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決意

前半ティア視点、後半カイン視点になります。

 ピクニックから帰って来て、私は自分の部屋に引きこもった。

 家まで送り届けてくれたカインやアーサーはしばらく一緒にいると言ってくれたが、一人にして欲しいと断った。

今日は皆にすごく心配を掛けてしまった。


 まさか自然公園でのピクニックでレオンハルトに遭遇するとは思わなかった。

アーサーも出会った当初は貴族の立場を笠に着る節があったけれど、レオンハルトは更に酷かった。自分は王子だから何をしても許されると思っていそうだ。貴族って皆あんな感じなのだろうか。平民の私は、貴族ばかりの魔術学園で本当にやっていける?

そんな不安ばかりぐるぐると考えてしまう。



 コンコン、と部屋のドアをノックする音が聞こえた。


「ティア?どうした?入ってもいいか?入るぞ」


 兄だ。心配して来てくれたのかもしれない。

返事はまだしていないのに勝手に入ってきた。


「・・・返事してないんだけど」

「そうだっけ?」


 兄はわざとらしく首を傾げ、私の隣に腰掛ける。


「それで、何があったんだ?カインとアーサーが心配してたぞ」

「・・・」

「王族と会って、弁当ダメにされて、妾になれって言われたぐらい気にすんなよ!」

「全部知ってるじゃん!」


 もー!と兄をポコポコ叩いて抗議する。


「はいはい、で、何が不安なんだ?」


 ポコポコ攻撃を片手でガードしながら私と同じ黒目が覗き込んでくる。


「・・・貴族って皆あんな感じなのかなって、平民を見下して、蔑んで、自分の意のままにしようとする、そんな貴族ばかりの魔術学園で私はやっていけるのかなって」

「ばーか」


 パチンっ


「痛っ!」


 デコピンされた!


 むー、とおでこを押さえながら兄を見上げると、呆れたような顔をされる。


「貴族が皆そんな奴な訳ないだろ。平民だって色々な性格の奴がいるんだから、貴族だって色々な奴がいる。うちの喫茶店に来る貴族だって、横柄な貴族もいれば、従業員にお礼を言っていく貴族もいる。だから『貴族』って一口で考えるのは良くないぞ」

「・・・確かにそうだね」

「だから、魔術学園ではティアの味方になってくれる奴を探せ」

「私の味方・・・?」

「自分の絶対的な味方が一人でもいると、そいつの隣がお前の居場所になるだろ?居場所があると周りに敵がいても、どうにかなる気がするからな」

「そういうもの?」

「そういうもの。それに、既にティアは味方が居るじゃん」

「え」

「カインとアーサーは魔術学園でも一緒だし、学園には行けないけど、テオやアリア、俺たち家族も皆ティアの味方だぞ?」


 忘れんなよ、と兄は私の頭をくしゃくしゃと撫でる。


 兄の言う通りだ。今日だって、私は一人じゃなかった。レオンハルトが声をかけて来た時はアーサーが対応してくれて、私が泣いちゃった時はカインもテオもアリアもずっと心配してくれて、慰めてくれて、アリアはちょっと一緒に泣いてくれて、今は兄が励ましてくれてる。

 私の味方がたくさんいた。私は一人じゃない、そう思うと貴族ばかりの魔術学園でも頑張っていける気がした。


「・・・ありがとう、お兄ちゃん。私、味方がたくさんいて幸せ者だね!」


 ニッコリと笑うと、兄はまた私の髪をくしゃくしゃと撫でた。


 そうだね。不安になっている場合じゃない。

私は、乙女ゲームの呪縛に囚われずに平凡ライフを目指すのだ。その為にやるべき事はまだたくさんある。


「よしっ!目指せ、平凡ライフ!だねっ」


 グッと拳を握って宣言すると「何言ってんだ」と兄は笑った。





 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 楽しかったピクニックは、第一王子レオンハルト襲来により最悪な形で終わった。


 貴族の理不尽さや王子への恐怖で泣いてしまったティアを家まで送り届け、僕はアーサーと共に家路を歩いている。


「・・・アーサーに掴まれてた腕、まだ痛むんだけど」

「強く掴んでないと振りほどかれそうだったんだよ」


 右腕を擦りながら恨めしさを込めて呟けば、アーサーはしょうがないだろ、と肩をすくめる。


 第一王子襲来時、あの王子は悪戯に僕達に話しかけ、ティアの作ったお弁当に興味を示したかと思えば、あろう事かそのお弁当を地面に落とした。

 その時点では相手は王子だからとグッと堪えたが、その後、王子はティアに興味を持った。「黒髪の女」なんて無粋な呼び方をして、ティアの腕を取って腰に手を回し「妾になれ」とのたまったのだ。


 僕の中で何かが千切れる音がした。王子とティアの間に割って入って、僕のティアに触るな、と言ってやりたかったが、隣にいたアーサーに強く腕を掴まれて動けなかった。

 僕とアーサーは同い歳とはいえアーサーのラドンセン家は騎士の家系なので日々訓練を受けているのだろう。アーサーは僕より力が強く、振りほどけなかった。思わずアーサーをキッと睨みつけると「落ち着け」と口パクし、首を振った。


 たしかに僕があそこで割り込んでも状況は好転しなかっただろう。それどころか僕は平民の格好だったから不敬罪で処罰を受けたかもしれない。アーサーの行動は正しかったのだろう。ただ、悔しいと思う気持ちが残っているだけで。


「止めてくれて、ありがとうね」

「おう。友達が危ない事しようとしたら止めるのも友達だからな!」


 アーサーはニッと笑う。アーサーはテオやアリアと共にいるからだろうか、普通の貴族とは違い身分や肩書きで人を見ないから親しみやすい。


「それにしても、今日の、第一王子のレオンハルト殿下だろ?王太子ほぼ確定と噂の」

「そうだね。・・・どう思った?」


 今この国は王子が二人いる。

 僕らと同い歳の第一王子のレオンハルト殿下。

 僕らの一つ歳下の第二王子のニコラス殿下。

 王太子となり次の国王となるのはこの二人のどちらかだと言われていて、まだ決まってはいないが、現時点でレオンハルト殿下が圧倒的に優位だ。このまま何もなければレオンハルト殿下が王太子となり、後の国王になるのだろう。

僕やアーサーが将来文官や騎士になるのなら、レオンハルト殿下に仕える事になる。


「俺は父親が騎士団長だからな、将来は騎士になれって言われている。だが、女を侍らせて平民を侮辱する、あんなのに仕えたくはないって思ったな。周りの騎士達が不憫だと思った」

「だよね。僕はティアを泣かせた時点で論外」

「ティア基準かよ、安定だな」


 ははっとアーサーは笑うけど、僕がティアを基準に考えるのは当然でしょ。ティアは世界で一番大切な女の子なんだから。

そんなティアの笑顔を曇らせるレオンハルト殿下には何か対策を考えなくてはいけない。




「・・・第一王子、落とすか」


 王子の身分から。何年掛かってでも何をしてでも必ず。ティアの笑顔の邪魔にならないように。


 ボソッと呟いただけだがアーサーには聞こえていたみたいだ。


「ああ!手伝うぞ!」

「・・・友達が危ない事しようとしたら止めるんじゃないの?」

「友達が危ない事しようとしたら危なくないように手伝うのも友達だ!」

「そう、よろしくね」

「任せろ」


 アーサーが手伝うって言ってくれて心強く思った。

 なんて彼には絶対言わないけれど。


 こうして僕とアーサーの『第一王子引きずり落とし計画』は始動した。

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