言ってもチャラ男ではなく、紳士系だった。
カインは彼の弟で、侯爵令息。
たしかゲームでは本当に少しだけシヴァンが弟の事を語った事があった。
ヒロインとシヴァンが仲良くなって、ヒロインの事を妹のように感じたシヴァンが言うのだ。
『僕の弟は頭は良いんだが、引きこもって本ばかり読んでいてね、あまり僕に懐いてくれないんだ』
『仲が悪いという訳では無いんだが、少し距離はあるな』
・・・これがカインの事か。
うーん、今のカインとシヴァンは仲良さそうだったけどなぁ・・・
昨日シヴァンは、カインは昔引きこもって本ばかり読んでいたって言っていたから、私が関わった事で二人の関係も変わった?
カインがゲームで出てくるのはこれだけで、ヒロインと同い歳で同じ魔術学園に通っているはずなのに名前すら出てこない。
ゲームのシナリオ担当は何を考えていたのか。何故カインを攻略対象にしなかったのか!もしあったら私はカインルートを突き進むのに!
・・・コホン。
今ゲーム会社に文句を言ってもしょうがない。
私は私に出来る事を精一杯やって、カインと結婚し、私の望む平凡な生活を手に入れるのだ。
「ティア、入ってもいい?」
コンコン、とノックの音とカインの声が聞こえた。考えるのに夢中になりすぎていたようだ。足音とか全然聞こえていなかった。
慌ててノートを閉じて返事をする。
「どうぞ」
紅茶を入れて椅子に座る。
話さなくてはいけない事はたくさんあるのだが、どう話し始めればいいのか。
いや、まずは昨日迷惑をかけた事を謝らなくては、そう思い口を開こうとしたが、口火を切ったのはカインだった。
「ティア、ごめん!」
「え」
「僕が平民じゃなくて、貴族だって黙ってて・・・騙すつもりじゃなかったんだけど、平民だと思ってるから親しくしてくれてるんだと思うと言い出せなくて・・・」
そっか・・・たしかに今までカインは平民だと思ってたから気兼ねなく接してたし、最初から貴族だと知っていたらここまで仲良くなってなかったかもしれないんだ。
「カインは謝らなくてもいいよ。私も、何となく気づいていたんだけど、聞かなかったんだし」
「でも、ティアは僕が平民だと思ってたから婚約者に選んだんじゃない?」
「最初はそうだったよ。でも今は違うの。平民でも貴族でも、私が結婚したいと思うのはカインだけだよ」
「本当に?嫌じゃない?僕、ティアが望むなら貴族の身分なんて捨てるよ?」
「ううん。捨てなくていいよ。今まで生きてきた環境を捨てるって大変だもの」
私の祖母は王女の身分を捨てた人だ。
昨日、少しだけ祖母の平民になった時の話を聞かせてもらった。
祖母は祖父と結婚してからが大変だったという。言葉遣いや使用人のいない生活に慣れるのも大変だったけれど、何より常識が違うから、その擦り合わせが大変だったそうだ。
身分は上がるより、下がる方が身体的にも精神的にもキツいのだと思う。
「でも・・・」
「いいの!私が貴族の立ち居振る舞いを身に付ければいいんだよ。既におばあちゃんに厳しく教えてもらっているから大丈夫!」
任せて!と胸の前で握りこぶしを作る。
「・・・ありがとう。ティア、僕も協力するからね」
「うん、ありがとう。カインが一緒だと心強いよ」
ふわりと微笑んだカインはふと真剣な表情になると立ち上がる。
「ねぇ、ティア、今度は僕から言わせて」
カインはそっと私の手を取ると足元に跪く。
カインの真剣な声にドキッと胸が鳴った。
「ティア、好きだよ。身分なんて関係ない。僕達の障害となるものは全部取り除くから、だから・・・僕と結婚してください」
そう言って私の手の甲にちゅ、と口付ける。
カインのエメラルド色の目が熱を帯びていてクラクラとする。
カインの顔も赤く染まっているけれど、私の顔も同じくらい赤く染まっている事だろう。
私も好きだって、答えないと。そう思うけれど心臓の音がうるさくて言葉が上手く出てこない。
私は・・・
「・・・はい」
そう短く返事をするのが精一杯だった。
「お茶、冷めちゃったから入れ替えてくるね!」
甘い空気に心臓が耐えられなくなりそうで、そう言い放つとバタバタと部屋を出た。
「ふぇ~」
キッチンの壁にもたれ掛かりズルズルとしゃがみこみ、赤くなっているであろう顔を手で覆う。
・・・まさかプロポーズしてくれるなんて。
カインから私への想いを告白してくれたのは初めてだ。カインも真っ赤な顔をしてたし、私の手を取るカインの手は少し震えていた。
カインも緊張していて、そして、すごく勇気を出して頑張ってくれたのだ。
私が返事をした時の愛おしそうに細められた目を思い出すとまた顔が赤く染まる。
「~~〜っ」
・・・嬉しい。気持ちが通じ合うってこんな感じなのか。
幸せ過ぎてどうにかなってしまいそうだ。
数分間一人で悶えた所で、お茶を入れ替えてくると言って出てきた事を思い出した。カインと会うとまた熱が戻りそうだけど、ずっとこうしている訳にはいかないだろう。
「カイン、お待たせ。遅くなってごめんね」
新しく入れた紅茶のトレーを持って部屋に入る。カインは私のベッド付近で何かを読んでいるようだ。
随分と真剣だけど、何を読んでいるんだろう?
「カイン?何読んで・・・って、それ!」
「はっ、ティア!ち、違うよ!落ちてたから、拾っただけだよ!そしたら中身が偶然目に入って・・・」
慌てて否定し、パタパタと手を振るカイン。
偶然目に入って、私が部屋に入って来た事にも気づかないくらい熟読していたのですね。なるほど。
・・・ゲームの事を書いたノートを。




